大物乱入
「―――きたっ!」
ドドドドド、と凄まじい地鳴りと共に、セイタカオナガヒヒの群れが罠の前方まで来た。
凄まじいスピード。そして、距離が近づくほど際立つのはその巨体だ。各個体が、最低でもライオンくらいの体格がある。尻尾をピンと上げている個体、あとは後ろに流すように尾を水平に維持したりなど姿勢維持の仕方は個体によりけりだが、共通して四足歩行。起伏のある地形を、器用に走り抜けている。
そんなのが、二百か、下手したら三百という数での大移動。そりゃあ大事なイベントだ、リスクがあるとはいえ、選ばれしベテランパーティーにのみ割り振られる依頼だけあるというもの。
それにしても、あのヒヒどもは……肉食獣ほど華麗でしなやかな走りとは言えないが、いかにも長距離を走れます、っていうような安定した走りだな。
あと、これは別に大したことのない見立てだが、ちょっと何を考えているのか分からない感じがする。
だって、四足歩行で器用に走るあのヒヒ、全身が体毛に覆われているのに、見た目はデカいサルなのに、全く知性を感じられない。
前しか見ていない。
岩場に隠れてちらちらしている俺達のことなど、気にも留めていない。
天敵がいないタイプの魔物か? いや、そんなはずもないと思うが………群れの大移動ってそういうものなのだろうか? この世界の常識に疎い上に、そもそも元の世界でも動物の群れの大移動に出くわしたこともないので、判断ができない。
「なんだかバカそう」
「……」
ヒヒを眺めて興味深そうなエレンだが、彼女の正直な感想に俺は思わず苦笑してしまった。というか俺も激しく同意したかったが、今は依頼の遂行中だ、俺だけでも緊張しておかなければと思って首肯しないでおく。
「そろそろ罠にかかるぞ。準備はいいか」
「うん! もしもの時は任せて!」
罠の手前。
群れの移動先、群れの端に合わせるようにそびえ立つ壁を、こちらが計画した通り、群れの一部が外側に避けた。
群れの端が、本体と一部に割れたのだ。
「今だッ!」
俺は土魔法を行使。落とし穴に薄く張っていた、乾いた土の薄い蓋をあえて崩す。
砂となって落下していく土蓋。同時に、突如として目の前にぽっかりと空いた五つの大穴。
『―――ギキィーッ!?』
ブレーキのような甲高い声を上げるヒヒだが、実際には落とし穴の前で急ブレーキもかけられず、走る勢いのままホールインワン。
穴の縁にぶち当たって落ちるのを免れそうなヒヒもいたが、そこはそれ、俺が機転を利かせて穴の周りに土魔法を行使。落とし穴の内いくつかはすり鉢状になってしまうが、簡易アリジゴクを形成して逃れる術を奪う。
罠を避けるように進行していたヒヒの群れの一部が、鋭い声を上げながら次々と落下していく。
「―――すごいな」
穴の配置は、ベテラン冒険者のヒーミルに教えてもらった通り。
ただ一列に配置するでもなく、絶妙な塩梅。まるで斜めに配置したホームベースの頂点をなぞるように配置したことで、どの穴にもおおよそ同じ数のヒヒが落下していた。
群れの本体も、一部の犠牲にこだわることなく全身を続けるようだ。この穴に落ちた個体群など気に留めた様子もない。
「あいつらも、いっそ清々しいくらいの薄情さ」
「ソウジ、とどめをさすんでしょ?」
「ああ―――」
俺とエレンは岩陰から身を乗り出し、落とし穴に向かう。
それぞれの穴に、およそ三~五体くらいずつ、ヒヒが落ちていた。
もがけどももがけども、穴の内側の流砂が脱出を許さない。
「可哀想だが、これも今後のためだ。許せよ」
俺は心にもないことを言って、穴の中のヒヒ達の脳天に【ウォーターカッター】で小さな穴を穿っていく。これは水の刃を出しながらの剣のような使い方じゃなく、短射程のライフルのような使い方だ。ビシュッ、ビシュッ、ビシュッ、と的確に頭蓋骨を貫き、個体を沈黙させていく作業は、見る者が見れば歓声を上げたかもしれない。やっていることはただの屠殺も同然なのだが、自分でもこういった作業に驚くくらい慣れたものだと思う。
「順調に染まってんな~………」
独り言を言いながら、すぐ近くから「こっちも終わったよ~!」というエレンの元気な声が聞こえてきた。
「すごいねソウジ、大漁だよ大漁!」
「そうだな!」
キャッキャッと喜ぶエレン。罠にかかったヒヒの数は二十一。彼女の言う通り、大漁というやつだ。
はしゃぐ彼女に釣られてか、俺もなぜかテンションが上がる。金がたくさん入ると嬉しいのは俺がサラリーマンだったからだろうか。いや余り関係ないな。自分の仕事でたくさん稼げたら、誰だって嬉しいだろう。
「さて、後は素材を剥ぎ取―――」
そう、俺達が喜びムードで、土魔法で足場を補強しながら穴の中に降りようとした時だ。
「む」
「えっ」
俺とエレンは、ほぼ同時にその気配を捉えた。
遠方から、高速で近づいてくる、何かの気配を。
高い魔力を纏った、魔物の気配を。
「あれは―――!?」
喜びムードの俺達に遠方から駆け寄って来ようとしていたヒーミルが、やや離れたところで声を張り上げる。
「ぐ、グリフォンッ!?」
バサッ、バサッ、バサッ………。
空を見上げる俺達の頭上で翼を動かす巨体。
日の光を遮り、俺達の上に大きな影が落ちる。
「ぐ、グリフォンって………」
鷲の頭と翼、獅子の胴体を持つという伝説上の生き物。
まさか、異世界に実在していたとは。
「なぜこいつがここに!?」
動揺するヒーミルだったが、流石、ベテラン冒険者というべきか、すぐに切り替えたようだ。
俺達の背後から、怒鳴るように彼女が言い放つ。
「せ、戦闘態勢! 逃げらんないよ、覚悟を決めな!」
「「――ッ!」」
期せずして、大物の乱入という波乱の展開を迎えたレアイベントなのだった。




