第五十六話 師弟関係とライバル
マリベラの手によって、水の下級精霊が受肉し、人間の姿になった。そして、ジェイドが『メイプル』と名前をつけたあと、変なタイミングでダグラスがやってきた。
「よっ!ジェイド」
秋の日差しを浴びて歩いてきたせいか、ダグラスがタオルで汗を拭いながら、声をかけてきた。
声がするなり、マリベラは霧のようにふわりと自身の存在を消していった。
「あっ!ダッ……ダグラス副隊長、お久しぶりですね」
(今の見られた!?)
ジェイドの手のひらから、汗がじわりと滲み出る。
「いや、今は副隊長ではないんだ。自分から降格した」
頭をかきながらヘラっと笑う。
「えっ!?自分から?なんでそんなことを……」
ダグラスは、以前よりもどこか力が抜け、少し余裕があるようにも感じた。
「レイアとの時間を作りたかったからな。役職が付くと、圧倒的に俺の時間は仕事に割かれる。だからな、安月給にはなるが、定時で帰れるようにした。レイアと過ごす時間をちゃんと作りたかったんだ……。ハハッ!今更だけどな」
「そうなんだ……。あの、レイアは元気にしてる?」
「ああ……元気だよ。あのことがあってから、少ししっかりしてきたような気がする。それにな、今、A居住区のアパートで暮らしているんだ」
そうだった。あの村の川が枯渇して、生活できなくなったと以前話していた。
「あの、……新しい生活には慣れたの?」
すると、ダグラスの表情が穏やかになった。
「ああ……慣れたさ。大事なのは住まいじゃない。そこに住んでいる家族なんだ。今頃になって、ようやく身に沁みたよ」
(部外者の俺はただ巻き込まれただけだが……って言わないでおこう)
「ところでその子は誰かな?」
キョトンとした顔で、メイプルはダグラスを見つめている。
「よっ!ダグラス。元気にしてたか?」
「「はぁ!?」」
混じり気のない笑顔で、ダグラスに挨拶をするメイプル。
ジェイドは、慌ててメイプルを引っ張ると、肩を組んでダグラスに背を向けた。
「『よっ!』じゃないでしょ。初対面なんだぞ!!」
聞こえないように小声で話す。
「人間の挨拶は『よっ!』から始まると思って……」
ジェイドはため息と共に頭を抱えた。
「そんなわけないでしょ!!後で俺が教えるから」
「ふむふむ、りょうか〜い!」
脳天気なメイプルの返事にジェイドはカチンときた。
ジェイドは彼女を引き寄せ、耳打ちをする。
「いいかい。今から君は薬師フィーフィの親戚ということにしておいて!!分かった?水の精霊が受肉したなんて絶対バレちゃダメだからな!!」
「おーーい。俺を置いてけぼりにして何をコソコソ話をしているんだ?」
背中をビクンとさせたジェイドは、振り返って苦笑いをした。
「あはは!何でもな〜いです〜」
❇❇❇❇❇
ジェイドたちは、マリベラの大滝の外れに、森に囲まれた原っぱに辿り着いた。ダグラスは双剣の修行をここで行うという。
ジェイドはメイプルが勝手な行動をするのではないかと心配になり、メイプルに駆け寄った。
「メイプルはここに座って大人しく見学をするんだよ」
「イヤだ」
「わがまま言わないで?お願いだから……」
「イヤなものはイヤ!」
ジェイドが小さい子供を諭すように言うと、メイプルはジタバタ騒いでイヤだイヤだと叫んだ。
「せっかくここに5本の指があるんだよぉ!それに、2本の手も2本の足もウズウズしてるの。折角だから体を動かしたいよぉ!!ジェイド、お願いぃぃ〜!!」
「ちょっと、メイプル。その言い方は――」
「あはははっ!随分面白い表現をする子だな」
ダグラスが腰に手を当てて笑っている。
「ダグラス副団長、笑わないでください!!」
「こら、ジェイド。もう俺は副隊長じゃないぞ。そんなことよりもだ。一度、二人には双剣の型を教えよう。それから軽く試合だ。ジェイドは前に一度型を教えたが、復習の意味も兼ねて教えるぞ。今後俺のことは師匠と呼んでくれ。二人とも分かったな」
「はあ〜い!分かったよぉ〜ん!」
メイプルは、両手を広げて大きく手を振った。
(先が思いやられるな……これは)
ジェイドは諦めのため息を漏らした。
――それからジェイドとメイプルは木製の短剣を持って、基本の双剣の型をダグラスから教えてもらった。
ダグラスの双剣の動きを見て一度で覚えたのか、メイプルは言われた通りの動きをどんどんこなしていく。
「なんだ、君は筋がいいな!」
「いぇ〜い!ジェイド、ぼく褒められたよ!」
ダグラスも素直なメイプルが気に入ったのか、両手を叩いて大喜びをした。
それを横目にジェイドも負けじと木剣を握りしめ、汗を流す。
(本来なら、俺に稽古をつけてもらうはずだったのに……メイプルの奴!!)
