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純情可憐な変態令嬢  作者: 空青藍青


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7/7

7.下位貴族のサロンにて

 結論から言うと、噂は全く広まらなかった。

 何故なら誤解が誤解を呼び、思わぬところに着地してしまったからだ。


「先日、第二騎士団の実習に参加したのだけれど、そこにアデラ・オルコット伯爵令嬢がいらしたの」

「まあ、サンドラ様、その方って、今話題の?」


 下位貴族が集まる小規模なサロンで、女性騎士、サンドラが少しばかり声を張って話し始めた。


 軍服を着ている際は、頭の高い位置で結い上げている茶髪も今日は下ろし、デイドレスは黄色と少し派手めのものを着用している。

 騎士団内では女性は珍しく、常に注目を浴びる存在だが、お茶会や昼食会などの女性だけの集まりのときはどうしても埋もれてしまうため、意識して選んだドレスだった。


「ええ、そう。第二騎士団長のラッセル・バチュラー侯爵令息と婚約した、あのアデラ・オルコット様」

「まあ、バチュラー様が武功を上げてまで手に入れたいと思わせた、淑女の鑑と言われたオルコット様が!」

「まあ、なんて幸運なのかしら、お二人が揃っていらっしゃるところを見れるだなんて!」

「羨ましいわ~!」


 小さいサロンだけに、隅々まで声が届いたのか、あっという間にサンドラの周りに若い令嬢たちが集まった。

 その光景を微笑ましい気持ちで見ていた夫人たちも、しっかりと聞き耳だけは立てている。


「ふふ、淑女の鑑ねえ〜。とてもそのような言葉で賞賛されるような令嬢ではありませんでしたけれどね」

「え?」

「一時期、噂が広まったでしょう? 第一騎士団所属の子爵令息を再起不能にしたと言う噂が」

「え、ええ。確かにそんな噂もありましたけど、再起不能になった方などおりませんよ?」

「まあ、それは口裏を合わせられたのですわ! 私は軍属ですから、真実を知っておりますのよ!」


 意気揚々と、サンドラが胸を張る。

 だが、周りの令嬢たちは、顔を見合わせ、困惑しきりだ。

 このサロンに来ているのは令嬢ばかりではなく、下位貴族の夫人たちも参加している。

 そんな夫人たちもまた、眉を寄せ、何気ない態度でサンドラの言葉に耳を傾けていた。


「それこそあり得ないお話ですわ」

「ええ、本当に。私たちは、第一騎士団の見学に足繁く通っておりましたから、所属している方たちも存じておりますし、子爵令息の方で休職している方はいらっしゃないのは事実ですよ。それは記録を見れば分かることですし、もしその記録が改竄されているとなったならば、軍法会議にかけられる程の重罪です」


 二人の令嬢が否定をすれば、それに大きく頷く者が複数いた。

 そのことを気にした様子もなく、サンドラは続ける。


「ですから、口裏を合わせて退役させたんです。そうすれば、休職者はいないということになるでしょう?」

「? 退役した子爵令息もいませんが?」


 ずいっと前に出てきたのは、勝気な雰囲気の令嬢だ。

 サンドラの数少ない友人のひとりでもある。


「まあ、ナタリー様は知らなくて当然ですわ。退役した『子爵令息』は、確かにいないですもの」


 含んだような言い方に、否定した令嬢、ナタリーが訝しげな表情をみせる。

 今度は違う令嬢が面白がるように問いかけた。


「その言い方だと、他の方が、ということですか?」

「ええ、そうですわ。男爵令息の、ハワード・ガイラー様ですわ。軍学校で同期でしたの」

「ぷっ」


 ナタリーを含めた、令嬢の何人かが吹き出した。

 それにカッと怒りに顔を染めたサンドラが食ってかかる。


「何よ! 嘘じゃないわ!」

「いやだわ、サンドラ様。ガイラー様は第五騎士団に異動になりましたのよ」

「え?」

「あの方は次期当主である兄を支えるために、男爵領に居を構えている第五騎士団に転属願いを出されたのです」


 ナタリーの言葉に、嘘を重ねたサンドラは顔を引きつらせた。それでも意地になり、言い募る。


「ふふ、それは表向きのお話ですわ」

「いいえ、事実です。私の妹の婚約者なので」


 そう言い切った令嬢の言葉に、サンドラはぎょっとした。


「今頃はあちらで、挙式の準備を進めておりますわ」

「まあ、おめでとうございます、ナタリー様」

「ありがとうございます」


 周りの令嬢が祝福を述べる中、サンドラが真っ赤な顔でガタリと音を立てて立ち上がった。

 そして拳を握り締め、大声を出す。


「私の言いたかったことは、そんなことではありません! アデラ・オルコットは、馬の筋肉を撫で回して喜ぶような変態です! とても淑女の鑑だなどと言われるような人間ではありません!」


