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06 ご挨拶

 早々に場所を移し、客間。そこにはロレーヌの父、母、妹……つまり家族全員が揃ってアルバートと対していた。

「急な話だとは承知していますが」

 切り出したのはアルバート。要件については家族を客間に連れてくる間にロレーヌがざっくり説明したので全員理解している。

「何故伯爵相手に敬語を使っているのでしょうか……」

「そんなこと、決まっているじゃないか」

「決まっているのでしょうか」

 そんな決まりなど無い。けれどアルバートにとっては必要なものなのだ。

「えぇ。それでは伯爵。細かいことは抜きにしまして……」

 ピリリと空気が引き締まる。

 何を言い出すのか、要件を承知しているにも関わらずハラハラしているロレーヌ。

 おもむろに椅子から立ち上がるアルバート。

 次の瞬間――

「娘さんを僕にください! お義父様!」

 膝をつき、頭が地面に触れんばかりに下げた。

「何を血迷っているんですかそこの王族!!」

 これにはロレーヌもたまらんと急ぎ駆け寄り、暴挙に出たアルバートを無理矢理立たせる。

 件の王子は「さぁどうだ」とばかりにロレーヌの父へと視線を向けている。

「……殿下は外交に重きを置いていらっしゃいます。では、とある異国ではこういう時、このような言葉で迎えるのが礼儀なのだとか」

「それは」

「君のような男に娘はやらん!」

「こんの馬鹿父様が!」

 これにはロレーヌもたまらんと急ぎ駆け寄り、頭を全力で叩いた。もう不敬のオンパレードだ。

「そんなっっっっっ!!!」

「真面目に受け取らないでください!」

 あっちもこっちも無茶苦茶である。

 シフォンはシフォンで「ざまぁ」と言わんばかりの顔で崩れ落ちるアルバートを見ているのだから始末に負えない。

「っと、冗談は置いておいて、だ」

「はい」

 いきなり真顔に戻る二人。これではロレーヌが馬鹿みたいではないか。

 ……いや、シフォンが「そんなまさか、冗談だったの!? 裏切ったのお父様!」とばかりの顔をしているので、お馬鹿なのはロレーヌだけではないようだが。

「安心しなさい。ロレーヌ。この場は正式なものではない。そんな中アルバート殿下がわざわざ道化のように動いてくださっておるのだ」

「だからこの場で不敬を働いても問題ないと? ちょっと耄碌しすぎなのでは?」

 ロレーヌは自らの親ながら心配になってきた。残念ながら痴呆症に対する治療法は確立していないので、今この場で耄碌伯爵を治すことは不可能だ。

「それだけではない。殿下は君の意思を確認したいのではないか」

「何事も無く話を進めようとしないで?」

「そうだ。君の意思だ」

「会話でキャッチボールしましょう。お父様。一方的に投げつけないで」

 なにが「そうだ」だ。会話が成立していないじゃないか。

「今キャッチボールしようとすればロレーヌは自分の意思をいつまで経っても言わないだろう?」

「……仕方ありませんわね。私が折れてあげましょう。それで、私がどうしたいか、とは? 望んでいるのが殿下で、当主はお父様。それだけで十分ではありませんか」

 父とアルバートは首を振った。

「私には、分かりません」

 今まで、そのような恋愛事に興味が無かった。決められた相手と結婚するだけだと思っていたし、十歳の時にはそれが第三王子だと決められていた。

 婚約者候補とはいえ、相手は王族。仮にロレーヌが一番に婚約者に選ばれなくても、その後に第二夫人となるのだと考えていた。

 まさかこんな風に求婚されるなど、思考の端にも存在しない。

「私は……」

 自分の気持ちを言えと言われた。

 自分で決めたことなど、たった一つしかない。

「人を救いたい」

 ちやほやされたい。人を助けて、愛されて、大事にされて。

 聖女にはなれないかもしれないけど、聖女の真似事をして。

 それだけしか考えずに、それだけを目標に頑張ってきた。

「私には、それしかありません。人の……まして男女の機微など分かりませんわ」

「でしたら、お姉さま」

 そこにシフォンが話に参加する。

「自分の気持ちが分からなくても、後程分かるかもしれません。お試しでよいではありませんか」

 仮にも王子を捕まえて「お試し」ときた。

「そんな、適当な事を」

 だがたしかに、それが貴族の婚約というものだ。誰も彼も、婚約当初から恋心を持っているとは限らない。

 ロレーヌも今までそれでやってきた。イェレミアスに愛が無くてロレーヌも愛は無かったが、それでもその内共になるのだと、そう考えてやってきた。

 相手が第三王子から第二王子に変わるだけ。それなのに、なぜこうも揺らぐのか。

 シフォンは「それに……」追加で言葉を放つ。

「口惜しい事ですが、どうやらあの間男は本気でお姉さまの事が好きなようです」

「ちょっと待って!? 間男ってまさか殿下の事!?」

 今すぐ妹の口を閉じなくては。シフォンに駆け寄って口を閉じさせようとするが、抵抗されて口をふさぐことが出来ない。

「間男ではありませんか。弟の婚約者候補に横恋慕しているのですから」