――ジェイドは悶々とメイプルを見つめながら、稽古をこなしていった。
「よし、試合をやるぞ。最初は俺とジェイドだ。メイプルはそこで見ているように。俺は、一本の木剣で相手してやる。さぁ、始めるぞ」
「はい!よろしくお願いします」
ジェイドは久しぶりのダグラスとのやり取りに胸が高まる。
一定の距離を離れて、ジェイドは双剣を握りしめた。
晴天の秋風は程よく涼しく、雲に隠れた日差しに反射した猫じゃらしの先っぽが波のようにゆらゆら揺れている。
木剣を持つ両手に力が入る。
「よし、こい!!」
サッサッサッサッサッ――ダン!!
低身長を生かした下からの攻撃と思わせてからの、不意打ちの大ジャンプ。太陽の逆光で、ダグラスは一瞬瞼を閉じた。
「なっ!?」
ジェイドは、前回転しながらダグラスの頭上を越え、首を狙った。
――ガツン!!
ダグラスも素早く反応し、剣を受ける。
(攻撃開始!!!)
――ドッガガガガガガガガッ!!!
全集中で、連続高速の双剣を炸裂させる。
低い姿勢からの追撃。
ダグラスの重力級の真っ向斬りが両断する!!
――ズザァァァァ!!!
叩きつける剣を二つの双剣をクロスして受けつつ、剣身を滑らせる。
ダグラスの懐に接近!!
だが、ダグラスのニーキックが迫る!!
――ドカッ!!!
ジェイドは2つの柄頭でダグラスの右膝を叩きつけ、後方へ飛んだ。
再び距離を取る二人。
「おお〜っ、膝が痛てぇ!!お前、身体強化を使ってないな?何故だ?」
ダグラスは膝を擦りながら、おどけて見せた。
「俺のギフトのおかげで、冒険者並みの力が出るようになりました」
ジェイドのギフトである『再生の恵み』は魔力だけではなく、スキル全体の底上げがされていた。今のジェイドには見た目五歳なのだが俊敏さ、力、持久力、成人並みに能力が跳ね上がっていた。
特に思考速度はシリウスの生涯を重ねてきた分、他のどの能力よりも高い。
「太陽を味方につけた不意打ちは良かった。以前よりも力も増しているしな。では、次はメイプル。試合だよ!」
「はあ〜い!」
「ところでメイプル。その足につけている水の玉は、一体何だ?」
「えっ!?あの、僕、靴持ってなかったんで……水の玉で足の裏を守っているんです」
(まずい!!)
慌てて、ジェイドはメイプルを庇う。
「あっ、この子おっちょこちょいだから靴を履き忘れちゃって……なので、気にしないでください!」
「う〜ん。そんなんで試合できるか?」
「全然、大丈夫だよ!早くやりたい!」
メイプルは天真爛漫な顔で微笑んだ。そんな顔をされてはダグラスもタジタジだ。
「ジェイド!ジェイドの真似をしたらいいの?」
「さっき覚えた双剣の型があるだろ?あの動きを使って、相手に攻撃するんだよ。分かった?」
「はあーい!メイプル、がんばるね!」
メイプルは、ジェイドに大きく手を振った。
(大丈夫かな……ほんとうに)
心配だけど、ジェイドは見守ることにした。
「おーい!はじめていいぞ!!」
ダグラスの声かけを聞いたメイプルの姿が一瞬消えた。
――ガツン!!!!
「メイプル、お前――!!」
ダグラスの動きが一瞬動揺しているのが見えた。あまりにも動きが異常すぎて、ギリギリの攻防をダグラスがさせられているのだ。
ダグラスの狼狽ぶりに、ジェイドの胸の内を激しく打ち鳴らしていた。
ドガガガガガガがガガガガガガガガッ―――!!!!