 あまりの大声に、その場の誰かがポツリと「流石は軍属ですわね」と場違いな呟きをこぼした。


「別に、普通では?」

「はあ?」


 首を傾げて「普通」と言ったのはドーラだ。

 足繁く第一騎士団の見学に通い、アデラに婚約者との間を取り持ってもらったドーラである。

 そして、下位貴族と結婚し、筋肉を堪能したいとアデラの願望を聞かされた、子爵令嬢、ドーラである。


「第二騎士団に魔獣を預けているのだもの、久しぶりに会った『家族』の健康状態を診るために、触診をした、それだけでしょう?」


 少々強引ではあるが、堂々と尤もらしく言ったドーラは、同じく第一騎士団へ見学に来ていた令嬢たちに同意を求めた。

 それに頷き、同調しようとした令嬢よりも早く、サンドラがまくし立てる。


「違うわ! あの女は筋肉が好きなのよ! 第一騎士団の見学の際に、ずいぶんと卑猥な目で見ていたって聞いたわ!」

「卑猥だなんて、アデラ様もあなたにだけは言われたくないでしょうね。だってあなた、軍学校でたくさんの令息とそういう関係になったのでしょう? 寧ろ、あなたの方が筋肉好きなのではなくて?」

「なっ!」

「あなた有名よ? 股緩女って」

「またゆる! 何よそれ!」


 噂には噂で、そう思い、返した言葉は思いの外サンドラに効いたらしい。

 真っ赤な顔で口をパクパクさせているサンドラに、誰もが首を傾げた。

 なぜ知られていないと思っていたのかと。

 実際、サンドラのせいで、何組かの婚約が壊されているのだ。


「まあまあ、その辺にしておきなさいな。この国の騎士になろうと頑張っているのですもの、それだけで十分賞賛に値するわ」


 間に入ったのはひとりの子爵夫人だ。

 優しい口調に、柔らかな笑顔。

 だが、目は全くといっていいほど、笑っていなかった。


「ただ、驚いているのよ。この国の救世主でもあるオルコット伯爵家の令嬢に対して、ずいぶんと悪様に言うのね。特に軍属のあなたからそんな言葉が飛び出すなんて、思いもしなかったわ」

「オルコット伯爵はもちろん、素晴らしいお方です。ですがその素晴らしい伯爵の娘が変態だということに、憤りを感じているだけです!」

「まあ、別に誰に迷惑をかけている訳ではないのでしょう? あなたと違って」

「そ、それは⋯⋯」

「あ、あの!」


 とここで、ひとりの愛らしい少女が声をあげた。

 垂れ目な青い瞳は、とても気弱そうに見えるが、常日頃から思っていることを大勢の前で言えるほどには、気概のある少女だった。


「確かにオルコット様は見目は良いですし、所作も美しいです。ですが、凄いのはオルコット伯爵様本人であって、彼女はただその家の令嬢というだけですよね。正直、やたらと持ち上げられていて、ちょっと気持ち悪いと言うか⋯⋯作為的というか⋯⋯」


 段々と尻窄みになる声に、不安が滲み出ている。

 そんな彼女の発言に、サンドラは勢いづいた。


「そうです! ちょっと美人だからって、調子に乗りすぎです!」


 つい本音が出てしまったサンドラは、それが不満を抱いているのだと証明してしまっていることに気づいていない。


「ああ、領地を持たないあなたたちの家は、知らないのね。オルコット嬢が魔物討伐の前線に出ていたことを」

「えっ! 前線に!」


 声をあげて驚いたのはサンドラだ。

 軍学校を出て、国軍に籍を置き、騎士団へ入団はしたが、実戦では後方支援にしか参加したことがない。

 遠くに魔物の雄叫びを聞くだけでも恐怖を感じるのに、前線に出るなど想像もできないことだった。


「な、なぜ伯爵令嬢が前線に?」

「『家族』である魔獣が前線に駆り出されたからよ」

「えっと、魔獣が前線に出るのは当然として、なぜオルコット様も?」

「『家族』が心配だからよ」

「だからといって、前線に出るなど⋯⋯」

「あなたは、どうやって魔獣が誕生したか知っていて?」

「確か『闇霧』(やみぎり)に撫でられたからですよね」

「ええ、そう。家族四人で、屋敷の裏にある森の中の湖に遊びに行って、そこで『闇霧』に遭遇した。飼っていた猫や、当主の馬と嫡男の馬、森にいた動物たちが、闇に撫でられて魔物になった。その魔物へと変わりゆく姿を、オルコット家の方たちは見ているのよ」