「それは……でも……その言い方はあまりにも不敬が過ぎるというか」

 シフォンが抵抗出来る程度に、ロレーヌの止めようとした動きは緩い。父親に対するものとは大違い。

「それなら問題ない。弟はしっかりと破棄すると宣言したのだから」

「でも、王に確認は取っていないのでしょう? アルバート・間男・王子」

「不敬!」

 ロレーヌは叫んだ。

「アレは前言を撤回しないよ。王族の言葉だからってわけじゃない。自尊心だけがブクブクブクブク膨らんだ無能だから、自分が間違えたなんて認めたくないんだ」

「うそっ、私のことの話し合いなのに私の言葉を誰も受け取らない!」

 もはや泣きたい。とても貴族令嬢が見せるものではない醜態をロレーヌは先ほどから晒している。

「まぁ、今はそこの王子が間男かどうかは些細な問題なんで、置いておきましょう」

「不敬問題を気軽に置いておけるはずないでしょう!」

「そうしてくれると助かる」

「許しがでちゃいましたよ! なんなのもう!」

 憤慨しているロレーヌを見て、アルバートとシフォンがクスクスと笑う。

「……なんですか。二人して」

「いや、ただ、そうしてプリプリしてる姿も、好きだなぁって」

「んなっ!」

 不意打ちにロレーヌの顔が真っ赤に染まる。

 それが羞恥によるものか、それとも好意によるものか。きっと前者だとロレーヌは慌てて首を振った。

「……こういうことです。お姉さま。一つ質問なのですが、今まで愛を囁かれたことはありますか?」

「……ないわよ」

 ドクドクと脈打つ鼓動を無視して、なるべく冷静に振舞いながら答える。

 そんなロレーヌを微笑ましく見守りながら、シフォンは厳しく、そして優しく言葉を放つ。

「釣った魚に餌を与えない。そんな愚か者の元でお姉さまが幸せになれるとは思えませんの。私、お姉さまには飛び切りの幸せを掴んでいただきたいのですわ」

 ロレーヌは口の中で小さく「幸せ……」と呟く。

 幸せとはなんだろう。ロレーヌには分からない。ちやほやされるのが幸せだと思って全力で動いてきた。しかし、これはそういう幸せとは違うのだと考えなくても分かる。

「コレは敵ですが、お姉さまを蔑ろにするアレは害虫です」

「アレとかコレとか害虫とか、何度不敬だと言えば」

 いつになく辛辣なシフォンに、急に冷静になる。この妹様はどれだけ不敬を積み重ねれば気が済むのだろう。

「害虫か。いい表現だね」

「弟の害虫呼びを良い表現と抜かしますか」

 しかもその表現を兄が当人の事として認めやがりました。どういうことだ。良識はどこにいった。旅に出た自重さんを一刻も早く連れ戻したい。

「ここに気にする人が居ないのだからいいではないですか」

 あっけらかんとシフォンが言う。

「私が気にするのよ。シフォンってそんなに我が強かったかしら?」

「あら、お姉さまが言ったのですよ。もっと我儘になれと」

「それとこれとは話が違うでしょう」

「お姉さまとドッヂボールをするのはとても楽しいですが、話が進まなくて困りますね」

「誰のせいだと……えっ? ドッヂボール? そんな全力で応酬していたの?」

 キャッチボールですら無かったとは、ロレーヌにも驚きである。

「間男のせいですね。アレが居なければこんな話などしなくても良いのです」

「まさかの殿下に責任転嫁」

 もういちいち不敬とつっこむのも面倒になってきた。いや、断じてツッコミではないのだが。

 そんな応酬もやはりシフォンは気にすることなく……。一体何が妹にそこまでさせるのだろうと、頑なな妹の姿を見て疑問に思う。……のだが、それは最初から答えが示されていた。

 シフォンはロレーヌが奪われそうで拗ねているのだ。

「それは兎も角、好き同士でもない婚約など貴族にとっては当たり前。大事なのはそこからお互いを大事に出来るかどうかではないですか。それを第三王子は怠り、第二王子は正面からぶつけてきた。どちらが良い男かなど、一目瞭然では? それに、少なくともこちらは悪い噂など聞きませんもの」

「噂……か」

 噂では、第二王子は心に決めた人が居るから他の誰とも婚約などしないという。それは他国の者ではなく、ロレーヌだったのだが、何故そうなったのか甚だ疑問である。

「殿下は、私の何を好きになったのでしょう」

 ロレーヌの問いにアルバートは「ふむ」と顎を撫でる。

 アルバートは指を折る。一本、二本、三本、四本、五本、指を戻して六本、七本、八本、九本……

「さて、どれから言えばいいものか」

 暫く悩んだ後、「やはりこれから」とロレーヌを真正面から見据えた。

「一つは人間性。慈愛溢れる君だからこそ」

「それは」

 それは違う。慈愛など溢れていない。ロレーヌのやっていることは徹頭徹尾……

「それは自分が愛されるためにやっていることであって、不純な目的だから……かい?」

 考えていたことを見透かされて、ロレーヌは目を見開く。

「何故知っているかなんて、この際どうでもいいことだよ。不純な目的、大いに結構。でもそれでここまで多くの人を救える程、君は知識を身につけ、献身的に動いてきた。それは慈愛の心が無いと不可能なことだ」

