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指南9 本文の書き方 人称編

「では先輩、本日は『人称』についてご教授願います」

「うん」



 先輩はいそいそと机の上にのぼった。

『なぜ先輩は机にのぼるのか?』と問われれば、それは『そこに机があるから』と返ってくるだろう。つまり先輩がいて、机があれば、のぼるのが自然なことなのだ。

 しかし実際のところ、彼女は人に見下ろされながら指南するのを格好悪いと思っており、ようするに低い身長に対し並々ならぬコンプレックスがあるというわけであり、机にのぼる理由がコンプレックスであることを自分からは口にしないぐらいには、コンプレックスをばらしたくないという羞恥心を持ち合わせているのである。


 そう考えると、この『机にのぼる』という行為も、なにかエロティックな羞恥プレイめいたものに見えてくるから不思議だ。

 しかも、視点を変えればさらなる可能性も見えてくる。

 なぜ机にのぼるのか。

 それは(背が低いというコンプレックスのせいであり、そのコンプレックスが人にバレるのが)恥ずかしいからだ。

 つまり彼女は恥ずかしいから机にのぼるのである。

 とんだ被虐願望だと言えよう。

 この発見をしてから、僕は先輩が机にのぼるシーンを観察するのが楽しくて仕方がない。



「どうした後輩、なんか楽しそうだな?」

「いえ、僕はいつも通りですよ。それで、『人称』とはなんですか?」

「まあ学問的な話は置いておいて、今回は『一人称』『三人称』『創作において人称を決める理由』について、ごくごく私的な視点から話そうと思っている」

「つまりここで語られることはあくまでも個人の意見であり、絶対の真理でもましてや学問的な見地からの意見でもないので、この話を真に受けて恥をかくなどの被害を被ったとしても当方は一切の責任を負いませんということですね」

「そうだな! じゃあまず『一人称』と『三人称』についてだけど……」

「はい」

「『視点人物を僕、俺、私などで呼ぶのが一人称』で、『視点人物を苗字や名前、彼、彼女という表現で呼ぶのが三人称』だ」

「ええ……いや、こう、もうちょっと、あるでしょう?」

「お話を書くにあたってこれ以上の理解は必要ないと私は思っている!」

「そうかなあ」

「早速、後輩の書いた文章を見てみよう」



==========================================

 女の子は逃げていた。

 ――空を飛んでいる。

 衛兵が追ってきていたけれど、女の子は飛んでるから大丈夫だ。

 でも急に女の子が落ち始めた。

 びゅーん。

「なにがおきたんだ!?」

 女の子はしゃべった。



 男性は路地裏で空中100メートル先の出来事に気付くはずもなかった。

 男性はおどろいた。

「……なんだ女か」

 男性はしゃべった。



 女の子は10秒ぐらいかけて落ちてきた。

 すごい音だった。

 どかーん!!



 その音に気付いた衛兵はいっせいに近付いてきた。

==========================================



「一日経って冷静に見ると、なんかすごい文章ですね……」

「これは『一人称』か『三人称』かで考えると、三人称だな?」

「そのようですね。特に意識はしていなかったっていうか、プロットをそのままねじ込んだだけなんですが……」

「ちょっと視点が飛びすぎだから、『男性は~』の部分だけ抜き出して、『男性は』を『俺は』に書き換えてみてくれ」



==========================================

 俺は路地裏で空中100メートル先の出来事に気付くはずもなかった。

 俺はおどろいた。

「……なんだ女か」

 俺はしゃべった。

==========================================



「……一人称になった!?」

「な? 『視点人物を僕、俺、私などで呼ぶのが一人称』で、『視点人物を苗字や名前、彼、彼女という表現で呼ぶのが三人称』だろ?」

「そうですね……いや、素直にびっくりしましたよ」

「まあ、『俺』の視点で気付くはずもないことに気付いていたりするんだけど、そのへんはまた今度かな……」

「でも、大して変わらないなら、ぶっちゃけ人称なんてどうでもいいですよね? 強いて言うなら『kare』より『ore』の方がタッチするキーが少ないから利点があるぐらい?」

