桜、それにまつわる噂 3
夏、陽炎の揺れる炎昼を作り出す星が傾き、視界の奥まで均等に並べられた四角鉄塔の隙間から空をオレンジ色に染める時間、私は部屋の隅にある椅子に座って空と街を眺めていた。
あの現象を忘れるために私は好きなことだけをし続けた。
カラオケに行っては大きな声で歌う、本屋に行っては読んだことのない小説を買って家で読み終わるまで時間を溶かす、喫茶店に行ってはコーヒーとプリンを必ず頼んでエモを感じてみる、祭りの開かれた場所があれば寄って篝火の並ぶ道を通り抜け屋台でチョコバナナを買う、他にもいろいろなことをして、記憶の中からは花道は消え、桜も咲かなかった、そして何より好きなものだけに時間を費やせる日々がとても幸せだった。
あの絵を見るまでは。
その人は枯れた花の絵を描いていた。
作画に惚れた私は投稿者のプロフィールを開いて画像欄に飛ぶ、猫の戯れる絵、向日葵、よくある炭鉱で働いてた人達が過去に住んでいたと思われる団地の廃墟、月明かりに照らされた街、その中に異様な1枚があった。
ただの桜の絵、のように見えるが土は全て「糧」というもので書かれている。木の幹は「養」、花弁は「手」。
咲き乱れた花の中心には大きく「目」。
そして糧の文字の中に埋まっている数文字「人」。
背景は単なる紺色と街の光を表したであろう多少の黄色の小さな四角形、だがそれも相まって桜自体の色がとてつもなく色鮮やかに見えた。
そして脳内に鮮明に浮かび上がるするあの桜、あの現象。
過呼吸と吐き気が起きるほどだった。
スマホを閉じてその日は布団に潜り眠ろうとするが何度も何度も何度も何度も何度もフラッシュバックして脳内が桜に侵される。
苦痛でしか無かった。
結局は気が付かない間に瞼が閉じられ寝落ちていたが。
赤く染まる街道、人の流れ、群れをなして飛ぶ烏、ごく普通な毎日、夏が過ぎれば秋になる、秋が過ぎれば冬になる、冬が過ぎればまたあの桜の咲く季節がやってくる。
それがとてつもなく嫌だった。
またあの現象が、起きてしまうのだろうか。




