05 私の聖女様
ロレーヌは突如として現れた乱入者に腕を引かれ、廊下を進んでいた。
「ちょ、ちょっ、ちょっと!?」
腕を引くのはロレーヌよりも三歳は年上に見える青年。煌びやかな金髪。高身長。贅肉の付いていない長い腕。
引っ張られているので相手の後ろ姿しか見えていないが、それでも相当な美形であることが察せられる。
「ッ」
ロレーヌの抗議の声が聞こえたからか、相手が急に動きを止めた。
「……これは、失礼。ですが、もう一秒とてあの痴れ者の近くに貴方が居ることが耐えられなかったのです」
「貴方は……?」
青年が振り返る。
美しいのは髪だけではなかった。肌は確かに白いのだが白過ぎず、健康的できめ細やか。どちらかと言えば痩せ気味な印象を受けるが、頬骨が浮き上がるほど痩せているわけではない。切れ長な目に存在を主張する青い瞳はキラキラと輝かんばかり。その宝石のような瞳には戸惑うロレーヌの姿を映している。
スッと高い鼻梁に柔らかく弧を描く唇。青年が一つ息を飲み込むと太く隆起した喉仏がゴクリと動き、中性的な美しい顔立ちからは想像もできない程男性的な魅力が溢れ出る。
(誰だろう)
これほど美しい男性であれば出会ったことを忘れるはずがない。だからきっと初対面。
「やっと、貴方の前に立つことが出来ました」
なのに、男性は感無量と言った具合で恍惚とした息を吐いた。その様がまた狂おしいほどに色っぽく、ロレーヌの顔に熱が集中する。
美丈夫は声までも美しいのだ。改めて青年の声を聴いて、ロレーヌの耳は多幸感に包まれる。
「聖女様」
「……」
……ええい。
お前もか!
集まった熱が霧散した。
「いえ、私は聖女ではありませんよ」
どうやら周囲と同じく聖女信仰の方らしい。そう思っていつものようにニコリと笑って否定したのだが、続く言葉はいつもとは違っていた。
「存じております」
なんと、肯定されたのだ。
「ですが、私の中では貴方は間違いなく聖女様なのです」
「ちょっと何言っているのか分からないです」
思わず素で尋ねた。あの場であれほど唐突に現れてロレーヌを連れさったのだから、相当な身分の方だと思うのだが、そんなこと今のロレーヌには知った事ではない。
「あぁ、ロレーヌ様。お会い出来る日を今か今かと待ち望んでおりました」
ついには青年がロレーヌの前に膝をつき、左手を手に取った。
想像を絶するほどの美丈夫に物語のようなポーズを取られ、霧散したはずの熱が再びロレーヌの頬に集った。
「私の女神。私の聖女様」
どうも他の人の使う「聖女様」とは違うらしい。
「三年前のあの日、私は貴方に救われました。あの時から私の心は貴方のもの。いきなりこのような事を言われ、困惑されると思います。しかし、どうか私が貴方に求婚することをお許しください」
「……ふぇ?」
今、なんと言った?
求婚と言ったのか。この美しい男の人は。
「貴方を、愛しております」
ロレーヌは更に顔が熱を持ったが、一方で冷静な自分が囁いた。
「そもそも! あなたは誰!?」
思っていたことが言葉となっていた。冷静になり切れていないようである。
ついでだ。あれこれと言葉を出してしまおう。
「それに、私はイェレミアス王子殿下の婚約者候補なのですから、その私に求婚しても」
「それなら問題ありません。先程あの馬鹿が自分から破棄したのですから。まさか王族が自分の言葉を撤回したりはしますまい」
「なんで上から!?」
「それで、私が誰とのことでしたが……。駄目ですね。気持ちが逸ってしまい、色々と手順をすっ飛ばしてしまいました」
男性は膝をついたまま、顔をロレーヌへと向けた。
「私はアルバート。アルバート・ド・レクリプス・ヴェルティ。レクリプス王家の第二王子です」
「……」
ピシリとロレーヌの時が止まり、数瞬の後、怒りと共に動き出した。
「王族が! 伯爵家の娘に膝をつかないでくださいまし!」
ロレーヌはアルバートの人となりを全く知らない。だが、噂では聞いたことがある。
第一王子は内政を、第二王子は外交に力を入れている王子であり、互いに補い合うような良好な関係である。
常に外交。常に外遊。そんな王子だから王都に帰ってくることは多くない。今回も実に二年ぶりに王城へ帰ってきたという。
第一王子は婚約済みだが未だ結婚はしていない。王族であるが故に第二夫人候補も一人居る。
第三王子は三人もの婚約者候補を抱える問題児。
その間に居る第二王子は頑なに婚約者を作らないと噂であった。それが何故かと問われれば、「私の運命の人はあの方以外にあり得ない。あの方が私の手を取らなかったとしても、私は他の誰の手も取るつもりはない」と王族らしからぬ言葉を言い放ったらしい。
ではそれが誰なのかと聞いても、それには絶対に答えない。
よもや他国の者なのではと噂になるのも仕方ないというもの。外交を取り仕切る王族が他国から嫁を取るのも悪い話ではないので、茶会では自然と「第二王子のお相手はどこの国の者なのか」と話題にあがっていた。