 オルコット家は代々動物好きで知られている一族だ。

 『家族』が魔物に変わる様を見て、衝撃を受けない訳がない。


「だからといって、普通は魔物退治について行ったりはしませんよ」


 サンドラが呆れたように言う。


「ええ、そうね。普通は。でも『闇霧』と遭遇して、『普通』でいられるものなのかしら」


 その夫人の言葉に、誰もが言葉を失う。

 魔物を生み出す『闇霧』は、読んで字の如く、霧状の闇が集まってできた『何か』だ。

 『闇霧』と遭遇し、生き残った者は極僅か。

 最初にソレが人類に認識されたのは二十年も前。この国よりも歴史の古い西に位置する大国だった。

 そしてその大国は既に亡国となっている。

 そこから人類と魔物との戦いが始まった。

 

 大陸中の各国で『闇霧』が目撃され魔物が増えていく中、色々な策が講じられたが、どれも決定打には至らなかった。

 

 ただ唯一、聖女による浄化で『闇霧』を消滅させることに成功した。

 しかし、その成功例はただの一度きり。

 その理由は『闇霧』がいつどこに現れるか、予測できないことにあった。

 そんな中、七年前にとうとうこの国にも『闇霧』が現れてしまう。

 最初は西の国境線。

 元々隣国から流れ込んで来ていた魔物を抑え込んでいたその場所で、何の予兆もなく現れたのだ。


 そこに詰めていた第三騎士団は、『闇に撫でられた』軍馬たちに蹂躙され、全滅した。

 そして、西を預かっていた辺境伯の領地はその大半を魔物に侵食され、今では砦しか残っていない。


 そんな魔物に『家族』が変貌する姿を見て、正気でいられるのか。

 また、『家族』に殺される恐怖を抱き、魔獣になった後も、『普通』に接することができるのか、そう問いかける子爵夫人に誰もが口を噤んだ。


「だから⋯⋯なの?」

「え?」

「だからオルコット様は変態なの?」


 サンドラが神妙な面持ちで呟く。


「⋯⋯は?」


 一瞬なにを言っているのか分からず、皆が首を傾げた。

 だが、そこでハッとしたように可愛らしい令嬢が声をあげる。


「そんな恐怖を抱いた中、助けに来て下さった騎士の逞しさに感嘆したということですね!」

「ええ、そう! きっとそうよ! だから筋肉が好きなんだわ!」


 全然違うのだけれど⋯⋯。

 子爵夫人は心の中でそう呟き、笑顔のまま固まった。

 実際、騎士に助けられたわけではない。

 だが、否定するのも申し訳ないほどに、二人で盛り上がっている様子に、どうしたものかと首を捻った。

 他の令嬢はというと、何故そんな結論に辿り着くのかと、疑問符を浮かべている。

 そして、アデラの淑女としての尊厳を守るため、子爵夫人はその話に同調することにした。


「オルコット嬢は、そういう経験を経て、前線に立つ騎士たちに深く感謝をしてるのだと思うの」


 子爵夫人の言葉を受け、我に返ったドーラも続く。


「確かにそうですね。第一騎士団の見学にも足繁く通っておられましたが、それは令嬢と騎士たちを繋ぐためだったのだと思います」

「ええ、実際、沢山の縁談を纏めてくださいましたから」


 ナタリーの妹の婚約も、アデラのお陰だと暗にそう言えば、何人かが頷いた。

 アデラとラッセルの恋物語と共に広がった、第一騎士団内での縁談話も相まって、アデラの好感度は増していく。


 かくいうサンドラも、アデラへの印象をガラリと変えていた。

 先日の魔獣たちとのやり取りも相まって、魔獣のために体を張って守ろうとしたのだから、固い絆で結ばれているのも当然だと、妬む気持ちが萎んでいく。

 そして、少しくらい変態でも仕方がないのだと、憐憫も込めて受け入れた。


 そして、ひとつの希望を見出す。


「⋯⋯オルコット様に頼んだら、私にも誰か、紹介してくださるかしら?」

「「「無理だと思うわ」」」


 複数の令嬢からそう返されたサンドラは、しょんぼりしながらサロンを後にした。


お読み頂き、ありがとうございます。

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