1.アデラ・オルコットの生態
アデラ・オルコットは、唸っていた。
何故自分に、理想の恋人が出来ないのかと。
「おかしいと思わない? 私の家は、裕福な伯爵家なのよ? 下位貴族の子息からしたら、垂涎ものよ」
「はい。私もそう思います」
部屋の隅に控えていた侍女が、目を伏せ同意を示す。
それに気を良くしたアデラは、尚も言い募った。
「他の方々はみんな、婚約まで話が進んでいるっていうのに」
「はい。おめでたいことでございます。それもこれも、お嬢様のお陰でございますね」
婚約を結んだ令嬢たちはみな、アデラのお陰で婚約出来たようなものだった。その理由を自分が『普通』に仲立ちしたお陰だと思い込んでいるアデラは、実に幸せ者である。
「こんなに足繁く鍛錬場に通っていて、熱い視線を送っているというのに、全く靡かないなんて、いったいどういうことなの?」
アデラの家から一番近い、第一騎士団の鍛錬場に足繁く通っていたアデラは、騎士たちの間ではちょっとした有名人だった。
主に悪い方向で。
だがその『悪い』の方向性は、かなり特殊なものだった。
「それは⋯⋯」
言い淀んだ侍女に、アデラが訝しげな目を向ける。
「それは、何? 知っていることがあるなら教えて頂戴、バーサ」
「いえ、その⋯⋯私にもよく分かりません」
本当は十分その理由を理解していた侍女、バーサだったが、それを言葉にするのは憚られた。
「もしかして、私の容姿に問題が?」
「いえ、全く。そこは何も問題はございません」
美しい金の髪に大きな青い瞳。小柄な体型でありながら、女性としての魅力は十分に備わっているアデラの容姿に、文句のつけようはない。
花も恥じらう十七歳。
黙っていればそれはそれは可憐な、どこに出しても恥ずかしくないお嬢様だ。
黙っていれば。
そう思い、バーサは首を横に振った。
「そこは? では、どこが駄目なの?」
なかなか諦めてくれないアデラに、バーサが意を決して言葉を紡ぐ。
「強いて言うならば、お嬢様の筋肉への愛、でしょうか」
「え! 私からそれを取ったら、楽しみが何もなくなってしまうわ!」
「それは流石に、言い過ぎではないでしょうか? 他にも色々と、探せばあると思いますよ?」
「⋯⋯あ、あるかしら?」
絶望をたたえたその表情に、バーサは何も言えなくなってしまう。
それでもバーサは言いたかった。その筋肉愛のせいで、自分の首を思いっきり締めているということを。
◆ ◆ ◆
「アデラ様、ごきげんよう。本日も見学ですか?」
「まあ、ごきげんよう、ドーラ様。本日は差し入れですの?」
手にバスケットを持っているドーラを見遣り、つい先日婚約が纏まったと連絡をもらったことを、アデラは思い出す。
「はい。差し入れをしてほしいと、頼まれましたので」
頬を赤く染め、嬉しそうに惚気けたドーラに、アデラは恨めしそうな視線を向ける。
このドーラもまた、アデラのおかげで婚約ができたようなものなのだ。
「それで、その、アデラ様の方は、今回はどなたを狙っていらっしゃいますの?」
その言葉に、思わずアデラの顔が引き攣った。
今までに下位貴族を中心に、粉をかけまくっていたアデラだが、悉く躱され、殆どの者が婚約者持ちになってしまっていた。
ドーラの婚約者も、もちろんその一人だ。
この騎士団の鍛錬場に通っている令嬢は、アデラだけではない。
皆それぞれに想い人がいて、お近づきになりたいと、時間を見つけては通っていた。
そんな中、伯爵家のアデラが下位貴族である騎士ばかりを狙うせいで、他の令嬢たちはヤキモキしていた。
想い人のいる令嬢もまた下位貴族が多く、アデラに反感を持ちつつも、言い出せずにただ、婚約まで発展しないことを願うばかりだった。
だがとうとう、一人の令嬢が泣きながらアデラに懇願した。
