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第二十一話 サバイバル生活

――すごく、体が寒い。


夜中ずっと体温を奪われ続けたジェイドは、しまいにはチョッキを肌着の上から直接着込み、脱いだ長袖シャツを布団代わりに被ってダンゴムシのように丸くなっていた。


結局のところ、あまり眠れない朝を迎えることになった。ジェイドになってから初めてのことだ。


「お腹すいた……」


昨日の昼から何も食べていない。空っぽな胃袋は悲しげに鳴り続けていた。


(何か食べたい。口に入れたい。お腹を満たしたい)


お腹を手で押さえながら、辺りを見渡そうと楠の木のてっぺんまで登ってみることにした。


するすると枝から枝へとよじ登り、高いところまでくると、楠の木のすぐ後ろが崖になっていることに気が付いた。


眼下に目を向けると、地平線まで山と森が広がっていた。足元に広がる崖下には美しい川が流れていて、右側に弧を描いて森の奥へと続いていた。


「……」


遠い空を見上げると、地平線に滲み始めたオレンジ色と水色との間で鷹のような鳥が二羽、悠然と風に乗って飛んでいる。


今いる場所に人の声など聞こえはしない。


ただ、冷たい風が吹いているだけ。


「……あの鳥が羨ましいな」


自分だけが取り残されたような寂しさと恐怖と漠然とした不安。


それだけで足が竦み上がる。


ただ一人。一人の世界。


ここでいっそ死んでしまった方が楽だろうか。


ジェイドは、楠の木の枝のぎりぎりまで進んでみる。ここから川へ飛び込んだら、体は砕け死ぬだろう。あの時計台の時のように。


一陣の風が吹き、掴んだ枝が揺れると、足元の枝も激しく揺れた。


『お兄ちゃん。今度は絶対自殺なんかしないで』


臨界で会った幼いシリウスの姿を思い出していた。


ボロボロの服。小枝のような手足。

白銀の髪はパサついていて、頬も痩せこけていた。だが、アイスブルーの瞳だけが潤って光っていた。


肉体が死んでいないがために、何もない臨界に閉じ込められてしまったシリウスの魂。17歳で自分が自殺して、ようやく幼いシリウスの魂は解放された。


「……やめた」


ジェイドは慎重に枝を伝って楠の木から地面に降りた。汚れた両足にウォーターボールを足に装着させてみる。


お腹が空いているせいで、昨日よりも水の張りも心なしか弱々しい。


(残り少ない魔力を慎重に使わなければ……)


ジェイドはこの大樹を離れ、川へ行く決意をした。


❇❇❇❇



――何時間かかっただろうか。

東の空にあった太陽が、真上で燦々と輝いている。


強烈な夏の光が照りつけるなか、やっとのことで川辺にたどり着いたジェイドは、すっかり両足が筋肉痛で悲鳴をあげていた。しばらく休憩をとることにする。


涼しい木陰に座り込んだジェイドは、ポケットからさっき見つけたヤマモモを取り出し、一粒頬張る。


1センチぐらいの小さなルビーのような実だ。ザラついた表面が舌を刺激し、弾けるような酸味が乾いた喉と疲れた体に染み渡っていく。その後に魔力で水の玉を口の中に入れる。魔力の水が冷たくて助かった。


足元に視線をやると、即席で作ったフキの葉と蔓で作ったサンダルが、すでにボロボロになっていた。


「フキの葉を三枚重ねにしただけのサンダルだからな……仕方がない。お腹を満たしてから、また作り直そう。今は川魚に集中だ!!」


ジェイドは尖っている石ころを避けながら、丸石が多い川辺へと歩いていく。


川幅が20メートルほどある川は、手前が浅瀬で反対岸は翡翠色をしていて深そうだ。所々に岩にぶつかり白波が立っている。瀬音はうるさく、流れが速い。


ジェイドは、へそに集中して魔力を練り上げる。へそから胸、そして肩から腕へと魔力を流した。


ジェイドは、空間に現れた水の玉を変形させて魚の形にイメージする。水の玉はくねくねと流動しながら、五匹の小魚に変形させた。そして、それを更にイメージ力で青色に染め上げると、その魚を川へ放流した。


「上手く食いついてくれよ」


釣り竿のない釣りが始まった。川の中での魔力操作はなかなか難しく、常に川上に向かって、泳がせ続けないといけない。その上、太陽が眩しく輝き、水面に反射して川底がよく見えない。


ジェイドは、魔力感知を頼りに泳がせる。しかし、魔力が弱っているせいか、せっかく五匹の小魚を作ったのに川の流れに負け、結局一匹に的を絞って泳がせることにした。


「水の小魚」は岩と岩の間で渦巻いている所へ向かった。川の流れが弱い方が魔力操作しやすいからだ。すると、一匹の川魚が寄ってきた。


(まだだ。もう少し近くまで来い!!)


川魚らしき魚がしばらく警戒して様子を伺う。


(食いつけ!!)


