イストの短剣
「「ありがとうございました~またおこしください。」」
二人が関所で出会った女性に住み込みで働かせてもらうようになってから約四か月が経過した。女性の名前はイーラ・ウェスト。この町、フィラントロピアの2番街の宿屋、ウェスト亭の亭主の娘であった。すでに結婚しており、10歳になる娘もいた。二人はこの宿屋の屋根裏部屋を貸してもらい、宿の食堂の手伝い、掃除、洗濯などの仕事に励んでいた。給料ももらうことができ、少しは自分のほしいものを市で買ったりすることもできるようになっていた。だがしかし…
「ねえ、イスト君。一ついいかな?」
「ん?どうした?」
「イスト君、なんか忘れてることない?」
「ん?なんのこと?」
「私たちがここに来た目的、覚えてる?」
「・・・そんなの知らないよ。ね~レイちゃん」
「ね~」
レイちゃんとはイーラの一人娘である。本名レイチャル、愛称レイちゃんだ。レイチャルはすっかりイストに懐いていた。イストも自分に妹ができたような気分でかわいがりまくっていた。
イストは今の生活を十分満喫しているのだった。リリーの目的など知らぬふり。折角手に入れた自由なのだ。出来ることならしばらくはここで楽しく過ごしたかった。自分には一生訪れることはないと思っていたこの楽しい日々を満喫していたかった。
ちなみにだがこの四か月の間にイストに対するリリーの敬語は取れていたりする。
そんなイストに対してリリーはイライラが募っていた。今の生活が楽しいのはリリーも同じだ。リリーだって今のように多くの人と楽しい日々を送るのは初めてなのだ。だが、リリーには大賢者に課せられた重要な使命がある。いつまでものうのうとしているわけにもいかない。これ以上居たらここを離れられなくなってしまう気もした。
「とぼけないでよ!私には使命があるの!覚えてるでしょ!?」
「・・・でもさ、それってリリーの使命でしょ?俺、関係ないじゃん。もともと強引に連れてこられた感じだったし」
「でも、私ひとりじゃできないもん!」
「それだってリリーのわがままでしょ?」
「わがままじゃない!!だって、じゃないと・・・」
初めは基本的な生活ができるようになるまでお金を稼ぐためにウェスト亭で働き始めた二人だった。すでに給料はそれなりに貰っている上に、リリーには他にも稼ぐ手段を見つけた。そのため、目的のために動き出す資金は一月前には既に準備できていた。それ故にリリーは現状に苛々しているのだ。
最近二人は言い争うことが増えた。宿の開業時間でなければ誰も二人の言い争いは止めない。だが、今は開業時間中だ。
「こうれっ!!」
二人の頭にげんこつが落ちる
「いいっ!!」「いったあ!!」
二人が後ろを向くと腕を組んで二人を怒った顔で見下ろす大男。この男がイーラの父にしてここ、ウェスト亭の亭主、マンチャル・ウェストだ。
「いい加減にしやがれ!!おめえら最近喧嘩ばっかしやがって!営業の邪魔だ!出ていけ出ていけ」
二人はマンチャルに軽々と持ち上げられて店から放り出された。そんな二人を近くにいた者たちは何事かと見物している。二人は一度にらみ合うとそれぞれ別の方向へ去っていった
リリーは一番街の中央にある町役場へと向かった。別に町役場自体に興味があるわけではない。リリーが目指しているのはその上、平和の塔と呼ばれている場所だ。リリーはこの町に来てから何か考え事をするときや、落ち込んだ時はここにきていた。イーラがこの場所に案内してくれてからすっかりこの場所が気に入っていた。理由はこの塔の頂上にある展望室だ。ここから眺める景色はリリーの心を落ち着かせる。
そして、展望室には一つの望遠鏡が設置されている。この望遠鏡には≪拡大≫の魔術がかけられており、魔力を流しながら望遠鏡をのぞくとかなり遠くまで見ることができるのだ。そう、クニン自由国の首都、光り輝く黄金の町チタドーロまで。そのことに気づいてから一層ここに訪れる頻度は高くなった。
すぐそこに国宝魔術がある都市が見えるのにいけない悔しさにリリーは歯を食いしばる。実際には千キロ近くあるのだが、異空間にあるこの大陸は平行に存在しているため、≪拡大≫を付与してあるこの望遠鏡で見ることができるのだ。
あの首都に行くチャンスは年に2回しかない。議会に参加するために町長が首都に向かう2回だ。そのタイミングで商人たちがこぞって首都に向かう。それに便乗して向かうしかない。首都は全体を魔術結界で覆っているらしく、議会の開かれるタイミングでしか首都に入ることは出来ないそうだ。なんでも、議会の開かれるクニン自由国の王城、スフォルツェスコ城には危険な魔術研究品が多数眠っているために、万が一何かあってはならないと、できるだけ人が入れないようにしてあるらしい。