「あの方は幼い頃より、ずっとお慕いしていた幼馴染なんです。だからどうか、取らないでください!」
そう必死に訴えかけられ、アデラは驚きつつも頷いた。
「まあ、そうだったのね。ごめんなさい。最初から言ってくだされば、粉なんてかけませんでしたのに」
意外にもあっさりと引き下がったアデラに、周囲にいた令嬢たちは喜色ばむ。こちらの想いを知ってもらえれば、諦めてくれるという事実に希望を抱いた。
それからは、アデラに相談という名の牽制を行い、殆どの下位貴族の騎士たちは婚約の運びとなったのだ。だがとんとん拍子で婚約が進んだ理由は、他にある。
その理由を誰も口にしないのは、特殊ではあるが『恩』だと思っているからだ。だからアデラは気づかない。
自分が周りからどんな目で見られているかを。そして誰もアデラに気づかせないよう、恩のある令嬢も騎士も口を噤んでいるのだ。
ドーラの、次に誰を狙うのかという質問に、アデラはチラリと鍛錬場を見渡した。
下位貴族で婚約者がいない騎士はあと残り三人。
その内の二人は、他の令嬢から近々想いを伝えると相談(とういう名の牽制)を受けていたので除外する。
「ええ。そうですわね⋯⋯」
残る一人に目を向けると、目が合う。愛想良くニコリと微笑んだアデラだったがしかし、相手の騎士は何故かその場を駆け出し、奥へと引っ込んでしまった。
その様子に、慌てたようにドーラが口を開く。
「先程、何か用事を言いつけられておりましたから、急いでおいでなのでしょうね」
別にここで言い訳をする必要もないのだが、思わずといった形でドーラは苦し紛れに言葉を落とした。
「まあ、そうなのですね。下位貴族の方は大変ですわね」
すんなりとその話を受け入れたアデラは、ここでずっと疑問に思っていたことを、ドーラに聞いてみようと耳元に口を寄せた。
「あの、ドーラ様。最近ずっと気になっていることがございますの」
「まあ、なんですの?」
ほんの少し嫌な予感がしつつも、ドーラはアデラに倣い声を潜めた。
「最近、騎士の方々、服をお脱ぎにならないと思いません?」
ぐっと喉を鳴らし、ドーラが叫びを呑み込む。
警戒していて良かったと、変な声を出さずに済んだ自分自身をドーラは褒め称えた。
「⋯⋯そう、ですわね」
かろうじて同意の言葉を紡ぐ。
「やはりドーラ様もそう思われますか。ここに通い詰めて一年近くになりますが、最初の頃はやたらと皆さん、シャツを脱いでおりましたのに⋯⋯はあ、残念ですわ」
「⋯⋯ええ⋯⋯本当に」
何とか声を振り絞り、ドーラは答えた。
ドーラとて、騎士の鍛錬を見学しに来ていたのだ。当然のことながら、殿方の鍛え上げられた肉体に魅力を感じていないわけではない。
だからといって、その肉体を目の当たりにしたならば、流石に恥ずかしいし、直視は出来ない。アデラと違って。
「はあ、もう全然、筋肉美が見れないのですもの。私、寂しくて寂しくて」
「寂しくなるものなのですか?」
「それはもちろん、楽しみが半減してしまうでしょう」
「そ、そうですか」
「ドーラ様は良いですわよね。頼めば見せて頂けるでしょうし、触らせても頂けるのでしょう?」
そのアデラの言葉に、ドーラはぼんっと顔を赤く染めた。
その様子に、アデラは息をひとつ吐き出すと、心の底からの言葉を放つ。
「羨ましいわあ」
アワアワとしているドーラを他所に、アデラが鍛錬場へと目を向けると、丁度第一騎士団の団長である侯爵家のテレンスが登場するところだった。
黄色い声援が上がる。
「そういえば、どうしてアデラ様は下位貴族の方ばかりを狙うのでしょうか?」
その疑問の答えは二つあった。だが一つは家の問題なので、ここでは敢えて口にはせず、もう一つの理由を日頃の鬱憤と共にアデラは吐き出す。
「それはもちろん、卸しやすいからですわ」
「え?」
思ってもみなかった言葉を返され、ドーラは疑問符を浮かべた。
