04 はりぼて
と、ここで冒頭に続くわけなのだが。
なんだったか、たしか「偽物の聖女とは知らなかった。国を騙したな!」だっただろうか。
そんな事を言われても、ロレーヌとしては「何を今更」である。
「そもそも私、一度も自分が聖女だと語ったことはないのですが?」
「だが国民は皆、お前を聖女だと言うではないか。それはこうした公の場では否定しながら、民の前では聖女だと嘯いているからに違いない」
「はぁ」
何を言っているのか分からないが、きっとまぁ、頭が残念なのだろう。
そんな残念な頭をお持ちなのはイェレミアス第三王子。ロレーヌと同年代であり、ロレーヌはイェレミアスの婚約者候補の一人でもあった。
今まで婚約者候補として何か特別な事をされてきたかと聞かれれば、否。贈り物も無ければ愛を囁くこともないし、家に頻繁に訪れるわけでもない。……だからこそロレーヌは今まで好き勝手動けていたのかもしれないが、それはそれ。これはこれ。
政略結婚であるため、イェレミアスがロレーヌに靡かないのも仕方ない。……のだが、第一王子が婚約者候補を得た時は前述した行動をとっていたため、同じ王子としてこの差はいかがなものかとそこかしこで噂されている。
イェレミアスの婚約者候補となって八年程経つが、いまだに婚約者になっていない。
八年。八年もだ。
それほど長い時をかけて一度も好意の欠片すら見せていないなど、たとえ政略結婚だとしてもおかしいではないか。……好意を見せないのはロレーヌとて同じであるが。
もしもここで候補から外れてしまえば、あっという間に行き遅れ令嬢の出来上がり。……ロレーヌはむしろ望むところだとすら思っているが、流石に八年も縛り付けていた婚約者候補を王族が放り出しはしないだろう。
ちなみに他にも候補は二人ほどいる。
公爵家の令嬢、そして何故か王子が熱を上げている元平民の男爵令嬢である。
恐らく公爵令嬢が第一夫人となり、ロレーヌが第二夫人となるのだろうなと考えていた中、唐突に現れた元平民の男爵令嬢。
男爵令嬢は王子のごり押しで婚約者候補にまで上り詰めたのだが……この王子、頭おかしいのではなかろうか。
ちなみに件の公爵令嬢にも王子は愛を囁いていなかったりする。流石に公爵令嬢には好意を伝えているだろうと思っていたロレーヌは、彼女から話を聞いたときにそれはもう驚いたものだ。
そんなことがあってのごり押し候補者入りである。それはそれは愛されているに違いない。
(王子に見初められた平民の御伽噺があったけれど、現実に起こるとこうも滑稽なものなのね)
イェレミアスの中ではその男爵令嬢こそ第一夫人となる予定なのだろう。
明らかに身分が釣り合わない。何をどうしたらこの、レイナ・ダンドール男爵令嬢が公爵令嬢を押しのけて……と疑問に思っていると、イェレミアスはレイナを指差してこう言った。
「このレイナこそ真の聖女!」
(頭お花畑?)
