evaluation
枯れている花の絵をネットに公開してから数日、予想以上にいいねが押されバズってしまった。
あれだけ何度書いても評価も何もされなかった俺の絵が、今世界中で評価を得ている。
俺が求めていた「評価」というものが、いま手に入っている。
とはいえ実際にここまでバズってしまうと、嬉しさだとか達成感よりも驚きの方が勝ってしまった。
5桁のいいね、4桁の再投稿、ここまで来ると、一気に自分自身が上の階級に押し上げられた感覚に襲われたが、この絵が出る前まではただの底辺でまともに金も稼げていない絵師だということを思い出して正気に戻った。
もちろん、夜に出回ればいい評価も来れば悪い評価が来ることなんて分かりきっていた。
やはり、俺の絵にもアンチというものは湧いた。
「ポップスじゃない」
「今までの絵を皮肉りすぎている」
「タッチが気持ち悪い」
「絵心を腹の中に忘れてきてそう」
コメントを下の方にスクロールして探れば探るほどアンチコメントというものは出てくる。
ただ、今はそれすらも嬉しかった。
良いも悪いも、俺の求めていた評価に違いないからだ。
とはいえ、「しね」だとかの誹謗中傷は匿名だからと調子に乗った無責任なコメントだが。
枯れている花の絵からプロフィールに飛んで他の絵も見てくれている人がいて、他の絵たちにもいいねがついたり、コメントが寄せられていたりした。
ただ、1枚その中で意味の分からないほどにえげつない量のいいねが着いていた。
桜を文字だけで書いた絵。
気まぐれで書いた絵なため、いつ書いたか、そしていつネットに公開したかは一切覚えていなかった。
なんでこんな描いた本人ですら覚えていないようなよく分からない絵にいいねが着きコメントが大量に寄せられているのか。
コメントにはこう書いてあった。
「これ桜の樹の下にはって本を元にした?」
「脳の中からゾクゾクが這い出てきた」
「見た時に背筋に悪寒が走った、でも嫌な感じはしなくてとても好き」
「不気味だけど目が離せなくなるような絵」
気まぐれで書いた絵が、本気で書いた絵よりもアンチコメントが少なかった。
それなら次はまた気まぐれでなにかの絵を書いてみようかとぼーっとしてみた。
だが、結局その日は何も浮かばず、そのまま床についた。




