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いつもはたまたま会うだけで、自分から会いに行くのは初めてだった。
妙な緊張感がある。
もしかすれば、俺が知らないだけで、『三波千和』という男子生徒は、実は女子生徒ということも——と考えたがすぐにやめた。
そんなはずがないのだ。
連れションだってしたし、そもそも、男だということを本人に確認したことだってある。
「……」
図書室の前にやってきて、どう入れば良いのかがわからなくなった。
「ノックするのか? 職員室とかと同じで」
図書室といえば静かなイメージだが、誰かが入ってくるたびにコンコン音がなるのはおかしい。
では、ノックはなしである。
「……」
扉の開け方を考えなければ。
引くのか、押すのか。
「なにしてんのよ。数馬くん」
「うぎ……」
良いタイミングで出てきた。
いなかったらいいのにと考えていなくもなかったが。
「三波、その、話がだな……」
「な、なに? 言うならパッと言って」
「なんというか……ここでは話しにくいというか……」
「……わかった。屋上でいい?」
やけにすんなり受け入れてくれるのは、さすがというところか。
ただ面倒だからさっさと終わらせようとしているだけなのか。
「……」
本を抱えたまま、三波千和は歩いていく。
後ろを付いていくと、ぴたりと階段を前にして止まった。
「ん」
視線で促されて、俺は先に階段に足をかけた。
この学校のスカートはやけに短いから、見られてしまうのが嫌なのだろう。
「……?」
「ちょっと、早く上がってよ。誰かに見られたらどうするの」
「あ、ああ。悪い悪い」
なにか引っかかることがあったような気もするが。
「だれもいなければいいが」
扉を開けると、途端に視界が広がった。
日が傾き始めて、空は赤みがかかり始めている。
安全のために設置された、無機質な金網が浮かんで見えた。
「で、話ってなに?」
「お、おう」
三波と向き合う。
じっと、三波の顔を見つめた。
男にしては長めの肩まで伸びた黒髪と、男にしては珍しい華奢な体。
そして、男にしては珍しいスカート。
「……」
「なに」
「ふ、ふは。なんでもない」
緊張する。
告白するのは文太じゃないか。
俺が緊張するのはおかしい。
「文太って、わかるか?」
「……なによ。文太がなに?」
急に不機嫌そうになる。
「あいつ、お前の幼馴染なんだってな」
「そうよ」
知っていることを聞いてどうするんだよ。
そもそも、三波に話しにきたはよかったが、なにを話せばいいのかが全くわからない。
聞けばわかるって、なにを聞くつもりだったんだ俺は。
「み、みみみみみみ三波は文太のこと好きか?」
言ってはいけないことを言ってしまう。
「嫌いよ」
言われてはいけないことを言われる。
「……」
「……」
なんとも言えない空気が流れる。
何も言えない空気というか。
「じゃ、それだけだ」
「え?」
だから俺は逃げることにした。