その魚は「水の小魚」にパクリと食いついた。


「引き寄せろ!!【マナ・アトラクト】」


ジェイドは両手を前へ突きだした。イワナが川から飛沫を上げて飛び跳ねた。勢いよく両手を手前に引くとイワナがこちらに向かって飛び込んできた。ジェイドは体で受け止める。


ぴちぴちと暴れるイワナは、約20センチは軽く超えている。淡い金色と白い斑点模様がとても綺麗だ。


「やった!!一匹目!!今すぐ焼くぞ。薪を集めよう」


❇❇❇❇


シリウスだった頃、サージス魔法学園の4年生の時に2泊3日のサバイバル訓練を受講したことがあった。それが今、役に立つことになる。


ジェイドは乾燥した枯れ枝を拾い、さっそく川辺で焚き火の準備をした。その間、イワナは魔力で作った水玉の中で泳いでいる。


「炎よ出てこい!!【エレメントチェンジ・ファイア】」


複雑な模様の魔法陣の中央から、小さな火の玉が飛び出した。ゆらゆらと揺らめきながら、ゆっくり焚き木の中へストンと入った。


ジェイドはつかさず焚き木の隙間に顔を近づかせ、息を吹く。


「いいぞ、もっと燃えてくれ!」


ジェイドの頑張りで、いい炎に燃え広がった。さっそく水玉からイワナを取り出し、エラから指を入れた。


エラと一緒に内臓を引っ張り出す「つぼ抜き」をして無理に腹を裂かない方法でやってみる。ジェイドは、慎重にゆっくりと赤黒い内臓を取り出すことに成功した。


次に血合いの掃除をする。水玉の中に入れながら、背骨沿いの血の塊を、削った枝の先でガリガリと掻き出していく。魔力水で血を洗いつつ、指の腹で確認しながら、細かい部分まで綺麗に削ぎ落とす。


「風よ、出てこい!【エレメントチェンジ・ウィンド!!】」


綺麗に血抜きをしたイワナに風を送り、水気を飛ばす。


なんとか綺麗になったイワナを串刺しにして薪の前にさしておく。


「やっと、まともなものが食べれる〜」


――1時間後


イワナから水分がじゅ~と滴り落ちて、皮目がカリッと弾けた。焼き魚の香ばしい匂いが辺り一帯に漂う。


パチンと爆ぜる焚き木は赤々と燃え、枯れ枝で調節しながらイワナが焼けるのをじっと待った。


本当なら焼いている間にもう一匹捕まえるという手もあったが、トンビやカラスが焼けたイワナを狙ってくるかもしれないと思い、おちおち魚の前から離れることが出来なかった。


「……もう、食べごろだろう」


ジェイドは枝を取って、熱々のイワナを一口食べてみた。


「あふぃ~!!」


口をはふはふさせながら、イワナの味を堪能する。イワナの味は淡白だが、癖はなく、身がふっくらしている。中の細い小骨も柔らかいため、丸ごといける。


「美味しいっ!けど、塩があったらもっと良かったのになぁ〜」


ジェイドは飢えを満たすかのように、夢中でイワナにかぶりついた。


「本当に美味い……うっ…」


久しぶりにご飯にありつけてとても嬉しいはずなのに、ダグラスのことが脳裏に浮かんできて、涙が零れ始めた。


暫くはこんな風に一人で過ごすのだと思うと、急に胸が痛くなった。


「しっかりしろ!!俺。弱気になるな!!」


ジェイドは無言で黙々と食べ続けた。


イワナを頭と背骨以外は全部食べ終えると、魔力の水を飲んで喉を潤した。ようやくお腹は満たされた気分になった。


「さて、夜ごはんの川魚でも釣って今のうちに焼いておこう。そうすれば、雨が降って焚き火ができなくても、焼き魚は食えるからな」


ジェイドは、あれから三匹の魚を釣っては下処理をする。もう一匹は食べて、残りの二匹は焼いて、フキの葉に包むと、蔓で縛りつけた。


「器よ、開け【マジック・ボックス】」


手のひらに蒼白い光の円が描かれた。さらにその内側に硬質な音を立てて四つに重なった四角形の魔力が噛み合った瞬間、そこは時の流れと切離された完璧な収蔵庫へと変わった。


亜空間円陣だけなら、中に入れた食べ物は緩やかに風化する。だが、その中に四つの四角形の結界を張ることで、初めて『完全静止(時間が止まる)』の恩恵が得られる。

円が流転、永遠、循環という『流動』を表すなら、四角は、制御化、固定化、隔離という『枠』を表す。


なので、焼いた魚を入れても腐ることはないのだ。


ジェイドは、亜空間収納の魔法円陣に焼き魚を二匹入れた。


❇❇❇❇


気がつくと日も傾きはじめ、辺りは茜色に染まり、山ガラスが鳴きはじめた。


「魚釣るのに夢中になっていた。早いとこ、今日の寝床を探さなくては」


ボロボロになったフキのサンダルを破り捨て、代わりにウォーターボールを両足につける。魔力回復は食事にかぎるのか、ウォーターボールに張りが出てきた。


「満腹だからか、魔力が高まったみたいだ」


ジェイドは、川から少し離れた森の中を歩くことにした。


夜になると川に寄ってくる魔物が多いと魔法学園で習っていたからだ。あと、崖の洞穴にはむやみに近寄らない。ゴブリンやレッドアームベアーの巣があるかもしれない。


足に巻く葉っぱを探しつつ、夕暮れの森を歩き続ける。


《ガサガサッ》


ジェイドは、ピタリと足を止めた。人さし指にコインサイズの水の玉を浮かべては、回転させる。ギリギリまで回転させると、水切りをするように物音がする方へ投げつけた。


「ピィギィーー!!!」


読んで頂きありがとうございます!

20分後に次回を投稿していますので、そちらも読んでいただけたら嬉しいです。

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