海原
雲一つない空の下、俺と友香は、縦に並んで線路上を歩いていた。後ろを振り返ると、別れを告げた大都市の高層ビルが山の隙間から見え隠れしていた。
「どこまで行けるのかな?」
前を歩いている友香が、質問を投げかけて来た。
「行きたい場所に行けると思うよ。夢なんだし、どこへまでも」
「それもそうだね」
非日常が溢れるこの世界で、俺たちが存在している理由を探している気がした。
「私あんまり旅行に行ったりしたことないから、とっても楽しみなんだ」
声が上ずっている友香の足取りは軽い。
「友香はどこか行きたいところある?」
「えーっとね、海に行ってみたいかも。小さい時、両親に連れてってもらってから行っていないから」
そういえば、俺もこの世界の海を見ていなかったことを思い出す。
「いいね!海、一緒に見に行こう」
「うん!真司君は海がどっちの方向にあるのか分かる?」
「分かんない。けど、歩いていればいつかは行けると思うよ。地球は丸いからね」
あまりに無責任な言葉に呆れたのか、友香は立ち止まり俺の方を向く。
「気の遠い話だけど。真司君となら行ける気がする」
どうして彼女は、出会ってからそんなに時が経っていない男に、屈託のない笑顔が出来るのだろうか。
疲れ知らずの俺たちは、長い時間歩き続けた。時間の感覚は薄れ、周りの風景で遠いところまで来たことを知る。
「ここって日本のどの辺なんだろうね」
「わかんない」
田園風景を横目に見て、呑気に返答する。
「のどかだね〜、夢の世界も案外悪くないのかも」
「僕もそう思う」
進んでいる方角が、俺たちの望む方向なのかは分からないけど、行くべき方向であることを願う。
時間感覚が希薄なこの世界に、時の明確な区切りは存在しない。
俺たちは、遠くまで歩いてきた。どこまで歩いてきたのか、具体的な数字は分からないが。
草原に寝転びながら、天然のプラネタリウムを眺める。一睡の時が、もうすぐ終わりを告げているのは、急激な眠気が教えてくれていた。
「明日も会えるかな」
友香の不安げな声が、真横から届く。
「会えるよ。夢の世界で」
不確定だけど、根拠のない自信があった。
俺は、眠気に身を委ね、目を閉じる。
人は希望を持って眠れたらそれは素晴らしいことだと思う。
無味乾燥な一日が終わり、気持ちが高揚しながら布団を被る。一刻も早く眠りに入りたいのに、すぐには寝付けなかった。
気がつけば、どこまでも広がっている青空を眺めていた。
「おはよう」
待ち望んでいた心地の良い声が、俺の耳に届く。
「おはよう」
オウム返しの挨拶をする。
立ち上がり、友香の方を向く。
「真司君が言ったとおり、今日も夢で会えたね」
純粋な笑顔が、この世界の虚弱性を錯覚させる。
「本当に会えて良かった」
嘘偽りのない言葉が出て来た。
俺たちは、また旅路を二人で歩いた。
太陽が、頭上に来た頃、友香は口を止めることなく、俺に話しかけ続けていた。
「今日は戦勝百周年のパレードでいっぱい人が居たんだよ」
友香の顔は、花畑に咲く可憐な花のようだった。
「真司君聞いてる?」
「聞いてなかったかも」
「ねえ!ちゃんと聞いてよ」
「ごめんごめん」
友香に、平謝りをする。
「女の子の話を聞いていないとか、ありえないからね」
頬を膨らまして、彼女は再び道標の線路を歩く。俺も、その後に続いた。
いつしか俺の視界は、水平線を捉えるようになる。
「海だ!!」
大いなる海を、友香の上ずった声が讃えていた。
砂浜が眼前に広がるホームに上がり、改札を二人で抜けた俺たちは、きめ細やかな砂に足を取られた。
海辺を友香と歩く。俺たちの足跡が、砂浜に残っていく。映画の一コマを切り取ったような場面を、目に焼き付けようとした。ここが夢の世界であったとしても。
「真司君は、海に何回くらい来たことあるの?」
「ちゃんと数えたことないから分からないけど、海に近いところに住んでいるから普通の人よりは、多いと思うよ」
「そうなんだ。羨ましいなぁ」
そう語る少女の顔は、どこか遠くを見ていた。
「私をここまで連れてきてくれてありがとうね」
友香は、いつも通りの笑顔に戻っていた。
大海原に、星々の雨が降っている。息を呑むような絶景は、俺と友香のものだった。
「私、初めて見たこんな星空」
「綺麗だね」
「うん。とってもきれい」
思わず、ため息が出そうなくらいに美しい夜空を讃える。
聞こえるのは、規則的に打ち寄せる波の音だけ。俺と友香の二人だけの時間が、ゆっくりと流れていく。
「私眠たくなってきた」
「俺もだよ」
「え?真司君って一人称俺?」
「あーそうだよ。知らなかった?」
自分でも、こんなに友香に心を許していることに気がついた。
「ねぇ、真司君の事もっと教えてよ」
「いいよ。その代わり、友香のこともいっぱい教えてね」
「うん!約束ね」
星たちの讃美歌が聞こえてきそうだ。一生を通しても、こんな絶景を見れることなんてあと何回とないだろう。その限られた数回の隣には、友香にいてほしい。
そんな淡い祈りを、どうか星々よ、届いて欲しい。