「それが私? なにかの冗談でしょう?」
そう言いながらロレーヌが伯爵家へと帰ると、妹のシフォンが走り寄ってくる。
「お帰りなさいませ! お姉さま!」
尻尾があったらブンブンと振られていることだろう。貴族らしくはないが、大きな犬のようで可愛い。……三年経った今もロレーヌは変わらず妹を溺愛している。
「えぇ、ただいま戻りました。シフォン」
「実は本日、魔力測定を行いました!」
魔力測定とは、自分の魔力を知覚出来るようにすると共に、属性を知るための大事な行事である。
本来ならばもっと早い時期――シフォンは十五歳であるため、十年前――に行って然るべき行事なのだが、シフォンは今までが今までであったために、ずっと行うことが出来なかったのだ。
何しろ、健常者でも凍えて倒れてしまうほど冷たい泉に身体を投じなければならないのだ。凍らないのが不思議な泉は、秘匿された魔術が込められているという。全身を浸ければ泉の色が変わり、その色の種類と濃さで属性と魔力量が分かるという。そんなことをシフォンがしていれば、それは自殺と変わらない。
十二歳で病が治ったとはいえ、健常者と同じように動くのに三年。それでようやく魔力測定が出来て、さぞ嬉しかったのだろう。
かく言うロレーヌも今日と言う日を待ち望んでいた。妹の才能はどのようなものなのか、気にならないはずがない。
ちなみにロレーヌといえば魔力量は低いながらも、多方面の素質があった。それは万能というものではなく、器用貧乏と言われるようなものだったが。
……だからこそ様々な治療が出来ているとも言えるので、ロレーヌは自分の素質に満足していた。まぁ、もう少しくらい魔力量があってもいいじゃないかとは常日頃思っているのだが。
さて、シフォンの素質が気になるところだが、今は少しばかりタイミングが悪い。
「私は――」
「シフォン。少しお待ちなさい」
ロレーヌはシフォンを遮り、振り向いた。
「大変失礼致しました。殿下。こちら、妹のシフォンでございます」
そう。ロレーヌは帰ってきたのだ。何故か第二王子を連れて。
「……ふぇ?」
パチクリと目を瞬かせて、ようやく現状を知ったのか、シフォンは急いで腕を十字にして膝を付き、礼を取る。
「し、しつれいいたたしまちっ」
「シフォン。それは騎士の礼よ。淑女のものではないわ。慌てすぎね。深呼吸なさい」
「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、はぁぁぁぁぁぁぁぁ」
深すぎる深呼吸。これはこれである意味無礼であった。
「ははは、君がシフォン君か。話には聞いているよ」
「……ど、どのようなお話なのでしょう」
「そうだな。私と君は同士だ。仲良く出来ると思うよ」
「どうし?」
「そう。私たちは、我等が聖女様に救われた者だ」
シフォンは再び目をパチクリと瞬かせると、今度は瞳にキラキラと光を帯びさせる。
「よく分かりました!! ぜひ、仲良く致しましょう!」
分かりやすく尻尾が振られている。
「……それ、私にはどういうことか未だに分からないのですが」
手掛かりとなるのは三年前に治療したということだけ。治療者なら沢山居るし、その中に第二王子なんて御大層な方が居たなんて初耳である。
「それで、本日はどのような御用件でしょうか」
シフォンがアルバートに尋ねる。
「あぁ、今日はご両親にご挨拶を。愛しのロレーヌの婚約者となるのですから」
婚約候補者ですらなく、既に婚約者となることが決定しているかのように言った。
イェレミアスの「破棄する」という言質から、既に道筋は立てているのだろう。
ロレーヌの婚約にロレーヌの意思などありはしない。それが貴族というものだし、だからこそあの脳足りんガバ王子の婚約者候補に収まっていたわけで。
政略結婚とは言え、どうせなら愛されたい。この第二王子は第三王子とは違って真っ当な男性だ。
婚約者候補の二人を放って男爵令嬢と密会しているような桃色お化けとは比較にもならない。
そう冷静に分析しつつも、ロレーヌは顔を真っ赤にしながら俯いていた。
異性から真っ当に愛を囁かれたのは初めての事だったのだ。
シフォンはそんなロレーヌとアルバートを交互に見ている。
「…………」
ロレーヌは顔を赤らめ、アルバート王子は婚約者となる。
「…………」
姉が、顔を赤らめて、王子が婚約者に……。
「――!!」
言われた言葉と状況にようやく頭が追いついたのか、シフォンは両手で口元を抑え、声にならない叫びをあげた。
かと思いきや、バッと両手を握りしめながら全力で下に振り下ろして……
「敵!! 敵です!! 貴方は私の大敵なのです!!」
王子に鼻息荒く宣戦布告したのである。
……これぞまさに不敬の極みであった。




