親友への返事
しばらくすると、レオニス王子が戻ってきた。
「忙しそうですね、レオニス王子」
ミラが、気づかわしげに声をかける。
「まあな、何かと覚えなくてはならないことが多いようで、俺が覚えておくべきことがあるとすぐに呼び出される。俺としてはもっと魔法の修業をしたいのに……」
「王子様は前線で戦われるよりも、国政でお力を発揮された方が良いのでは」
アルベルトはそう言ったが、レオニス王子は胸を張って反論した。
「別に魔法は戦争でしか使えないものではない。今の俺はせいぜい誰かの服を燃やすくらいしかできないが、威力が強くなれば岩を砕いて道を作ったり、川の流れを変えたりすることもできる」
「それでは、王子様は戦には出ないのですな?」
「いや、それは情勢次第というか……」
本当は、レオニス王子はラディアート王国に負けたままでいるのが悔しい。
戦に出て、こてんぱんに叩きのめしたい。
だが、戦争を望んでいることを知られるとアルベルトにも父王にも大臣にも叱られる。
だから、戦以外での魔法の有用性を考えたのだ。
それは苦し紛れの言い訳のようなものだったが、ミラには衝撃だった。
「私の力を、戦以外で使えるかもしれない」
治癒魔法は今までにも役に立ててきたが、攻撃魔法はミラにとって呪いのように感じられていた。
だが、レオニス王子の言葉によって攻撃魔法の可能性を感じることができた。
——レオニス王子と出会えたことは、自分に大きな影響を与えるかもしれない。
ミラは、何となくそう感じた。
そして、感謝の気持ちを伝えることも忘れなかった。
「レオニス王子、お忙しい中私とアルベルト様を会わせてくれてありがとうございます。心の底より感謝申し上げます」
「堅苦しいのはよせ。まあアルベルトはラディアートから亡命してきた身だ。当然外交使節に同行することはできんからな。今のうちに会わせてやらねば、戻って来るまで会えん」
確かにアルベルトがロベリア王国にいることがバレれば、身柄を渡すように要求されるだろう。
アルベルトがここにいることも、秘密なのだ。
ミラは、深々と頭を下げて感謝の意を表した。
ただの気まぐれかもしれない。
それでも、アルベルト先生と言葉を交わせたことはミラに大きな力を与えた。
「ダモンなんか大っ嫌い!!」
そう言えたことで、ミラの心は軽くなった。
友好国の筆頭公爵を憎んだらパパが困るのではないか。
恨みを抱いて生きていくことを両親は望んでいないのではないか。
などと考えて自分の感情を抑えていたのだ。
レオニス王子のおかげで、ミラの気持ちは軽くなった。
レオニス王子に対する好感度は、確かに上がった。
***
その日の夜、ミラはアンナに夢中でアルベルトとの邂逅を語った。
ずっと働き詰めで疲れているアンナだったが、目を輝かせて嬉しそうに語るミラを見ていると幸せな気持ちになれた。
その内容をきちんと把握できるのは、ローズのおかげでもあった。
前世でお世話になった魔法使い様に本当のことを伝えるかどうか——そのミラの迷いを、ローズの手紙のおかげでアンナは正確に理解できた。
その迷いを吹っ切った結果、こんなに嬉しそうに話せるようになったのだから、アンナも疲れが吹き飛ぶほど嬉しかった。
「そりゃあ、すぐに仕返しとかはできないけど、ダモン大嫌い!でいいのよね!?」
この人はどれだけ優しいのだろう、とアンナは思った。
アンナには、嫌いな人なんていくらでもいる。
ローズにさえ、時々「この腐れ貴族!」と心の中で悪態をつくこともあるのだ。
でも、ミラ様はあれだけ酷いことをされても嫌うことを恐れていた。
これが貴族なんだろうか?ローズ様も、こんなに気高いのだろうか。
アンナには、それがわからなかった。
帰ったらローズ様に相談してみよう、とアンナは思った。
そして、晴れ晴れとした顔をしている主人にアンナは言った。
「ミラ様、便箋を用意しますからその嬉しい気持ちをローズ様にもお伝えしましょう。きっとローズ様はミラ様のことを心配されていますよ」
「あ!本当だ。あまりに嬉しくてうっかりしてた。急いでローちゃんに返事を書かなくちゃ。明後日には出発だって言ってたから、落ち着いて手紙も書けなくなるわ」
こうして、ミラはローズに嬉しさのいっぱい詰まった手紙を書き上げるのだった。
***
ミラは、まだロベリア国内にいる。
だから、手紙の返事も3~4日で届く。
ローズの父エドガー・ヴァレンティス侯爵の領地には険しい地形も多いので、他所よりは少し時間がかかるが、それでも郵便はこの程度で届くのだ。
ローズは、ミラからの手紙を前以上に胸を高鳴らせて開封した。
ミーちゃんの悩みがどうなったのか、ローズはずっと気にしていたのだ。
その返事を読んだローズは、「良かったねえ、ミーちゃん」と呟いた。
自分もアンナもダモン・タッカーに憤っていたが、やはり実際に接したことのある人間が同意してくれたことは大きかったのだろう。
そのうえ、アルベルト先生は前世で良くしてくれた人だ。
その人に肯定されたことで、ミーちゃんは気兼ねなくダモンに対する感情を表に出せたんだ。
「ミーちゃんは優し過ぎるからなあ」
ローズは、そう呟いた。
自分なら、あんなに落ち着いてはいられない。
アンナなら、すぐにぶん殴りに行くだろう。
というか、あれほど魔法の力が強いなら前世でやっつけちゃう。
そう、ミラにはそれをやる力があるのだ。
「……だから、殺されたの……?」
もちろん魔法をぶっ放して公爵を殺めたりしたら、ただでは済まないだろう。
それでも、自分を簡単に殺せる力を持った者は怖いものだ。
ダモンなんかの考えが理解できる自分が、ローズは少し嫌になった。
それでも、手紙からはアルベルトという人と会えて良かったという喜びが感じられる。
その前向きな空気が、ローズを笑顔にした。
そして、手紙の終盤に書いてあった「アンナが『竹馬を教えるのを楽しみにしています』と言ってたわよ」という文言が、ローズを震え上がらせた。
ローズは、明日から体を鍛えて真剣に竹馬の練習もしようと心に決めた。
ミラがいない間にやることが決まったようだった。
***
それから、ミラたちはラディアート王国に向けて出発した。
だが、ラディアート王国の王宮にダモン・タッカー公爵の姿はなかった。




