セイタカオナガヒヒを狩れ!(4)
ドドドドドドドドドドドドドドドドドド
凄まじい地鳴りだ。足元がぐらつくわけではないが、鼓膜どころか頭蓋すらも震えるような音と振動。
意思疎通はハンドサインや大声でないと難しいくらい。
そして同時に、離れすぎても、上がる土埃のせいで互いの姿は見えなくなってしまうことだろう。
セイタカオナガヒヒの群れとは、もう百五十メートルほどの距離になっていた。先程は五百メートル以上は先に見えたのに、もう、この距離。
改めて見ても凄まじい速度だ。あのヒヒどもは何をそんなに急いでいるのか知らないが、このまま何もせずぼうっと眺めていれば、あっという間にすれ違ってしまうことだろう。
『――! ――――!』
ベテラン冒険者の短髪女性・ヒーミルが、少し離れた場所―――人が二人ほど隠れられる小さな岩場の陰から、ハンドサインを送ってくる。
頭上高く掲げた片手。その広げた手指から、親指と人差し指を擦り合わせるような動作の後で、拳を握り込む。意味は『もう少しだ、準備はいいか』。
俺も、エレンと共に隠れる小さな岩場から、同じようにハンドサインを返す。腕をピンと伸ばして掲げ、拳を振り上げるような動作。意味は『イエス』。要するに、応答としては『こちらは準備ヨシ』ということ。
そこから俺達は、互いにセイタカオナガヒヒの群れを見て、タイミングを計ることになる。
失敗しないように。タイミングが重要なのだ、タイミングが。
そもそもセイタカオナガヒヒの群れから一部を分断し、孤立したグループをまとめて狩猟する計画。ただし『セイタカオナガヒヒの群れの大移動』そのものが珍しいイベントのため、生活がかかっている立場からすると失敗は許されないものだ。数日かけての移動と準備。高級素材と高額報酬のため。
だから、気合の入ったヒーミルなんかは、俺達の分断が失敗した時のための保険として、火薬という、この世界ではマイナーかつ貴重な道具を所持していた。
普通に作戦をこなして成功すれば必要のない道具だが、流石、こうした仕事で生計を立てているベテラン冒険者。俺達とは備えのレベルが違う。火魔法が不得意な者にはありがたいものだが、そもそも似たような効果の魔法が使えれば必要ないものだそうなので、この世界の火薬はダイナマイトに比肩するほどの威力や効率性を備えてはいないようだが。
「………」
保険についてはさして重要ではないだろう。俺としては、大規模イベントに冒険者が望む時の見学のつもりで、ベテランパーティーと共に行動しているが、少しワクワクしている自覚はある。
とはいえ、作戦そのものは真面目かつ必死にやらなければならない。実地での学習とはいえ、やる以上は本気でやらなければ本人にとっての大きな経験値は吸収できないからな。
俺は改めて作戦遂行のシミュレーションを頭の中で行った。
俺とエレンの隠れる岩場からセイタカオナガヒヒの群れに向かって、斜め前五十メートルほどのところに、分断用に土魔法で作った壁がある。さらにその横、つまり壁の横から俺達のいる岩場の横にかけての一帯は、起伏のある地形に上手いこと隠した落とし穴地帯だ。こちらも土魔法でどうにかこしらえた落とし穴。総数五にも上る巨大な落とし穴に、セイタカオナガヒヒの群れから外側にはみ出した少数が落ちれば、落ちた分だけ俺達の儲けとなる。落ちたセイタカオナガヒヒは、上から魔法による攻撃を行えばまとめて狩猟できるほどだそうだ。
しかし、正面からだとそうはいかない。正面から、猛スピードで走行中のヒヒに魔法を撃って殺したとしても、例えば魔法の行使者がヒヒの進行方向にいたなら、魔法を食らって首を失ったヒヒの身体が勢いも殺さず突っ込んできて、そのまま冒険者が踏み潰されて相打ち……実質的にはただの失敗……という、何の意味もない結果に終わるのだそうで。
知識のない腕自慢が浮かれて正面勝負などを挑んだ、上記のようなアホな事例も大昔にあったのだそうで、それは絶対にやめろと釘を刺されてもいる。
まぁ、だからといって、安全な狩猟法である落とし穴を作り過ぎても、それはそれで問題があるからな。俺達の手が回り切らない、ということの他にも、大きな問題が。
この狩猟、余りにも派手にやり過ぎるとセイタカオナガヒヒの群れの多くの注意を引くことになってしまうのだ。
罠に引っかかったのが少数なら、群れは小を切り捨て大を生かす―――あるいは単に、少数の犠牲など気にせずといった風に、前進を続けるそうだが………。
例えば大規模魔法などを駆使して群れを半壊に追い込んだりすれば、残りのセイタカオナガヒヒが大量の“敵”となって、攻撃者に襲いかかって来るというわけだ。
ちなみに、俺達とは反対側の右翼側では、ヒーミルの属するパーティー『大鷹の爪』のメンバーの残りが、俺達と同じような準備でもってセイタカオナガヒヒの群れから一部の分断を図っているらしい。
そちらの準備が見れないのは残念だが、基本的にやっていることは俺達と変わらないそうなので、ヒーミルとの事前準備をもって今回は罠猟の学習を済ということにしておこうか。
大移動をする群れの両翼に罠を張り、一部の分断をして狩猟、自然界の恵みを人界に取り入れる。これも人の営みだ。この世界の冒険者、あるいは自然との格闘とか人間のスタンスが、少しずつ分かってきたような気もする。
何せ、元の世界では、陸上ではほとんど生命の大規模な営みが駆逐されてしまっていたからな。
逆に言えば、この世界の人以外の生命は、中々に強力と見える。
まさにファンタジー。胸が高鳴るな。
「ソウジ、来るね……!!」
声に緊張を滲ませつつ、エレンが隣から俺の服の裾を摘んできた。
チンピラ相手に動じないエレンだが、あの数、あの規模を目にして、正常に怯えを感じている様子。
喧嘩っ早いところが目立つ彼女だが、こうして年齢相応の部分が見えると、こちらとしては安堵を覚える。
そうだよな、喧嘩っ早いのと戦闘狂って違うもんな。
「エレン、打ち合わせ通り、俺のサポートを頼む!」
「うん、任せて!」
俺達は、セイタカオナガヒヒの群れを眺めながら、その凄まじい地鳴りに紛れてタイミングを見計らうのだった―――。




