09 そして聖属性の持ち主は 1
ここから四話ほどロレーヌから離れます
ロレーヌの活躍は、何故かレクリプス国内にも響き渡っている。
さすが聖女様、さすがロレーヌ様、さすがお姉さま。そういった声はどんどん大きくなり、もはや本物の聖女もかくやという勢いであった。
勿論、全てアルバートの仕業であり、シフォンの仕業でもある。
ロレーヌの活躍はいち早くシフォンの元へ届けられ、医者に、城に、そして民へと伝わっていく。
たまにロレーヌが手紙を書けば、シフォンはロレーヌが幸せであることを知る。良かったという思いとは裏腹に、「私がお姉さまを幸せにしてさしあげたかった」と業腹な思いも湧き出てくる。
自他ともに認めるお姉さまガチ勢。それがシフォンである。この場合の『他』とは当然アルバートであり、家族でもある。
もはや王家もロレーヌを手放すとは思えない。仮に手放そうとしてもアルバートが手放すとは思えない。
「さて、差し当たっては……」
シフォンは体に魔力を集めながら、自分のするべきことをしていた。
聖女について。聖属性について纏め、それを逐一城へと報告する。
件の男爵令嬢は聖属性の持ち主であると第三王子は言う。そして鑑定書によって「確かに聖属性である」ことも証明された。
だが、彼女は人を癒すことはしない。そんな聖女らしくない彼女に聖女の称号など必要なのか。
「その称号は、お姉さまのものよ」
故に、偽物は排除するべし。ロレーヌが聞いたら「偽物は私」と言いそうだ。
シフォンは身体になけなしの魔力を集める。
シフォンの魔力は非常に少量だ。ロレーヌも決して多い方ではないが、シフォンはロレーヌよりも更に劣る。
相変わらず他の人が容易に使える術ですら使えない。
「……本当に、役立たず」
それでも、出来ることがあるのだ。ようやく出来るようになったというべきか。
聖属性の持ち主が即座に聖女として扱われるなど、あってはならない。聖女とは属性ではない。その人となりが聖女を示す。
聖女は聖女に相応しい働きをした者の称号。聖女と聖属性に憧れているロレーヌは認めないだろうが、シフォンはそうであるべきと考えている。
なけなしの魔力を集めながら論文を書く。
やがてシフォンの纏めた内容が役人の目に留まり、レクリプス王へと知らされる。
王はシフォンを城へと招き、説明させた。
王の他には第一王子と第三王子、そしてその婚約者であるレイナが居る。壁際には護衛と各々の側近が数名、それから学者が控えている。
ようやく時が来たのだと、シフォンは笑う。
「聖属性というのは、本当に不便ですね」
そんな出だしから始まった。
聖女の使う魔法は、どんな怪我でも病気でも癒し、治す。まさしく超常のもの。明らかに他の魔術とは異なるものだ。それを不便とはどういうことか。
どんな怪我でも治す聖女の力。それは怪我の大小関係なく、常に一律に特別な光を生んだという。
どんな時でも神々しく光り、患者を照らす。だが、どう考えてもおかしいではないか。
魔力は過剰に使うべきものではない。細い枯れ枝に火をつけるのに大木を燃やし尽くす火力は必要ない。獰猛な獣を倒す大魔術を、草を食む小虫に使う必要はない。
聖女がそれに気付かないほど愚かだとは思えない。
「聖属性を持つ者が扱える魔法はたった一つ」
演出にしては手が込みすぎている。一度や二度ならまだしも、確認できるすべての文献で同様の光が放たれている。
「それを発動させるには、膨大な魔力が必要なのです。聖女はまさしく莫大な魔力を持つ埒外な存在でした。それだけ大それたことが出来るのは確かに特別で、ですが逆に言えば、それだけしか出来ないのです」
「何故、そうと言えるのだ?」
王が問う。
シフォンは一枚の紙を取り出すことでそれに答えた。
「私のような者では、果たして十年に一度使えるかどうか」
それはシフォン・レ・エヌマリシュの鑑定書。
そこには聖属性であることが示されていた。
「これは……」
「御覧の通り、私は聖属性の持ち主です。ですが、聖女かと問われれば全力で否定いたしますわ」
何故ならシフォンは生まれてこの方一つの聖魔法はおろか、一つの魔術すら使えた試しがないのだから。
「だが、それでも」
「お姉さまを含め、皆さま聖属性に夢を見すぎなのです。誰も癒すことのできない聖属性に、一体何が出来ましょう」
聖属性の力は人の身には過ぎた力。
シフォンが歩んできた人生で、ただの一度も発動したことのない力。その過分な力を扱う代償か、他の術は一切発動せず、魔力を無駄に放出することも無い。
人生を掛けた一点突破の特化型。それが聖属性。
そんな力を乱発出来た聖女が異常なのだ。並の人間であれば三度も使えば死を待つばかりの老人となろう。
使いどころが難しすぎて滅多に使えない。……いや、問題はそれだけではない。
今でこそ属性を鑑定できるようになったが、それは近年の話。百年も遡れば属性を知る事すら出来なかったはずだ。
だからきっと、聖属性だった人は他にもいたのだろう。
その人は無能の烙印を押されているに違いない。他のどんな初歩的な術も使えないのだから。
そんな無能の烙印を押された相手の最初の術を、一体誰が信用出来るだろう。誰が率先して身体を預けるというのか。
術者ですらどんなことが起こるのか分からないのだから、虚空に向かって放つか暴発するかの二択。そして使ってしまえば再び使えなくなる術。再使用にはそれまでの人生以上の年月が必要になるに違いない。
妊娠・出産の際に両親から受け継いだ魔力も尽きてしまうのだから。
なんて不便で報われない属性だろう。この魔術全盛期の時代において、まるで呪いのようではないか。
「あくまで仮説に過ぎませんが、そう考えれば納得できることも多いのです」
シフォン自身、どんな簡単な術も使えないこと。
力は使えないのに、どんどんと貯めこむことのできる魔力。
幾ら貴族としては少ない魔力とはいえ、貴族の魔力量は平民のそれとは比較にならないほど多い。しかし発動できる気配すらない聖属性。
「あら、そういえば」
シフォンの唇が弧を描く。
「聖属性なのに、イェレミアス第三王子を何度も癒したと言われる方が近くにいましたね?」