十一 島の奥と、奥にあったもの
煙子の後をついていくと、島は深くなった。
緑が濃くなり、足元が柔らかくなり、光が細くなった。木々の間から差し込む光が、午前の角度で斜めに落ちていた。その光の中に虫が舞い、虫を追って小さな鳥が飛んだ。誰も来ない場所の静けさというのは、音がない静けさではなかった。自然の音だけが満ちている静けさだった。人間の立てる音がない静けさだった。
煙子は迷わなかった。
分岐のたびに止まらなかった。どちらへ行くか考える素振りがなかった。足が知っていた。あるいは板が知っていた。時折板を確認したが、確認というより確かめる動作で、既に分かっていることをもう一度なぞるような見方だった。
ヤスフは煙子の後ろを歩きながら、この子供の背中を見ていた。
アレクサンドリアの廃屋で毛布にくるまっていた背中とは、別の背中だった。何かに向かって歩いている者の背中だった。小さかったが、迷いがなかった。小さいのに迷いがないことが、ヤスフには時々怖かった。子供は迷うべきだと思っていたわけではなかった。ただ、迷いのなさというのは、たいてい何かを失った後に来るものだとヤスフは経験上知っていた。
カマルッディン老人が遅れ始めた。
足腰が悪いと最初に言っていた。島の地面は起伏があって、老人には堪えているようだった。ザイナブが老人の隣に寄り添って歩いた。老人は礼を言わなかった。ザイナブも何も言わなかった。そういう二人だった。
三十ほど歩いたところで、開けた場所に出た。
木々が円形に開いていた。意図的に開かれたような円で、端がきれいに揃っていた。中央に、大きな石があった。一枚石だった。高さは腰ほど、幅は両手を広げた長さの倍ほどあった。表面が平らに加工されていた。雨風に晒されて角が丸くなっていたが、人の手が入っていることは明らかだった。
石の表面に、文字があった。
桟橋近くの積み石よりずっと多かった。石全体を覆うほどの文字が、細かく、しかし丁寧に刻まれていた。
煙子は石の前に立った。
しばらく動かなかった。近づかなかった。ただ立って、石を見ていた。遠すぎて文字が読めないはずだった。それでも動かなかった。何かが来るのを待っているような立ち方だった。
風が来た。
島の奥から来る風で、緑の匂いとともに、何かの燃えた匂いが混じっていた。何かが今も燃えているのではなく、何かがかつて燃えた匂いが、木や土に染み込んでいるような匂いだった。古い匂いだった。
煙子が動いた。
石に近づき、表面の文字を見始めた。最初の桟橋の石と同じように、板を出して見比べた。しかし今回は時間がかかった。文字が多いからだけではなかった。読み進めるにつれて、煙子の動きが遅くなっていった。足が重くなるのではなく、読む速度が落ちていった。内容が、重くなっているのだと思った。
全員が黙って待った。
ヤスフは円の外周を歩いた。木が切られた跡があった。かなり古い跡だったが、確かに切られていた。斧か何かで、根元から切られていた。この円を作るために、誰かがここへ来て、木を切り、石を運んだ。海図に載っていない島に、誰かがそれをしに来た。
煙子が読み終えた。
石の前に立ったまま、動かなかった。板を胸に戻して、両腕で抱えて、下を見ていた。下を見ているのではなく、下を向いていた。顔を誰にも見せたくない者の角度だった。
ヤスフは近づかなかった。
ザイナブが近づいた。煙子の隣に立って、低い声で何かを言った。煙子は答えなかった。ザイナブはもう一度言った。今度は短く、柔らかかった。
煙子が顔を上げた。
泣いていなかった。しかし泣くより深いところにいる顔をしていた。全部を理解してしまった後の、しかし理解したことをまだ受け入れていない顔だった。
「何が書いてあった」とヤスフはザイナブに聞いた。
「私には読めない」ザイナブは言った。「だが聞く」
ザイナブは煙子に向かって、いくつかの言葉を言った。煙子は少し間を置いてから、話し始めた。
短くはなかった。長い話だった。途中で止まり、また続けた。止まるたびに、ザイナブが短い言葉を挟んだ。促すのでも急かすのでもなく、ただそこにいることを知らせるような言葉だった。
話が終わった。
「王国の最後が書いてある」とザイナブはヤスフに言った。「最後の日のことが、全部」
「消えた理由が書いてあるのか」
「理由は書いていない」ザイナブは言った。「ただ、何が起きたかだけが書いてある。人がいなくなった。朝になったらいなかった。残ったのはこの子一人だったと」
沈黙があった。
「残ったのはこの子一人、というのは」とヤスフはゆっくり言った。「煙子自身のことが、ここに書いてあるということか」
「そう読める、とザイナブは言った。煙子自身がここに書いてある話の中にいる、と。
ヤスフは石を見た。石の文字を見た。読めなかった。しかしその文字の中に、目の前の子供のことが書かれているのだと思って見ると、石の見え方が変わった。ただの石ではなくなった。
カマルッディン老人が石に近づいて、文字を観察した。
「誰かがここへ来てこれを刻んだ」と老人は言った。「子供が残されたと知っていた者が」
「煙子を送り出した者だ」とハジブが言った。
「それが誰かは」
「書いていない」ザイナブが言った。「名前はない」
煙子は石の前を離れた。円の外へ出て、来た方向を向いた。戻ろうとしていた。ヤスフは煙子に近づいた。
「もう読んだのか」と聞いた。
煙子はヤスフを見た。それから頷いた。はっきりした頷き方だった。もう十分だという頷き方だった。
「いいのか」
煙子は少し考えてから、また頷いた。今度は最初より少し時間がかかった。
ヤスフはそれ以上何も言わなかった。
帰り道、煙子は来るときより遅く歩いた。急がなかった。左右の木を見たり、足元の根を踏んで感触を確かめたり、立ち止まって鳥の声を聞いたりした。来るときには素通りしていたものを、帰りは一つ一つ確かめるように通った。
最後に来た場所だから丁寧に見ている、とヤスフは思った。
思ってから、それを煙子に言うのはやめた。言わなくても煙子は知っている。知っているから、ゆっくり歩いていた。
砂浜に戻ると、海が昼の色をしていた。
朝より光が強く、波の白が眩しかった。小舟が砂浜に引き上げられていた。来たときと同じ場所に、来たときと同じ向きで。何も変わっていなかった。変わったのは自分たちの内側だけだった。
煙子が砂浜に立って、島を振り返った。
緑の濃い島だった。白い砂浜と緑の間に、細い影が落ちていた。鳥の声がした。あの鳥かどうかは分からなかった。
煙子は板を取り出した。
表面を見た。月の光でしか見えない文字の面を、昼の光に向けた。当然何も見えなかった。それでも向けた。それから板をヤスフに差し出した。
ヤスフは受け取った。
煙子は何かを言った。ザイナブを見た。ザイナブが通訳した。
「次の場所が分かった、と言っている」
「どこだ」
「もっと東だ」ザイナブは静かに言った。「もう遠くない、と」
ヤスフは板を煙子に返した。
煙子は板を受け取り、また胸に抱えた。それから海を向いた。船があって、その先に水平線があった。水平線の向こうに、まだ見えていない何かがあった。
ヤスフは小舟を海に押し出した。
全員が乗り込んだ。
島が遠ざかっていった。鳥の声が、しばらく聞こえていた。
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