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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
上弦の月
34/112

 それから、紫剣総合学園周辺1キロに規制が張られ、近隣住民は避難した。

 1人の犠牲者が出た今、ぴんと張り詰めた空気が流れている。

 陰鬼は、既に出現していたのだ。

 だが、それは昨晩のことで、今朝はまだ現れていないという。

 

 造龍寺が気づかなかったのも無理はなかったと思う。

 昨日は休日で、彼はこの近辺にはいなかった。

 蝶班が休日ということは、他の猪班、鹿班がいたということだ。

 それなのに、陰鬼を捕らえられなかったということは、蝶班の責任ではない――と思うのだが、造龍寺は悔しげにしていた。

 口には出さないが、犠牲者を出してしまったことに責任を感じているのだろう。


「……糸巻班長が?」


 どこかに電話をしていた造龍寺が、ぼそりと呟いた。


「はい。はい。分かりました」


 報告をしていた造龍寺が、電話を切る。

 その口調がどこかとげとげしく感じられた。


「どうしたんですか」

「あ? ああ、鹿班の班長がな、糸巻班長を探しているらしいんだが」

「まだ行方不明なんですか」

「まあな。っつーか、班長の責任だ、なんて言われてもなぁ。終了し次第糸巻さんを探せ、だとさ」

「……坊ちゃん。あの女に近づかないほうがいいです」


 途中から割り込んできた半蔵の言葉に、造龍寺が眉根を寄せた。


「おいおい、班長をあの女呼ばわりとは、肝が据わってるじゃねぇか」

「あの女は坊ちゃんの血を抜いた。……何に使うかは分からないが、どうしようもないことに使うに違いない」

「血を……? ああ、そういえばそんなことも言っていたな。まあ、血を抜くってんだから、ろくでもないことに使うのは目に見えている。そういう人だからな。あの人は」

「――もしかしたら」


 会話が聞こえていたのか、水雪が割って入る。

 自分の風彼此を油断なく握りしめて、造龍寺を見上げた。


「地下室があるかも、っていう話」

「地下室? 地下って言ったら居住区しかないが」

「それが、私、見たんですよ。エントランスの奥の、ずっと開かなかったドアが開いて、地下に降りていく糸巻さんを」


 そういえば、昨日水雪がそんなことを言っていた。

 七不思議のような話だと思っていたら、どこか真実味を帯びてきたような気がする。


「ああ、あの扉か。気にはなっていたが、開くんだな、あそこ」

「そうなんですよ! 鵠には馬鹿にされましたけど、開くんです、あそこ! だから、鍵もあるんじゃないかって思って。でも、糸巻さんは用心深い人だから、鍵のスペアなんてないと思うし……」

「強行突破するしかないでしょう」


 発言したのは倫之助だった。

 やや面倒くさそうに、頭を掻きながらぼそりと呟いた。

 驚いたのは、造龍寺だった。


「強行突破ってなぁ……」

「だって、そうでしょう。糸巻さんがいない。誰かに迷惑をかけている。でも、こちらには水雪さんが言った地下という手札しかない。それに頼るとしたら、壁でも扉でも壊して中に入るしかない」

「坊ちゃん。それはいいですけど、あなたはだめです。あなたを、あの女に会わせるわけにはいけない」

「……半蔵、おまえ、何か隠してないか。俺に」


 過保護と思ってしまえれば楽だったのに。

 そこに亀裂を入れてしまったのは、倫之助だった。


「いいえ」

「嘘をつくな」


 黄金色の目が、半蔵をまっすぐ見つめている。

 半蔵は言えなかった。

 あの中にある「おぞましいもの」。あれを倫之助と会せるのが怖い。

 完全ヒト型の陰鬼と倫之助の波動が似ている。

 それに気づかれてしまうことが怖かったのかもしれない。


「……今更、何が起こってもおかしくないさ」


 諦めたような言葉が、悲しかった。


 直後、みし、という骨がきしむ音が周りに響く。


「!!」


 息を飲んだ時にはもう、遅かった。

 

 道路の真ん中に、巨大な黒い「何か」が突き刺さっていたのだ。

 

 倫之助の頬が切れ、血が流れている。

 だが、不思議と痛みはなかった。

 心が、何かに掴まれたような感覚がずっと続いている。

 そちらのほうが、ずっと痛かった。


「こいつ……」


 鵠が唸る。

 突き刺さっているそれ(・・)は、まるで棒のようだった。

 

「離れてください。坊ちゃん。こいつは……」


 突き刺さったその黒い物体は、ゆっくりと霧状になり――そして、ヒトの形へと成型されてゆく。

 ゆらゆらと揺れて、頼りない。

 だがそれは明確な殺意を持っている。

 殺意を持っている、ということは、おそらくかすかながらも知性があるということだろう。

 だが、天女のようにしゃべることはできないようだ。


 完全にヒトの形をとった「それ」は、完全に沢瀉倫之助だった。


「……これ……倫之助くん!?」

「おい、こんな陰鬼、初めて見るぞ」


 水雪と鵠が取り乱す。

 ヒトに化ける陰鬼を、初めて見たのだろう。

 

「聞いたことがあるな。ヒトに化ける陰鬼がいるっつーのは。だが、見たのは初めてだ」


 呟いた造龍寺は百花王の柄を持ち、倫之助の姿をとった陰鬼をにらみつけた。

 それを合図にここにいる全員が風彼此を抜く。

 倫之助の形をとった陰鬼が、倫之助を真似るようにその手を風彼此に見たてた。


「こいつ、風彼此を……!」


 するどい刃を持つ、軍刀「楊貴妃」。色は黒ずんでいるものの、その形はどこから見ても楊貴妃だった。

 水雪が忌々しそうに舌打ちをする。


「突入するぞ!」

「了解!!」


 造龍寺の声に、全員が地を蹴った。

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