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「文太」
部室に戻ってきた俺は、部長と腕相撲をしている文太に言った。
「み、脈ありだよあれぇ! きっと三波オッケーくれるよ!」
「そうか。行ってくる!」
「待てい!」
迷わず飛び出そうとする文太を引き止める。
「数馬。例えばだ……」
文太は俺の肩に手を置いて言った。
「柵が壊れた牧場に、そのまま居続けるブタなんているのか? そういうことだ」
「え」
文太は脇を抜けて走っていく。
「追うの?」
部長が椅子に座ったまま、こちらも見ずに言った。
追いかけなければいけない理由はないし、もっと言ってしまえば
「依頼としては踏み入れすぎか」
「そうだね。だって、文太くんの依頼は『男にしてくれ』なんだもん。自転車に乗れるようになって、告白に行こうと思えるようになった。その時点でもう僕たちの仕事は終わったんだよ。なんでも部の仕事はね」
なんでも部っていうのは初めて聞いた名前だが。
「……俺は、あいつの友達なんだよな」
「どういうこと?」
「そういうことだよっ」
俺は文太を追って走り出した。
応援したっていいじゃないか。
「全く。困った人たちだね」
部長は格好つけて呟いた。
「おい」
文太を追って走り出した俺は、部室を出て数メートルのところに倒れている文太を発見した。
「うぇっ。吐きそう」
「なんだよ。告白にいくんじゃなかったのかよ」
「胸が苦しい。心臓が締め付けられているみたいだ」
「ハムみたいに?」
「そう、ハムみたいに」
うまく返せないくらい余裕がないらしい。
「全く。うちの部員のことも心配だし、僕もおいかけようか——ヒィッ! まだいるぅ!」
部室から出てきた部長が声を上げた。
恥ずかしそうに頬を染めている。
「文太、それは緊張ってやつじゃないのか?」
「緊張すると人の心臓はハムになるのか……?」
「え、なにそれこわい」
部長は黙っていろと視線で促す。
なにを思ったのかウインクで返してきた。
やめろ気持ち悪い。
「どうしよう。オレ死んじゃうのかな」
「死なねえよ。告白するんだろ?」
振られるのがわかっている側とすると非常に辛いのだが。
それでも背中を押さなければ。
「あ」
そこに、ふらりと一人の生徒が現れた。
その生徒は、廊下にべたりと倒れている文太を見下ろして、そしてなにもなかったように彼を踏みつけた。
「うぐっ」
「数馬くん。あのまま置いて行かれた側とすると、あまりにスッキリしなくてね。結局なにだったのか教えて欲しいの」
「三波……」
三波千和は、文太を踏みつけたまま話を続ける。
「文太が一緒にいたのを朝に見てるから、まさかとは思っていたけど。文太のバカな話に付き合ってたの? どうして?」
「た、頼まれたからだよ」
「オレと付き合ってくれぇ! 千和ぁああ!」
「嫌よ」
「それで、なにを頼まれたの?」
「あ、いや……」
いまさらりと文太振られなかったか?
「ははっ」
「いまそこ笑うところじゃないよ。数馬」
なんでお前に指摘されなきゃならんのだ。
部長は味方ではないらしい。
「それでまさか、文太が私に告白しようとしてたのを手伝ったってこと?」
「そうなるな」
「それってつまり」
三波はそこでため息をついて、文太を起き上がらせた。
制服の乱れを直してあげている。
「文太。文太には私よりもっといい人がいるから」
「いや、オレには」
「文太には……私は重すぎるよ」
文太の背中を押して、そして、廊下の先に立っているだれかを指差した。
遠目では、その生徒が女子生徒であることしかわからないが。
女子生徒は背を向けて、逃げるように走り出した。
「ほら、文太追いかけて」
何度も振り返りながら、文太は走っていく。
三波は最後までその姿を見送って、ほっと息を吐いた。
何か彼に声をかけなければならない。
そう思うだけで、俺は結局三波になにも言えないでいた。
表情をしっかりと見たわけではないが、振り返る彼の複雑な作り笑いに、俺も似たような笑みを返す。
じゃあ、と一言残して帰っていく三波を追いかけようとすると、部長が腕を掴んで止めてくる。
やはりなにか、彼に言わなくては――。




