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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
上弦の月
33/112

6

 次の日、いつ陰鬼が出現するか分からないからか、朝早くに起きた。

 ぼんやりとする頭を何とか覚醒させて、早い朝食をとる。

 

「おはよう、倫之助」

「おはようございます……」


 欠伸をかみ殺して食堂の椅子に座った。

 食事番の女性たちはてきぱきと食事を作っている。

 

「まだ出現しないと思うから、ちゃんと食っとけよ」

「……はい」


 造龍寺も頭はっきりとしていないのか、目がぼんやりとしている。

 それはそうだろう、いつもだとまだ眠っている時間帯だ。


「半蔵は? どうした」

「さあ……知りませんがまだ寝てるんじゃないですかね」

「そうか……。今回は半蔵と水雪と鵠、おまえと俺の5人で出撃する予定だったんだがな」

「ちょっと俺、起こしてきます」


 水雪と鵠は、食堂にいる。

 彼らはすでに食べ終わってしまいそうだというのに、半蔵は何をしているのだろうか。


 椅子から立ち上がり、廊下に出るとあわただしい足音が聞こえてきた。


「ぼ、坊ちゃん! 遅れました!」

「遅い。もう朝食食べ終わるぞ」

「はい。申し訳ありません」


 本当に申し訳なさそうに、頭をさげてくる。

 再び食堂に戻って、急いで食べ始める半蔵に呆れながらも、自分も残りを平らげた。


「ところで、倫之助。糸巻さんから何か聞いているか? 今日のことについて」

「え? いいえ。特に何も」

「そうか……。糸巻さんが見つからなくてな。部屋にもいないし、勝手に出撃していいものか」

「……いいんじゃないですか、別に。行かない方が問題でしょう」

「そりゃそうか」


 最近ういの様子がおかしい、と水雪も言っていた。

 部屋にもいないというのが気にかかる。

 関係ないといえば関係ないのだが。

 もし、本当に倫之助から血を抜いたのだとしたら、そこには何らかの理由がある筈だ。


「……まあ、何でもいいか……」

「ん? 何がだ」

「ああ、いえ。何でもないです」

「……半蔵、食ったか」


 造龍寺が半蔵を見ると、今ようやく食べ終えたのか必死に嚥下していた。


 お盆を食事番の女性に返し、エントランスに5分後に集合がかかった。

 時計を見ると、6時だ。

 もう空は明るいだろう。

 

 エントランスで待っていると、半蔵がすぐにやってきた。

 

「坊ちゃん。申し訳ありません。寝坊してしまいまして」

「いいよ別に。間に合ったんだから。……眠れなかったのか」

「ええ! 久しぶりにご褒美をいただきましたから!」


 それはいったいどういう意味で眠れなかったのだろうか。

 倫之助は考えるのを中断して、足音がする方向を見上げた。


「早いねー、二人とも」


 鵠と水雪が笑って、手を振っていた。

 そういえば、この二人はいつも一緒にいるような気がする。どのような間柄なのか気になったが、問うのも野暮だろう。


「どんな陰鬼か分からないから、気張ってかないと。私たち、天女の時早退しちゃったじゃない。今回は大活躍しちゃうからねー」

「水雪、いいのか? そんな大口叩いて」

「いいんだよ。だてに蝶班やってないからね。こうでも言わないと、また足元すくわれちゃうもん」

「おいお前ら、準備はできたのか?」


 軽口をたたいているときに、ちょうど造龍寺もエントランスにやってきた。

 やはり、ういはいない。


「じゃ、行くぞ。場所は紫剣総合学園前だ」

「了解」




 運搬班が運転するトラックに乗り込む。

 彼らも風彼此使いで、万が一、蝶班らが乗っているトラックが襲われたとき、臨機応変に対応できるのが運搬班という班らしい。

 なので、運搬班は最低でも2人は同じトラックの中にいる。

 バディと同じようなものだろう。


「懐かしいなあ紫剣総合学園」

「そういえば、水雪と会ったのも紫剣総合学園だったな」

「うん。そうそう。よく覚えてるよー。鵠のこと。自分の力のこと、鼻にかけてるヤなやつだった」

「おいやめろよ。俺の黒歴史なんだよそれは」


 がたん、とトラックがかすかに揺れる。


 倫之助は、鵠が自分の力を鼻にかける奴とは思えない。

 だがそれが真実であれば、紫剣総合学園を卒業して蝶班に入って、だいぶ変わったということになる。

 倫之助は今のところ「全く変わってない」と自負できた。

 変わる必要性があるのかどうかが問題だった。

 けれど、ヒトというものは変わる生き物なのだ。

 造龍寺も半蔵も鵠も水雪も、みんな変わるのだろう。これからも。


 (俺は?)


 暗闇の中でさまようような感覚が芽生えた。

 だが、そんなことを考えてセンチメンタルになるような神経ではない。 

 置いていかれるかもしれないが、半蔵だけは立ち止まってくれているのだ。

 半蔵は変わらない。

 変わらないまま、倫之助の傍にいてくれる。

 けれどいつかは変わるのだろう。

 服部の家も、後継ぎが必要なのだから。

 もっとも半蔵は次男だから、そんなに神経質になる程でもないのだろう。

 だが、服部半蔵正成の名を継ぐには子供が必要だ。

 だからいずれは、半蔵も倫之助の前から姿を消すのだろう。



「つきました。まだ、陰鬼は現れていないようですね」


 運搬班の男性が体をひねってこちらを見据えた。

 造龍寺は頷いてシートベルトを外し、外に出る。倫之助達もそれに従った。


 全員が降りたところでトラックは動き出し、規制を張るために警察へ行ったようだ。


「造龍寺さん」

「ん?」

「あれ、何ですかね」


 倫之助が指をさしたその場所――電信柱に、何かがぶら下がっていた。


 それ(・・)はどう見ても、人間だった――。

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