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お兄ちゃんは最近、部屋で面接の練習をしている。
こもってブツブツ喋ってる声が、壁越しにうっすら聞こえる。
最初はゲームの通話かと思ったけど、耳を澄ませてみたら、どうやら自分の話す練習みたいだ。
「初めまして」「よろしくお願いします」みたいな、丁寧な声。
たまに詰まって、「……っ、あ、すみません」と小さく言ってるのが聞こえて、思わず笑ってしまった。
お兄ちゃん、ほんとに頑張ってるんだな。
VTuberのオーディションだから、相手はコミュニケーション慣れした人たちばかりだろう。
でも、お兄ちゃんは吃音がちょっとあって、人前で喋るのが苦手だ。
そんな彼が、それでも毎日練習してる。
少しでも伝わるように、少しでもちゃんと喋れるように。
自分の殻を、少しずつ破ってる。
正直、すごいと思う。
きっと、私よりずっと勇気がある。
そんなある日の夕方。
スマホをいじってたら、またドアがノックされた。
「どーぞ〜」と返すと、お兄ちゃんが入ってきた。
前より少しだけ顔が明るい。目の下のクマも、前より薄い気がする。
「どしたの?」
「……その、報告があって。」
「報告?」
お兄ちゃんは息を吸って、少し照れくさそうに笑った。
「オーディション、受かったよ。アナストのVTuberになれる。」
一瞬、頭が真っ白になって、次の瞬間――心臓がドクンと跳ねた。
「え、うそ、ほんと?!」
「うん、ほんと。」
「すごいっっ!おめでとう!!」
気づいたら立ち上がっていた。
胸の奥から熱が込み上げてきて、気持ちが抑えきれなかった。
お兄ちゃんの目が少し潤んでるのを見て、私まで泣きそうになった。
「え、ヤバい。興奮してきた。抱きしめていい? ゴメン、待てない。抱きしめるね。」
言うが早いか、勢いよくお兄ちゃんに飛びついた。
ギューッと力いっぱい抱きしめる。
お兄ちゃんの体温が、じんわりと腕に伝わってくる。
ずっとこの瞬間を待ってた気がした。
「おめでとう。お兄ちゃん!」
声が震えて、涙が少しこぼれた。
お兄ちゃんは最初、びっくりした顔をしてたけど、すぐに優しく笑って、そっと背中に手を回してくれた。
「ありがと。」
その一言に、全部が詰まってた。
引きこもってた日々も、壁の向こうから聞こえた練習の声も、ホームセンターの袋を抱えて帰ってきたあの日も――全部、この瞬間に繋がってたんだ。
「お兄ちゃん、ほんとにすごいよ。世界が変わるかもしれないね。」
「うん……そうだといいな。」
少し照れくさそうに笑うその横顔を見ながら、私は思った。
きっと、お兄ちゃんはもう“引きこもり”じゃない。
ちゃんと、自分の居場所を見つけたんだ。
その夜、私は布団に入ってからもずっとニヤニヤが止まらなかった。
アナストの新しいメンバーが発表される日が、今までで一番楽しみになっていた。
だって、そこには――私の一番の“推し”がいるんだもん。