恋は盲目と言うが、よもや元平民が聖女とは。
まぁ、百歩譲って聖女でもいいだろう。実際聖女なのかもしれないし。ではその聖女様は何をしてきたのだろうか。
ロレーヌのように聖女を見本として頑張ってきたのだろうか。しかし、そのような噂は聞いたことが無い。
ぼけっと考えていると、なんと周りから怒声が飛び交うではないか。
「ふざけるな! 聖女はロレーヌ様だ!」
「ロレーヌ様こそ聖女様だ!」
「ちょっと皆さま、落ち着いてくださいまし」
あんなのでも王子は王子。王子に向かって怒声を上げるなど、不敬にもほどがある。
「それと私は聖女ではありませんので、仮にそちらの方が聖女でも何も問題ありませんわ」
「さすがロレーヌ様! 慈悲深い!」
「その心の美しさ、まさに聖女!」
「いや、だからね……」
もはやロレーヌが聖女ではありませんので……と言っても納得する者は居ない。それほどまでにロレーヌの実績は大きなものになっていた。
(なるほど。ちやほやされるとこんな事にもなり得るのね)
さて困った。このままでは話が進まない。
ではロレーヌ自ら矢面に立ち、王子と話をしようではないか。
「イェレミアス王子。何故、その者が聖女だと?」
「私の傷を癒してくれたのだ」
「傷を? 治癒魔術で、ですか?」
「そうだ」
「聖女認定ガバすぎません?」
どこのチョロインかと。頭がお花畑すぎて頭痛がしてきた。
「それだけではない。その治癒魔術は特別な光を伴っていた。彼女の心根が美しいからだろう。治癒魔術があのような光を帯びることなど私は未だかつて見たことが無い」
「聖女認定ガバすぎません?」
なるほど、色が違ったと。確かに聖女が扱う治癒は特別なもので、根本からして違う。だが、色程度、光属性の素質があればどうとでも変えられる。なおロレーヌには光属性の素質は無い。
「彼女は幼いころより特別な光を放つ癒しを扱えたそうだ」
「自称ですよね。聖女認定ガバ過ぎません?」
幼少から使えたからなんだというのか。大事なのは見た目ではなく鑑定結果。素質ではなく、実績。御伽噺の聖女はそれこそ幼少期から逸話が絶えなかったと言うではないか。
「ええい、ガバガバガバガバうるさいな! 実際聖属性を扱えておるのだ。それこそ聖女の証ではないか!」
聖女が扱う特別な属性。それが聖属性だ。多分後付けで聖属性なんて名付けられたのだろう。聖女が使うのだから聖属性なのだと。
その聖属性を本当に使えるかどうかも定かではない。……使えなかったらそれこそ本物を騙った偽物の出来上がりなのだが、まぁ、ここは仮に使えたとして話を進めるのもやぶさかではない。
「はぁ。で、その聖女様はなんと?」
「ロレーヌ。貴様を偽物だと。私もそう思う。貴様のしていることはインチキだと」
「はぁ、今更ですわね。私が偽物だなんて、周知の事じゃないですか」
行っていることは基本的に走査と簡単な治療、その後に治療できる医者の紹介だ。聖属性を使っていないだけでインチキなどと言われる筋合いはない。
ロレーヌが呆れたように言ったが、周囲はそれに対し「ロレーヌ様は聖女様だ」とヨイショしつづける。
「ごめんなさいね。今私が話しておりますので」
「失礼いたしました! 聖女様!」
「いや、だからね……。もういいです」
ちやほやしてくれるのは嬉しい限りだが、時と場合を考えてほしい。あぁ、なるほど。宗教というのはこういうことなのだなとロレーヌは悟った。
「で、件の聖女様は私を偽物と言って、なんと?」
「聖女は心根がとても優しく美しいものだと聞いたことがある。レイナと話をしていると、インチキの聖女の力で金を儲ける等言語道断ではないかという話になってな」
そう。ロレーヌは何も無償奉仕をしているわけではない。受け取るべきものは当然受け取っているのだ。
「えぇ……個人の技術で治療をして、金銭は受け取るなと?」
ドン引きである。
「まさか元平民でお金の大切さを知っているはずの方が、そんなことを?」
