六 インド洋と、子供が子供である時間
インド洋は、広かった。
広い、という言葉では足りないかもしれなかった。紅海の窮屈さとは全く違う、どこまでも続く水の平原だった。地平線が遠く、空が高く、雲の影が水面に落ちて、その影の中を船が通り抜けた。通り抜けるたびに光が変わった。ヤスフはこの海を何度か渡ったことがあったが、慣れるということがなかった。慣れてはいけない海だと思っていた。慣れた瞬間に、人間は海を舐める。
煙子が、星に興味を持ち始めたのは、アデンを出て四日目の夜だった。
甲板に寝転んで、空を見上げていた。それ自体は珍しくなかった。しかし今夜は違った。指を出して、星を一つ一つ指していた。数えているようだった。口の中で何かを言いながら指していた。数を数えているような音だった。どこの言葉かは分からなかったが、数を数える音というのはどこの言語でも似た律動を持っていた。
十を過ぎたあたりで、煙子は止まった。
また最初から数え始めた。今度は別の星から始めた。また十を過ぎたあたりで止まった。眉間に皺が寄っていた。何かが合わないのだろうと、ヤスフは思った。自分の知っている星の並びと、今見えている星の並びが、少し違う。そういう顔だった。
煙子はやがてヤスフの方を見た。
「俺に聞くな」とヤスフは言った。「星の名前は知っているが、数え方は知らん」
煙子は聞こえないふりをして、板をヤスフの方に向けた。板の文字と、空の星を、交互に見比べた。板が星図であるという可能性を、ヤスフはそのとき初めて確信に近い形で考えた。
カマルッディン老人が、のそりと起き上がった。
老人は煙子の隣に来て、一緒に空を見た。それから煙子の指をそっと取り、別の星に向けた。煙子は老人を見た。老人は何かを言った。アラビア語ではなかった。別の言語だった。煙子の言葉でもなかった。しかし煙子は、その言葉に何かを感じ取ったようだった。老人の指した星を見て、それから板を見た。
二人は、それからしばらく、星と板を交互に見ていた。
言葉のない会話だった。
六日目の昼、ヤスフは煙子が泣いているのを見た。
船の後ろの方で、積荷の陰に隠れるようにして座っていた。泣き声は出していなかった。しかし肩が揺れていた。膝を抱えて、顔を膝の上に埋めて、小さく震えていた。
ヤスフは少し迷って、近くに座った。
声はかけなかった。隣にいた。それだけだった。
煙子はしばらく震えていた。やがて顔を上げて、目が赤いまま、ヤスフを見た。恥ずかしそうな顔をしていた。泣いているところを見られた子供の顔だった。何か言いたそうだったが、言葉が来なかった。
「いい」とヤスフは言った。「泣いていい」
通じないのは分かっていた。しかし声の質は伝わったようだった。煙子はもう一度だけヤスフを見て、また膝の上に顔を埋めた。今度は声が少し出た。小さく、しかし確かに子供の泣き声だった。
ヤスフは空を見た。
この子供がどこから来て何を背負っているのかは、まだ分からなかった。分からないまま、東へ向かっていた。しかしこの泣き声だけは分かった。これは子供の泣き声だった。疲れた子供の、寂しい子供の、それだけの泣き声だった。難しい意味は何もなかった。
ヤスフは何もしなかった。
ただ隣にいた。海風が二人の間を通り過ぎた。
泣き終わった煙子は、けろりとしていた。
目を拭い、鼻をすすり、立ち上がって、船首の方へ歩いていった。特に何事もなかったような歩き方だった。子供というのはそういうものだとヤスフは思った。泣き切ったら終わりだった。引きずらなかった。大人の方が引きずる。
その日の午後、煙子はザイナブに何かを頼んだ。
言葉ではなく、身振りで頼んでいた。ザイナブの髪を指差し、自分の髪を指差し、何かの動作をした。ザイナブはしばらく考えてから、積荷の中を探して、細い紐を出してきた。煙子の髪を、後ろでひとまとめに結んだ。
煙子は結んでもらった髪を、手で触った。それから笑った。
この旅で初めて見る笑い方だった。今まで表情が緩んだことはあったが、笑ったことはなかった。歯が見える笑い方をしたのは、初めてだった。
ザイナブは何も言わなかった。しかし背中が、少し変わった。先ほどのような、何かを決めた背中とも違う変わり方だった。もっと柔らかい変わり方だった。
ヤスフはそれを見ていた。見ていたが、何も言わなかった。
七日目の夜、カマルッディン老人がヤスフの隣に来た。
「あの子供が」と老人は言った。「昨夜、星を数えていただろう」
「見ていたか」
「見ていた」老人は海図を膝の上に広げた。「あの子供が指していた順番は、普通の順番ではなかった。私が知っている星の読み方と、少し違った」
「違った」
「しかし、嘘ではなかった」老人は言葉を選んでいた。「私の知らない、しかし確かに体系のある、読み方だった。どこかで誰かに教わっている。きちんと、丁寧に」
ヤスフは煙子の方を見た。煙子は今夜も甲板に寝転んで、空を見ていた。今夜は数えていなかった。ただ見ていた。両腕を頭の下に敷いて、足を少し開いて、子供がよくやる無防備な寝転び方で。
「どこで教わったのかは分からんか」
「分からん」老人は言った。「ただ」
「ただ」
「私が四十年かけて書いてきた海図には、載っていない場所から来た星の読み方だった」
沈黙があった。
煙子は空を見ていた。板は腹の上に乗っていた。両手はだらりと脇に落ちていた。完全に油断した姿勢だった。この旅で一番、子供らしい姿勢だった。
海が凪いでいた。
波の音が小さく、星の光が多く、風が優しかった。こういう夜が旅にはある。何も起きない夜だが、何も起きないことが奇跡のように感じられる夜が。
ヤスフは老人に言った。
「その海図に載っていない場所へ、行けるか」
老人はしばらく黙った。
それからあの、歯が半分しかない口で、笑った。
「行けるかどうかは」と老人は言った。「あの子供が知っている」
ヤスフは煙子を見た。
煙子は眠っていた。口が少し開いていた。寝息が聞こえた。板が腹の上で、呼吸に合わせて、かすかに上下していた。
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