成井さん(謎)と俺の船出
「えっ、ひょっとして成井さん社内で浮いてる?」
「あー、他のとこなら厳しいかもだけど、うちはもっととんでもないのがいるから」
「あぁ、鮎川さんか……」
鮎川さんに比べればたいていの変な人は普通の人だと思う。
「主任、何悩んでんの」
「何ってその」
「主任の成井さんへの愛はその程度だったの」
「いやお前こそ何言ってるんだよ」
と思って見上げた堀渕の目は案外真剣だった。戸惑う。
「俺、成井さんが好きかどうかよくわかんないんだよ」
「嫌いなの?」
「嫌いってことはないけどさ」
「じゃあなんであんなに成井さんガン見してたの」
「それは気になったからで」
「じゃあ好きなんじゃないの」
まあ、普通はそう捉えるよな。そもそも俺は見えない左眉が気になってた。すごくもやもやしてた。
……でも冷静によく考えると、普通そんなに気にならないような気もする。最初はびっくりしても1週間も経てば気にならなくなるような。
でも俺は気になり続けた。なんでだろう。それは異界の扉が開きかけてたから。そこから出てくるものがジェィソンなのかスパイダー麺なのかはよくわからないけど、ひょっとしたらその未知さ加減には惹かれていたのかもしれない。
そして今は完全に未知になった。未知との遭遇、まさに宇宙への旅。
俺は地上でモノリスを見つけて、2001年はとうの昔に過ぎ去ったけど、今は月の上で巨大なモノリスに向き合ってる。ここから一歩を踏み出せば、俺は木星に到達できるだろう。成井さんの異界は俺にそんな予言を告げていた。壮大なるオデッセイ。
なんだろう、ごめん、俺も自分が何言ってんのかよくわかんないや。
でもここ何日かの俺は何だか胸が高鳴っていた。成井さんを見て冒険を前にワクワクしているような。これが、恋? 恋ってなんだ。ゲシュタルト崩壊する。
「俺は成井さんが好きなのかな」
「主任、鈍感すぎ」
「えぇ~そんなこといって」
無茶だろ、普通そこで恋愛って考えないだろ。俺が変なのかな。やっぱり。あれ? うーん。成井さんと一緒なら、一生退屈はしない気がする。
やっぱりこれは、ときめき?
そうなのかな。よくわからないけど、今の成井さんは怖くはない。それどころかすごいドキドキする。なんか、女の人にこんなにドキドキしたのって初めてかも。
やっぱ好きなのかな、この気持。なんだかそんな気がしてきた。
「堀渕、俺、告ってくる」
「やめて、せめて終業後に雰囲気あるところにしてあげて」
◇◇◇
鐘が鳴り響いている。
その日は少し曇りで、門出にはちょっと冷たい風が吹いていたけど、広大な海原に漕ぎ出すにはちょうどいい日だ、と思った。
俺の隣には半透明な成井さんがいた。絵描きには透明度を70%に設定したくらい、といえばわかってもらえるだろうか。ちょっとだけ、向こうが透けて見える。そして真っ白なドレスを纏っていた。
残念ながら透過しているので微妙に表情は判らない。でも唇の位置はわかる。ヴェールをあげてもヴェールがかかったような成井さんの唇に、そっと唇を添えた。その瞬間、祝砲のように大きな拍手が巻き起こった。
何故か堀渕が泣いている。
俺は成井さんと結婚した。
俺は成井さんに告白したあとしばらく交際してみたけど、結局一般的な意味で成井さんが『好き』なのかはよくわからない。でも俺がこんなにドキドキしたのは成井さんだけだったし、ドキドキは継続した。
成井さんと同じような人が今後現れるとは思えない。それだけは間違いない。そうすると、ずっと成井さんといたいと思った。
冒険には危険がつきもの。襲われるかどうかビクビクするホラーの主人公と違って、冒険ものの主人公は危険があると知った上でそこに飛び出していくんだ。つまり、成井さんの危険の全ては織り込み済みだ。もやもやなんてちっともしない。俺の覚悟は固まった。
それに俺と成井さんの相性は良好。2人の関係を邪魔する中途半端なもやもやは取り払われ、完全なる未知になった。大海原が広がった。
成井さんは俺のスターゲートだ。一緒に冒険の旅に出よう。
2人ならきっとどこへでも行けるはず。
俺は成井さんの手を取る。
えと、成井さんじゃなくて、さやかさん。
さやかさんは俺を見て、よくわからない表情でニコリとほほえんだ、気がする。
Fin
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現在ホラーで『叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼』という作品を連載しています。
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