日の金銭を稼ぐのに必死になる平民の言葉とは思えない。本当に平民だったのかも怪しいではないか。
「貴族とは民から税を徴収し生活している。であれば、その民から更に金を巻き上げようとはどういうことか」
「……いや、これでも適正価格よりほんの少しお優しくしておりますし、結果的に医療費負担は減っているのですけれど」
「そもそも伯爵令嬢ともなる貴様が進んで金儲けをするなど、聊か卑しさが過ぎるというもの」
「えぇ……金儲けが卑しいとか……」
正しくドン引きである。恐らくこの第三王子は国の中枢の一部に蔓延った貴族権威主義の旗なのだろう。金は税として湧いてくるものであり、自ら進んで稼ぐものではないと考えているに違いない。
「いや、お金は大事ですよ。伯爵家とはいえ、何がきっかけで破綻するかも分かりませんし。個人で使えるお金が必要なのは間違いないですし。正当な報酬ですよ」
貯蓄は大事である。人生何が起こるか分からないのだ。それこそ今回のように、権力者に偽聖女と糾弾され、ロレーヌが追放、場合によってはお家が取り潰しになる可能性もある。
「だが金は貯めこむのではなく使わなければ経済は回らぬ。我等貴族が使ってこそ経済が回るのだ」
「急に正気に戻ったかのように正論言わないでほしいですね」
中途半端に知識だけあると面倒臭い。ゼロか百かしかないのだろうかこの王子。
「それに治療にだってお金は必要ですよ。日々新しいことが発見されるので、それを学ぶためにもお金は必要ですし」
王族の前ではあるが、呆れてため息が出るのも仕方のない事だろう。
「では金のない者は見捨てるというのか!」
「言い方は悪いですけど、そういう風に言えなくもないですね」
そもそも法外な金額と取っているわけでもなく、かといって全く金を取らないのも民のためにならない。
仮にそれが領地の依頼であった場合は金銭を払うのは領主の役目。平民に広がりつつある逸り病を未然に防いだ時や食い止めた時も、基本的にはその地の領主に報酬を貰うものだ。
というか、ロレーヌが金を取らずに一から十まで全てをやってしまった場合、伯爵家には一銭も入らず、周辺の診療所は閑古鳥が鳴くことになる。
なによりロレーヌがパンクする。過労で倒れたら患者を治すことが出来なくなり、治療に追われれば新しい知識を学ぶことも出来なくなる。知識が無ければ知らない症状を診た時に身動きが取れなくなる。それだけは絶対にしてはいけない。
「とても聖女にあるまじき卑しさではないか! 金の亡者め!」
ロレーヌの考えなど知らず、言質取ったりとばかりに盛り上がるお花畑王子。それを見て周囲の視線は冷めていくばかり。
この空気に気付かないなど、むしろ勇者なのではないだろうか。
ところで、件の男爵令嬢はこの時まで一言も喋っていない。唾を飛ばすイェレミアスとは正反対だが、どうしたのだろうか。
「では聖女様は、誰にでも分け隔てなく、無償でどんな怪我や病気も治すべきだと?」
そう思ってレイナ男爵令嬢に語り掛けるも、彼女は下を向いていて言葉を発しようとしない。なんだかプルプルと震えてすらいる。
どうしたのだろうか。
「当然ではないか!」
そんな彼女を押しのけ、イェレミアスが盛大に唾を飛ばす。仮にも王子なら少しは慎みを持ってほしいものだ。
「凄いですね。魔力の足りない私には不可能です」
「聞いたか皆の者! 聖女を自称するくせに魔力が足りないというではないか! そんなことあってよいと思うのか!?」
「自称はしておりませんわ。今まで一度も。問題はそこではなくて」
今一度否定するが、きっと認識の甘いガバ王子の中ではロレーヌが自称していることに決まっているのだろう。ガバい。
「どうやらこれからはレイナ様がお一人ですべての民の怪我や病気を無償で癒してくださるようですから、街の医療所は遅かれ早かれ閉鎖となってしまいますね。医者の方々に補償と仕事の斡旋をお願いいたします」
ロレーヌの言葉にイェレミアスはキョトンとした顔。何故そのような顔をするのかロレーヌが聞きたい。
「……マテ。何を言っているのだ?」
