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14 末路とこれから

 その日の出来事をロレーヌは全て聞いたわけではない。しかしある程度の概要とその後の沙汰については知っている。

 それもこれもレイナを見舞う者に対し、「何がどうしてどうなったらこんなことになるんですか!」と怒鳴りつけたからだ。ダンドールを心配して見舞いに来た王も含めて怒鳴ったのだから、普段散々「不敬!」と叫んでいる口はどこにいったのだろう。

 ロレーヌとしては『本来ならまともに動くことも出来ないような患者が自らの手を自傷し続けることになった原因』は非常に気になるところ。それに対し王は「とても公表など出来ないが」という前置きをしてから概要を、そして「其方にも関係があったことであるし」とその後の沙汰を教えてくれた。

 そこで初めて聖属性が決して万能なものではなく、むしろ欠点の方が多いものだと知った。

 さらにレイナのしたことを知れば、確かに公表など出来るはずもないと納得する。

 かの聖属性の持ち主は己の生命力……血を媒介に無理矢理聖魔法を発動させた。滅多に見ることのない聖なる光。それはまさしく人知の及ばぬ輝かしい力。

 その代償は魔力器官の完全破壊。壊死などと生ぬるい話ではない。お腹のあたりにあるはずの魔力器官が、溶けて消えたかのように無くなっていた。当然回復の兆しなど見えないし、属性を判別する泉にレイナを浸けても魔力反応が起こらない。

 生物は何者であっても……人に限らず動物、虫の一匹に至るまで、魔力があることが当たり前。その認識はレクリプス王国に限らず、周辺諸国、大陸の常識となっている。

 この世界の人間の認識を正とすれば、魔力を欠片も持たないレイナは生物ではないということになる。それはなんと恐ろしい事か。

 魔力を一滴も残らず絞り出して、これから生まれるであろう未来のリソースすら使い潰し、命を危険に晒すほどの血を捧げて人を助けた結果が人として扱われなくなるなど、なんともやるせない。

 少なくとも聖属性どころか魔力すら失ったレイナを聖女だと持ち上げる者は誰も居なくなるだろう。

 だからこそ、レイナのしたことを公表など出来ないのだ。

 レイナと言う実例が居ることで、平民にも聖属性の持ち主は存在することが知れた。

 血によって命を燃やすことで、魔力器官を溶かしきることで、無理矢理でも聖魔法が発動することが知れた。

 そんな事が広まったらどうなることか。

 平民など奴隷と同じように扱っている貴族が全国各地で聖属性の平民を探し出し、彼等を使い捨ての道具にすることは目に見えている。

 聖属性は珍しいとはいえ現実に実在する属性だ。だというのに、その記述の少なさや研究論文の少なさはあまりにも異常。

 まるで意図的に隠されてきたかのよう。

 すでに御伽噺として広まった聖女は例外として、国家としてこれほど厄介なものは無い。

 聖属性だと気付かれなかった者も沢山いただろう。だが、歴代の聖属性が誰一人気付かれないなど、そんなこと有るはずが無いのだ。

 意図的に隠されてきた。きっと、かつての王家が。そして、これからの王家も。

 そうしなければ、なんの罪もない民がどれほど犠牲になることか。

 すでに広がってしまった知識は回収できない。血が魔力の代わりになることは常識だ。だが、それを過剰につぎ込むことで聖魔法すら発動出来ると広めてはならない。

 聖属性は御伽噺だけで語られていればいい。それが王の判断だった。

 ロレーヌもその判断に頷きを返す。返すしかない。

 医者の立場からすれば聖属性はまさに憧れである。だが、まさかそれが膨大すぎる魔力を持つ聖女以外の全員を不幸にする属性だなんて、誰が思うだろう。

 聖女は憧れだった。聖属性に羨望を抱いた。だが、それは現実にあってはいけないものだった。奇跡は奇跡で、決して手が届かないからこそ手を伸ばしたくなるのだ。

 もしかしたらロレーヌが聖女と呼ばれることは、これからの聖属性持ちにとっては良い事になるのかもしれない。

 けれど、今更聖女など名乗れるはずもない。聖女という看板は重すぎる。

「やはり、私は聖女などではありません」

 そう言えば周囲からは「いやいや、何を言っているのです」と否定されるだろう。

 ロレーヌは聖女を目指した紛い物。人よりも少し手段を多く持つだけの、特別性など何もない伯爵令嬢。そう考えておかねば、偽物とはいえ聖女という看板に潰されてしまう。

 人に過ぎたる力を持ち、それを容易に扱える神のような人物。それが聖女なのだ。

「聖属性という名称は変えるべきだ」

 王はそう呟いた。

 聖属性と言う記述は残す。それは聖女を表す特別な属性だと印象付ける。

 実際には聖属性は銀属性と名称を変える。

 そうすれば聖属性と銀属性は別物なのだと周囲は考えるだろう。

 『シフォン・レ・エヌマリシュ伯爵令嬢やキース・ダンドール男爵の研究によって、今まで聖属性と考えられていたものは銀属性という似て非なる属性であった』と広めても良いかもしれない。

 そうすればイェレミアスが散々聖女だと宣伝していたレイナの印象も、『聖女と同じ聖属性を持つ男爵令嬢』から『新たに定義された銀属性持ちの男爵令嬢』になる。「なんだ、第三王子の早とちりか」となれば、彼女が魔力を失ったと知らない人も騒いだりしないだろう。