後ろでは、ずっと静かに控えていたアデラの侍女が「んん!」と咳払いをしている。
それに気付いた様子もなく、アデラは質問の答えを分かりやすく説明しだした。
「下位貴族の子息ならば、逆らえないでしょう? 本当は貧乏なら尚良かったのですが、もう婚約が決まってしまいましたしね」
一番目から3番目の候補は早々に婚約が決まってしまったことを思い出し、アデラは溜息をついた。
橋渡しをした自分自身に嫌気がさしつつ、おめでたいことなのだからと気持ちを切り替える。
「ええっと。逆らえないとは?」
またも後ろで侍女が咳払いをするが、アデラは全く気にしていない。
「筋肉を見せてほしいとか、触らせてほしいとか言っても、逆らえないでしょう? 家格差があれば優位に立てますし、貧乏であれば、支援という形でより一層逆らえないでしょうし」
「な、なるほど?」
「だから、下位貴族の方を狙っていたのだけれど……あら?」
そこで不意にアデラの会話が止まる。どうしたのかと、ドーラがアデラの視線の先を追うと、鍛錬場の方から騎士団長がこちらに歩いて来るのが見えた。
「何かしら、こちらに向かって来ているようですが」
「はい。どうかしたのでしょうかね」
ここでアデラがハッと気づく。
「まさか! 私に求婚するとか?」
ぱあっと顔を輝かせたアデラだったが、すぐにスンと表情を消した。
「アデラ様?」
「侯爵家の方には、とてもではないけれど、言えないわ。触らせてほしいだなんて」
「ええと、どうお答えしていいのか分かりませんが、多分、そういうお話ではないかと思いますよ?」
ズンズンと近づいてきた騎士団長に、アデラとドーラは立ち上がり、腰を落とした。
それに手を上げて応えた騎士団長は、アデラへと声をかける。
「失礼、突然の声かけですまないが、アデラ・オルコット嬢に少し話があるのだが、時間は大丈夫だろうか?」
挨拶も何もなく、少し怒気を含んだ物言いに、アデラは訝しげな表情をする。
それでも今後のことを考え、悪印象を持たれないよう素直に頷いた。
「はい。問題ありません」
「そうか、ならば一緒について来てほしい」
「はい」
ドーラに挨拶を済ませ、歩き出したアデラに、周りにいた令嬢たちの視線が突き刺さる。
だがその視線は、全て憐憫に満ちたものだった。
「単刀直入に言おう。騎士たちを変な目で見るのを、止めてもらいたい」
鍛錬場の側にある、騎士団の詰め所へとやって来たアデラは、小さめの部屋に通され開口一番そう告げられた。
「は? 変な目?」
「そうだ。舐め回すような、卑猥な目というべきか」
突然、突拍子もないことを言われ、アデラが固まる。だが、何を失礼なと、思わず言い返した。
「え? 私が、そんな目で見ていると?」
「ああ、私自身もそう感じた」
「え? 私は騎士団長を狙っていませんが?」
心外だというように反論するが、返ってきた言葉にアデラは驚く。
「そういう意味じゃない。他の騎士を見る君の目を見て、そう感じたと言っているのだ」
「⋯⋯え? 私って、そう見えるのですか?」
「ああ、そう見える」
「⋯⋯」
余りの言い様に、ショックを隠せないアデラは放心した。
「出来ればもう、見学には来ないでほしい」
「⋯⋯⋯⋯わ、わかりました⋯⋯」
青い顔で放心しながらも、何とか言葉を紡ぎ、席を立つ。
後ろから支えてくれる侍女バーサがいなければ、退出さえ出来なかったかもしれないほど、アデラは衝撃を受けていた。
そしてバーサはこの後、痛感する。
アデラから筋肉鑑賞の楽しみを取ったら、本当に何も楽しみがない残らないということを。
お読み頂き、ありがとうございます。
もしよろしければ広告下の☆☆☆☆☆をポチっとして頂けたら嬉しいです。
それを励みに、今後も頑張っていきたいと思います。
どうぞ、よろしくお願いいたします。




