成井さんとの謎出張辞令
翌週月曜。
社内の空気はさらに温かった。
「主任、結局どうだったんすか」
「どうにもなってない。映画見て帰った」
「ええ!? でも告ったんですよね?」
「告ってないし。そういう関係でもないし」
でもその説明はなんとなく通らない気がしてきた。さっきから成井さんの右顔とチラチラ目があう。先週までと違って明らかに意識されている感じがする。プラスの方向で。うん、ええと。悪い気分じゃない、特に右顔だけだと。女性に好意的な視線向けられるのってなんだか久しぶりだし。
よく考えると成井さんは結構いい人で。仕事も真面目だし人当りはいいし。すごい美人っていうわけじゃないけど温かみのある顔だと思う、右側は。
でも俺にはサブリミナル効果のようにすっかりくっきり映画館の成井さんの左側が脳裏に刻み付けられていて。なんだか成井さんって2人いるんじゃないかっていう気すらしてきている。このモニタの脇から覗く成井さんと、モニタに隠れた得体の知れない成井さん。でも2人は同じ人で、人格が2つあるわけでも全然なくて。ものすごく気持ちが落ち着かない。ぞわぞわする。風邪の引き始めみたいな。
「皆わかってるから照れなくても大丈夫っすよ」
「照れてるわけじゃないし。てかなんだその皆わかってるって」
「だって主任、飲み会の時ずっと成井さんガン見してたじゃないっすか。みんな知ってるから。あれで違うとか無理すぎっしょ」
飲み会? ううん、記憶が定かじゃない。何か暗黒面に落ちた気がする。なんだか名伏しがたい何ものかに暗い海に引きずり込まれている感じがする。でも多分この流れは下手に逆らったら泥沼で、暴れたら底無し沼のようにもっと沈みそうな気がするから波を乗り切るまで大人しくしておくしかないような、そんな強度の予感。
どうしよう。とりあえず仕事しよう仕事。春休みの学生に向けたキャンペーンツアー。人気の観光地のリサーチ。
「おい村沢、ちょっと来い」
部長に呼ばれた。
「何でしょう」
「房総に新しいテーマパークできるの知ってるだろ」
「ええ、春休みにオープンですよね」
丁度今、調べてたところ。
房総には千葉にあるのに東京と名のついた超巨大なテーマパークがあるけど、それ以外にもテーマパーク自体は結構多いんだ。牧場だったりなんとか村だったり動物園だったり。それで今度新しく大人向けのテーマパークができる。メインは大人ファンタジーで、リアルなお城とかがあってそこでお姫様の格好とかなりたい仮装するとキャストがそのように扱ってくれるらしい。俺が最初に浮かんだのは「エロのないイメクラ」なんだけど。
「それでさ、ちょっと伝手があってプレオープンのチケットが2枚あるんだ。いってきてくれない?」
「え。それは是非。業務ってことでいいんですよね?」
「じゃあ成井さんと2人で」
「ちょ、ちょっと待ってください、さすがにそれは」
「ホテルは部屋別々にとるからさ」
「いやそれは当たり前っていうか、堀渕と行きます」
「男2人で行くより男女でいったほうが雰囲気わかるだろ、女性向けなんだから」
「それなら成井さんと鮎川さんでいくべきでしょう?」
「鮎川はこういう普通のところいかないだろ。新規オープンのテーマパークの周辺のB級グルメスポットとか心霊情報とかいらないから」
うちのチームの最後の1人、鮎川佑佳子。自由人。いまもいない。いつもどこか取材に行ってどこからともなく美味い飯屋とか謎の情報を仕入れてくる。
鮎川さんの作るB級食い倒れツアーとか心霊スポット巡りツアーとかは局所的な人気が高くて、申し込みはそれほど多くなくても経費がかからないぶん利益率が高い。だから部内の人はみんな鮎川さんを自由にさせている。
「それに成井と鮎川が行ってもつまらないじゃないか、俺が」
「俺がってなんですか、俺がって」
「成井といい仲なんだろ?」
「ち・が・い・ま・す。それに成井さん、男と二人で泊りがけとか無理でしょう」
「業務命令なんでそういうことで」
「いや本当に待ってください」
「おーい堀渕ー。あとよろしくー」
「いや部長、ちょ、ま」
ニヤニヤする堀渕に無理やり席に連れ戻されると成井さんが俺に頭を下げた。
「あの、出張よろしくお願いします」
え、ちょっとまって。なんで成井さん俺より早く知ってるの。堀渕がニヤニヤしている。お前のせいか。おのれ諮ったな。ニヤニヤ。ニヤニヤニヤ。いや違う。堀渕だけじゃない。全員か。この部の全員が敵か。みんな暗黒面に落ちたのか。この会社は社内恋愛に理解がありすぎる。
でも俺にとっては確定したのは1泊2日のホラーツアー。それは奇麗に直立して頭を下げた成井さんの左眉のない目の光が如実に表していた。