「……そんなこと」

「あるんだよ。二つ。君の表情が好き」

「はっ!?」

 間髪入れずに次の『好き』

「今日のパーティでは貴族らしく笑みを携えていたけれど、患者を相手にした時の表情が好き。今ここでの君は表情がコロコロ変わっていて、それがとても可愛くて美しくて面白くて愛おしい」

「なにを!?」

「こういった言葉に免疫が無くてすぐに赤くなるところなんかも可愛いよね。そういう意味では、イェレンが愛を囁かなったことに感謝しないといけないかな」

「~~ッ!!」

 顔が熱い。自分でも分かるくらい赤くなっているはずだ。とても見せられたものではないと下を向いた。

「笑顔が好き、声が好き、佇まいが好き。今この瞬間にもどんどん新しい好きが増えていく」

 何故ここまで熱を持っているのだろうか。

 仮にイェレミアスが同じように言ってくれたところで、このような反応はしないはずだとロレーヌは考える。

「……他人の頑張りを認められる、慰めてくれる君が好き」

 その言葉を聞いて、顔を上げる。その言葉は、そしてそれからの言葉は、今までとはまるで違っていた。

「トントンと、優しく叩かれる手が心地良いのを知っている。大丈夫だと囁く声の優しさを知っている。微細な治癒魔術の木漏れ日のような温かさ。それを通じて流れてくる君の思考が愛おしかった。君の心に触れた時、あれだけ何も見えなかった景色に色が戻って、そこにはとても優しく微笑んだ聖女様が居たんだ」

 三年前に治療した人。その治療内容。ここまで来てようやく、ロレーヌは彼の正体を悟った。

「まさか、あの時の」

 とても同一人物には見えなかった。見るからに弱ったあの青年。肌、髪、唇からは十分な栄養など見えなくて。あれほど暗く濁った瞳がこれほど綺麗なのだと知りもしなかった。

 アルバートは頷き、ふわりと微笑んだ。

 その笑顔を見て、ロレーヌの頬は再び熱を持つ。彼が美形だからではない。アルバートが如何にロレーヌの事を大事に想っているかが伝わったから。これは、そんな笑み。

 ――治癒魔術を通じて流れてくるロレーヌの思考。アルバートはそう言った。

 アルバート第二王子の素質は特殊なものだった。それ自体は大きな力など持たない、些細な力。

「ひたすら労わって、優しくて、暖かくて、そんな心の奥の方に小さく「愛されたい」って願望があって」

 その力が口外されなかったのは、それが凡庸なものだったらなんでもない力の中で、極一部に特化していたから。

「だったら、私が……僕が君を愛そうって。そう決めたんだ」

 自らが使おうとしなくても勝手に使われるほど、尖った才能だった。

「でも君はその時既に弟の婚約者候補で……だから今回、どうしても我を通す必要があったんだ」

 嫌な事も問答無用で知ってしまう力。だからこそあれほど摩耗し、黒い霧に蝕まれる程追い詰められてしまった。

「当時は勝手に心を読んでしまって……ごめん。けれど」

 心の属性。読心の魔術。

「君が好きだって気持ちに偽りはないから」

 嫌になるほど聞いてきた、人間の汚い心。そんな時に聞いたロレーヌの心は一体どれほどアルバートを救ってくれた事か。

「助けてくれて、ありがとう。救ってくれて、ありがとう」

 ――クリフに見てほしいと言われた男性。

 クリフからその後の様子は何も聞いていなかったし、便りも無かった。あれほど酷い呪いは、あれから一度も見ることが無かった。

 当然だ。ほとんどの人はそこまで自分を追い詰めない。

 シフォンは近くに居たからその後の様子は把握出来た。しかし、その人の事は何も分からないままだった。

 勿論、あの時の治療で治った事は分かっていたのだが……

「元気でいてくれて、ありがとう……」

 とても、心配だったのだ。

 絨毯が水を吸う。

 記憶にあるやつれた人と、目の前の滲んだ男性が重なっていく。

「泣かないで。僕の愛しい人」

 ハンカチで、優しく目尻を拭われる。優しく、優しく、触れられる。

「……僕がどれだけ君を愛しているか、分かってくれたかな」

 コクリ。ロレーヌの首が縦に動く。それと同時に、疑問が湧く。

「何故、今まで……なんで、一度も……」

 会う程度、何度だって出来たはずだ。三年もの期間があったのだから、その間に一度や二度会うことくらいは出来ただろう。例え二年ぶりに王城に帰ってきたと言っても、本当の意味でずっと外国で過ごしていたわけではないはず。治療を終えて動ける程度に快復したときに便りがあってもおかしくない。

 アルバートは苦笑いを浮かべながら答えた。




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