これは、リリーが四か月の間に調べた成果であった。商人たちの中でも首都に入れるのは一握りで後は首都の周りでほかの町の商人と取引をするのだ。たとえ商隊についていっても首都に入れる保証はない。だがしかし、何もしないよりは絶対にいいはずだと考えていた。
その一方でイストが向かったのは4番街にある繁華街だ。雑多な店が並ぶ中、イストは一つの店を目指す。
リアレット武具店
イストが一ヶ月前、ふらふらと歩いていたイストはこの店を見つけた。さして人気な店でもないし、特別強い武具が置いてあるわけではない。一般的な狩猟用の武具が置いてあるばかりだ。だが、どこかイストにはこの店に魅かれるところがあってこの店の店主に一つの依頼をした。先日、イストが大賢者の倉庫で入手した短剣の整備だ。
店主は寡黙で地味な男であったが実力はあった。短剣を見た瞬間、普段はほとんど開いてないように見える目が大きく見開かれた。とんでもない業物だとすぐに気付いた。店主はこの短剣を整備するために一ヶ月要求した。少なくともそれくらいは必要だった。
そして今日が約束の一ヶ月。イストは短剣を受け取りに来ていたのだ。
「こんにちは。出来ましたか?」
「……ああ」
店主はそう言って店の奥に入って行く。付いて来いと言われている気がしたのでイストもそのあとに続いて店の奥に入って行く。
店の奥は工房になっていた。様々な器具が散らばっていた。店主は奥の棚の一番上にあった黒い箱を取り出し、机に置いた。
「開くぞ」
店主が黒い箱を開いた。
その瞬間、白い、強い光が発せられる……ことはなかった。むしろ逆に周囲の光を全て吸収せんとばかりに箱の周囲が薄暗くなっていくようであった。
その箱の中から店主が短剣を取り出す。その瞬間、薄暗闇は晴れた。
「今のは?」
「……この武器の特性であろう。坊主、この武器をどこで手に入れた?」
「えっとそれは……ちょっと説明しにくいというか……」
「いや、無理に言う必要はない。むしろ言うな。聞きたくない。とにかく受け取れ」
店主はイストに短剣を押し付けた。短剣はイストの手に何事もなく収まる・・・ことはなかった。短剣はイストが手にしたとたん光だし刀身の側面に文字を浮かび上がらせた。
「な、なにこれ!?」
「ふむ・・・そうか、そういうことか。坊主、こいつを読めるか?」
「へ?いや、読めるはずないじゃん、こんな文字見たこと・・・あれ?わ…が?けん…をう
けつ…ぎ、し…」
見たことないはずなのにイストにはなぜかこの文字を読むことができた。
「も…のに…わ、れのき…ぼ…わ!なにこれ!光が!」
「小僧!早くその剣を仕舞え!」
「ど、どこに!?」
「この鞘だ!」
剣に刻まれた文字を半分程読んだところで突然、剣は激しい光を発し出し、震え出した。この事態を危険に思った店主は急いで用意してあった鞘を取り出した。イストは慌ててその剣を鞘に押し込んだ。その瞬間、光は収まった。
「な、なんだったんだ。今のは。」
「……坊主。悪いことは言わん。この剣を元の場所に返して来い」
「え?いや、でも……」
「さっきのを見ただろ?坊主にゃあこいつは使いこなせんよ」
「そう、ですか」
「・・・まあ、返すか返さないかは任せる。だが、繰り返すが坊主では使いこなすことはできまい。たとえ使うとしても使いこなせるレベルまで成長するまでは決して使うな。下手したら死ぬぞ」
あまりに真剣な店主の物言いにイストはただただ首を縦に振った。先ほど剣から溢れ出した膨大な力からしてあながち間違っていないだろう。
「その代わりにあいつを使わせてやる」
店主はそう言うと一旦店の方に行き、すぐに帰ってきた。そしてイストの前に一つの短剣を置いた。
「こいつはお前を成長させてくれるはずだ。あの短剣を使いこなせるようになったら返しに来い」
「…うん、わかった。で、全部でいくら?」
「1,000,000リラだ」
イストは沈黙した。リラはこの国の通貨の単位だ。20リラあればパン一つ買える。1,000,000リラは3年間は余裕を持って過ごせる額だ。因みにイストの所持金は現在2,000リラぐらいだ。
「無理!!」
「わかってる。俺もこれだけの剣を一度拝ませてくれたのは感謝している。だから普段なら絶対しねえが今回はツケにしておいてやる。必ず返せ」
「わ、分かった!」
「事情はわからんがあの剣を使おうとしてるとこを見ると、これからとんでもないことでもするのだろう。お前が悪いことをする奴には見えん。だから、こうした」
「…何を言いたいんですか?」
「まあ、頑張れと言うことだ」
「そっか、ありがとう。うん、俺、頑張る」
イストはリアレット武具店を後にした。剣を整備しようと思ったのは決してリリーのためではない。イストは本心からこのままここで暮らしてたいと思っている。でも、きっとそうも言ってられなくなりそうだと思った。イストの予感はよく当たるのだ。いざという時、使えるように整備しただけだ。そう自分に言い聞かせるのだった。