「まあこのレベルならそうだな。そこで、人称を決定するために、この話のコンセプトを思い出してほしい。プロットは持ってるか?」

「はい」



==========================================

★タイトル


★コンセプト

・先輩を飼いたい。


・メインコンセプト

 なんか偉そうで不器用な先輩系女子と仲良くなりたい。ただしこっちが優位。


・ストーリーコンセプト

 こちらを見下していた女の子に見上げられるようになる。


・キャラコンセプト

 本心か偽装かは置いておいて、こちらを見下している女の子。


★あらすじ

・自分用あらすじ

 奴隷という文化がある、剣と魔法とモンスターが存在する異世界。

 女の子を奴隷にするのが仕事の主人公は、夜、お忍びで城から出たため逃亡中のお姫様と出会う。偉そうな人をひざまずかせることが趣味の主人公は、お姫様が偉そうだったので、言葉巧みに騙してお姫様を奴隷にしてしまった。



・掲載用あらすじ



★キャラクター

・主人公

 男性。奴隷商人。

 偉そうな人をひざまずかせることに快楽を覚えるサディスト。奴隷商人自体が人から見下される職業であり、彼の性格もあって、出会った人にはだいたい見下されたり拒絶されたりすることが多い。

 普段はやる気がないが、やる気を出すとすごい。


・ヒロイン

 王族の少女で、お城を抜け出して街の上を飛んでいた。

 しかし途中でなんらかのトラブルに遭い、飛べなくなる。そこで出会った主人公に協力してもらい衛兵から逃げ切ることに成功するのだが、騙されて奴隷になってしまう。

 主人公に『こいつ偉そう』と思われるぐらいには態度が偉そう。

==========================================



「ストーリーコンセプトの欄を見てくれ」

「先輩はノーリアクションでしたけど、改めて見ると『先輩を飼いたい』とか、その先輩の前で言い出したヤツは頭おかしいですね……」

「言ったの後輩だからな!?」

「ま、まあ、『先輩を解体』よりはよっぽど普通ということで……」

「なんか『溺死よりショック死の方がマシ』みたいな話をされた気がするが……ストーリーコンセプトをどうぞ」

「『こちらを見下していた女の子に見上げられるようになる』ですね。これが?」

「つまりこの話は『見下してきた女の子』に『あなたすごい!』ってされるのが気持ちのいいところだろ?」

「そうですね」

「で、三人称だと『彼はすごいと言われた』になる。一人称だと『俺はすごいと言われた』になる。どっちのがコンセプトに則してるかな?」

「ああ、なるほど。それなら一人称の方かな……」

「そうなるな。……まあ、この主人公に共感できなきゃけっきょく一緒なんだけど……」

「じゃあ人称なんてやっぱりどうでもいいじゃないですか!」

「っていうような、色々な観点から判断して、最終的にどっちの人称の方が読んだ人が気持ちよくなれるか、考えてみてくれ」

「なるほど。人称も色々考えて決めるものなんですね……」

「まあ初心者講座だから丁寧にやってるだけで、普通はなにも考えずに書き出すぞ」

「ええ……」

「基本的に小説なんてインスピレーションで書くものだからな!」

「ここまで言い続けてきた書き方指南をすべて台無しにする発言だ!」

「ただ、インスピレーションは自由自在に望んだ瞬間にいつでも湧くものじゃない。だから理論化して、書きたいけど書けないという時間を減らすために、この物語は存在するんだ」

「あ、ああ、なるほど……よかった。僕らのしてきたことは無駄じゃないんですね……これまでの四万字はなんだったんだっていう気分になりかけましたよ」

「当初案では二万字で終わる予定だったんだ」

「えっと、それよりも人称について考えた方がいいですよね?」

「そうだな。コンセプト、キャラクター、その他様々な『叩き台』とにらめっこして、後輩の頭の中でだいたいの物語を作り上げていくんだ。その物語はどういう語り口がいいかも一緒にな」

「……一人称でいきましょう!」

「お、そうしたか。ちなみに理由は?」

「なんか初心者は一人称の方が書きやすいみたいな風潮ありますからね」

「お、おう……まあそんな理由でもいいよ。とりあえずやってみる。大事なのはコレだな!」

「じゃあ、この文章を明日までに一人称に直してきます!」

「うん。楽しみに待ってる! というわけで――今日は解散だな!」

「はい。お疲れ様でした」

「お疲れ様!」



 先輩がぴょんと机から飛び降りる。

 僕は先輩が降り立った先の地面が落とし穴になっている妄想をしながら、いよいよこのエンディングトークで語るべきネタのなさが深刻なレベルに達しているなと思った。


 それにしても、明日までに今まで書いた部分を一人称に直すのか。

 まあ、それほど難しいことでもなさそうだ。

 先輩をびっくりさせてやろうと、僕は一人ほくそ笑んだ。

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