息する間もないとはこのことだ。
一方的に、あのダグラスが押されている!!後退りするするしかないダグラス。メイプルの嵐のような猛攻を躱すことに集中しているようだ。
ジェイドは目を細め、改めてメイプルの動きに注目した。
残像でしか見えないメイプルの体はダグラスの剣筋を鼻の先ギリギリで巧みに躱していた。
メイプルの体はまるで骨のない人形のように、柔らかすぎる。それでいてあの加速は異常過ぎた。
「ちっ、何者だ!!!コイツは!!!」
ダグラスの怒号が響く。
(このままではバレてしまう!!いや、この異常性を知ってしまったから、言い訳のしようがない)
一瞬悩んだが、ジェイドはメイプルに向かって腹の底から叫んだ。
「メイプル!!もう終わりだ!!ストップ、おい、ストップしろ!!」
「えっ、なんで?」
――ドゴォォォォーーーン!!!!
メイプルの動きが止まった途端、まともにダグラスの木剣に叩きつけられ、3メートル先まで吹っ飛んだ。
地面に叩きつけられ、土埃が舞う。
「メイプルーー!!!」
ジェイドは血の気が引く思いで、メイプルが倒れているほうへ駆け出した。
メイプルの幼い体には、木剣の当たった腹の分が凹んでいてはいたが、赤黒くはなってなかった。これは借り物の器だ。元は白い苗木。体内に血などないのだろう。
ただ、マリベラ貰ったばかりの服はすでにボロボロに破けていた。
あまりにも幼い顔立ちで、倒れている姿を見てジェイドの胸が急に痛くなった。
「おい!!大丈夫か!!!」
ダグラスも顔を青くしながら、こちらへ駆けつけた。
ダグラスは幼い体を見て息を呑んだ。
(これで、ダグラスには隠し事ができなくなったな……)
メイプルがゆっくりと瞼を開いた。
「メイプル、大丈夫か?痛むか?」
ジェイドは仰向けになったメイプルを抱き寄せた。
「うわあぁぁぁーーーん!!!体が壊れちゃうかと思ったよぉぉぉ!!!」
アクアマリンの愛らしい瞳から大粒の涙がぼたぼたと零れ落ちる。
「大丈夫だよ、メイプル。よしよし、痛かったな」
ジェイドは子供をあやすように背中を擦ってやった。
「うわああぁぁぁーーーん!!!痛くはなかったの。でも、体が壊れちゃったら嫌だって……うわあぁぁぁーーん!!!」
「大丈夫、大丈夫。どこも……たぶん壊れてないから、泣くんじゃないよ」
小さな背中をトントン優しく叩いてやる。
「ぼくぅジェイドと、同じになれ嬉しかったんだもん!!だから……だから……うわあぁぁぁーーん!!!」
メイプルは、純粋にジェイドと、同じ子供になれて嬉しかったのだ。ダグラスに褒められたメイプルに対して嫉妬していた自分が情けなくなった。
「ごめん。メイプル……」
メイプルの涙が止まるまで、ジェイドはそばでつきっきりだった。
❇❇❇❇
青空に、茜色の夕暮れが迫り、山カラスが群れを成して鳴いている頃。
秋風揺れる原っぱで、ジェイドはダグラスに全ての事情を話した――。
「……受肉した水の精霊か……。道理で動きが尋常ではなかったはずだ」
ダグラスはまじまじとメイプルを眺め、無骨で大きな手がメイプルの小さくて柔らかな手に触れた。
「しかし、どこから見ても五歳児のお嬢ちゃんだよな。ちゃんと体温もあるし……涙だって出てくる」
「今ので分かったのですが、メイプルには痛覚がないみたいです。それに人間のように食事は摂れるけど、排泄の必要はないそうなんです。一緒に過ごしていくうちに色々分かってくると思います」
「確かにこれは、ほかの奴らにバレてはいけない案件だな。えらく厄介なものを抱えたもんだな、ジェイド」
ダグラスは逞しい腕を組んで、悩ましげに首を傾げた。
「でも、感情は人間そのものだな。特にジェイドを慕っているのは、この俺にだって分かる」
メイプルは、ジェイドにくっついたまま離れようとはしなかった。
「面倒くさい妹ができたと思えば……寂しくはありません」
「妹?僕が?僕はジェイドの妹になるの?」
「妹みたいなもんだって言ったんだよ。世話が焼けるしなぁ〜」
わざと意地悪してみる。
世話が焼けるという言葉に引っかかったのか、メイプルは地面をピョンピョン跳ね回った。
「メイプルは、ジェイドの役に立つんだもん!絶対に役にたつもん!!」
頬を膨らませて拗ねるメイプルが何とも愛らしい。
ジェイドは目を細め、笑いながらメイプルの頭を撫でた。
(こんな感覚も、たまには悪くないか……)
ジェイドはひとり家族ができたような気がして、胸の内が温かくなった。
「じゃあ、とりあえず解散な。他に困ったことがあれば、通信機を使うがいい。分かったな?」
「はい!師匠」
――こうしてジェイドの長い1日が終わった。