「だってそうではありませんか。どんなに重い病気でも軽い病気でも、聖女様が全て無償で治療してくださるのでしょう?」
前述の通り、そんなことをすれば診療所は閑古鳥が鳴き、医者の儲けが無くなってしまう。そこを補填するのは言い出しっぺであるイェレミアスの仕事だ。少なくとも聖女を持ち出した結果に責任を持つべき。
治療に金は必須。それは聖女であっても変わりないだろう。
薬だってタダではない。薬を使わなくても、診療施設があるだけで金はかかり、様々な備品にもお金が必要なのだ。
恐らくそのすべてを国庫で賄えばよいとでも考えているのだろうが、その医療機関は赤字を垂れ流すことになる。大臣が判を押すとは考えられない。
「適正価格で診ている方と無償で診てくれる方。どちらの元へ人が集まるかは分かりきっているかと」
「聖女一人だけで手が足りるはずもない。何も医療所を閉鎖する必要は」
「それが出来ると聖女様は仰っているのでは?」
「あ、あの……私……」
ここまで来てようやくレイナが言葉を発した。その声はどこか震えているようにも感じる。
「言葉の端々を取って追い詰めるやり口。やはり聖女とは思えん」
それをやはりイェレミアスが遮る。……流石に何度も続けばコレがどういうことか分かるというもの。
「聖女じゃありませんし。でも御伽噺の聖女様であれば、そのくらいやったのでは?」
「御伽噺はあくまで御伽噺だろう。現実を見ろ」
「えぇ……イェレミアス王子がそれ言いますか」
自分勝手な正義感の暴走。一番現実を見ていない人に言われたくはない。
「それで、結局なんでしたっけ。私が聖女でないのは私も認めているのですが、それからどうするのですか?」
「貴様は国を騙したのだ。その罪は大きい」
騙したも何も、勝手に盛り上がったのは国と民なのだが、そこは目にも耳にも入らないようだ。
「ちなみに、その罪とやらは王や大臣はご存じなのでしょうか。罪と言うには罰があるのでしょう。罪状は偽証罪でしょうか。許可は取っていらっしゃるのですか?」
「その必要はない」
「……は?」
「貴様に罪があるのは明白だ。後日報告しても全く問題ないだろう」
(問題しかありませんが)
第三王子の私刑。この王子、大馬鹿者であった。
旗を振る方々からすれば操りやすい愚か者は大歓迎なのだろうが……王子教育はどうなっているのだろうか。……何をしても身に付かない人は一定数居ることは知っているが、この脳足りんがそれなのだろう。
第三王子がうつけ者だとさぞや大変だろうが、こういう時のための王族一夫多妻制である。第一王子は非常に優秀だと聞くし、それを支える第二王子も優秀だという噂。更に王の子は第八王子まで居るので、まぁなんとかなるだろう。
実際、今までイェレミアスが公務らしいことをしているところを見たことが無い。一つ下の弟である第四王子が真面目に公務をしているのを見ると、もはや期待など誰もしていないように思える。
……いや、期待している人は居るのだ。操り人形。傀儡。伝書鳩。そういう役割として、一部の者達に。
「はい撤収ー」
つい思っていたことが口に出る。
「待たんか!」
「イェレミアス王子。これは罪を罰するとは言いません。気に入らないから罰すると言うのなら、それは王族自ら進んで法を破いたと同じこと」
「貴様が罰を逃れたいだけであろう!」
あぁ、この人は何を言っても無駄なのだ。この言い分に付き合うだけでも時間の無駄である。
ロレーヌはまだまだクリフの元で学ぶことは沢山あり、こんなことで時間を浪費するほど暇でもない。もうこのパーティは去ろう。イェレミアスの静止がかかるが、不敬も何も知った事ではない。
「これだけは言っておくぞ! 貴様が婚約者候補など吐き気がする! 早々に候補枠を破棄する!」
「どうぞ、ご自由に」
むしろ破棄してほしい。大臣の判など待たずに破棄してほしい。
「では、その婚約者候補殿は私が貰い受けよう」
げんなりとしていると、白け切ったその場に凛とした声が響いた。