 かわりに「銀属性は無能の証だ」と蔑まれるかもしれないが、命を使い潰されるよりはマシというもの。そこをどうするかは今後の課題だ。

 さて、件の事件のきっかけとも言えるのはダンドールを害した男である。

 名はベラート・レ・コングルード。

 コングルード伯爵の次男であり、イェレミアス第三王子の学友であり側近。側近になった経緯はイェレミアスたっての希望。

 側近の罪は主の罪。イェレミアスが直々に取り立てた側近であればなおの事。側近の手綱も握れていないなど、王族どころか末端貴族であっても許されるものではない。

 ベラートとイェレミアスは『塔』へ幽閉されることとなった。

 塔とは公表されない事件(王が公表するべきではないと判断するほどの大事件ともいう)の加害者が赴く場所である。どんなところかは軽くロレーヌも聞いたことがあるが、なんでも四角くて何もない部屋に閉じ込められているのだとか。防音がしっかりしていて周囲の音は何も聞こえず、暗闇が深すぎて何も見えず、動き回るには狭すぎる部屋。たまに音がしたと思ったらパン屑が落ちているのだという。

(発狂しそうな部屋ね)

 息子であるイェレミアスを塔へ送ることに、王はどれだけの苦悩を覚えただろう。

 その背景も改めて洗いなおされた。

 コングルード伯爵家は一般的な保守派の家で、特におかしなところは見つからなかった。長男が融通の利かない正義漢であったが、役人として全力で不正を滅しているのを見れば国に必要な人物であろう。

 では何故ベラートがこのような凶行に及んだのか。

 全ては既に処刑されたガレルディア侯爵……いや、ガレルディア元侯爵が原因であった。

 ガレルディア元侯爵は貴族権威主義の筆頭。そして、イェレミアス第三王子の教育係として在籍していた。彼の教育によりイェレミアスは貴族権威主義に染まり、それが今もなお矯正されていないのは見て分かる通り。

 そんな王子と学園で親しくしていたのがベラートで、イェレミアスからその思想に染まってしまったのだろう。もしかしたら長男の不正を許さない性格を受け継ぎ、ガレルディア元侯爵が追い落とされた事件を『不正があった』と判断したのかもしれない。

 あの時、ベラートはダンドールを「簒奪者」と糾弾した。

 それは現ダンドール男爵領がガレルディア元侯爵領の中心地であるからだ。

 元侯爵領は広大な土地であり、周辺の領主にある程度分譲してもなお余るほどだった。その後は領地を持たない貴族に分割して分け与えられた。

 そしてその中心であった場所は、レクリプス王が最も信頼している友であるキース・ダンドールに与えられた。何よりダンドールは侯爵の不正を見つけ、その断罪の功労者であった。

 短絡的に見れば、キース・ダンドール男爵は侯爵を追い落とし、その中心部を奪い取ったとも見える。領地を分け与えられた他の有象無象とは違う。明確に奪ったのだとベラートは考えたのだろう。

 行き過ぎた貴族主義という危険思想に染まり視野狭窄に陥ったベラートに物の道理を説いても意味が無い。陰謀論者に陰謀ではないと説明しても、豚に神の教えを説くのと等しく理解しないのだ。

 とにかく彼は、勘違いも甚だしい正義感からダンドールを害した。

 ベラートもイェレミアスも、特に酷くなったのはここ数年。つまり、ガレルディア元侯爵の処刑から。

 処刑されてなお広い範囲に影響があるとはなんとも頭の痛い事だ。

「……父上、そのような泥臭い事までロレーヌの耳に入れる必要はあったのですか?」

 今日も今日とてロレーヌの側にいたアルバートが王に問う。

「……確かに、不要だったかもしれんな」

 アルバートに言われ、確かに麗しき令嬢の耳に入れる話ではなかったと王は反省を返す。

「そうです。必要だったのは『ロレーヌを捨てた愚か者は処分を下された』という部分だけです」

「それだけじゃ概要も何も分かりませんからね!? それに、これは聞いておかないとダメな話でしたよ」

 だがロレーヌは聞くべきだったと反論。アルバートはキョトンとした顔をして首を傾げた。そんな顔が珍しくて、ロレーヌはこのような場なのに「顔面偏差値が高いとどのような顔も絵になるのだなぁ」と感心する。

「……なぜ?」

「これからダンドール男爵領に行くのですから、その地の根本的な原因が何だったのかは知る必要があるでしょう?」

 問いに答えるが、アルバートは首を逆に傾ける。

「……なぜ?」

「え?」

「なぜ、ロレーヌが男爵領へ行くの?」

 心底分からないと言った様子である。外交で培われた洞察力はどこに行ったのかと問いかけたい。

「……男爵領にはレイナさんと同じような症状の方が沢山いるということですよね」

「そうだけど」

「なら、治療に行かなければならないでしょう」

「……それってつまり」

 そもそもロレーヌの心を読めばそんな質問をする必要も無いはずだ。だからアルバートは本当の意味で疑問に思っていない。だからあえてそう疑問を口にする理由は……

「結婚式はお預けってことかな?」

 優先順位の相違である。

「準備も何も進めていないのにお預けも何もありませんって」

「いやだー、今すぐに結婚式を挙げるんだー! 折角帰ってきたのに、そんなのって酷すぎるっ!」

「我儘言わないでください。レイナさんの経過も確認しなきゃいけないですし、何より結婚式には結構長い準備が必要なんです。私の身体が空いていないと出来ない準備だってありますし」

「それは分かるけど、それが終わったらまた外交が始まりそうな気がする。そうやってズルズルと結婚できないでいるのは嫌だよ」

「そこは暫く大丈夫でしょう。まさか私と貴方の成果がたかが数ヵ月しか持続しないものだと考えているのですか?」

「……おかしいの。真面目な話をしていたはずなのだが……」

 なんとなく場の空気が甘いものに変わった気がする。

 王は息子の変わりように溜息を。嬉しいような、真面目な場ではしっかりしてほしいような……。親心とは複雑なものである。







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