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黄金色の采配

 



 波瑠はるは信じられないセリフをシェリルの口から聞いた。隣にいるカレンにはこの展開は大方予想がついていたらしく、下唇を軽く噛んでいる。


「シェリルさん……? 何言ってるんですか? 貴女のせいで世界が滅びかけて、それをカレンは救ったんですよ?」

「……無駄よ、ハル」


 カレンが制止をかけるが、波瑠には全く理解出来ない。この期に及んでカレンをどうこうしようとは、シェリルは身勝手にもほどがある。仮にも国の主を守る立場の人間のやることではない。

 シェリルは銀色の髪を揺らしながらカレンを睨みつけた。


「……死ねばよかったのに」

「お生憎様あいにくさま

「これじゃ貴女に苦しみを味わわせられないじゃない! 貴女なんか死ねばよかった。さもなければ、こんな世界消え去ればよかったのよ!」


 何がそこまでシェリルを突き動かすのか。それこそ、カレンが吸血鬼を憎んでいたくらいの黒い怒りがある。

 シェリルの激しい怒りを一身に受け、それでもカレンは冷静だった。聞き分けのない子供を諭すように話す。


「私は国を出ることになるわ。吸血鬼じゃないってことの証明は出来ないし、出来ない以上姫様の側にはいられない。それじゃ不満?」

「ダメよ。全然足りない。そんなんじゃ私が受けた苦痛には遠く及ばない!」


 カレンが思案顔で考え込む。カレンは先の戦闘で心身ともにかなり疲れている様子だし、ここで捕まるわけにはいかない。ついでに、出来ることならわだかまりは解消して欲しかった。

 カレンは何かに思い至ったように顔を上げる。


「シェリルアンタ……もしかして姫様のこと……」

「なっ!?」


 クールなシェリルが明らかな動揺の色を見せた。白い肌に朱が差したのも見逃さない。


「だから、私が姫様と仲良くしてるのが嫌で、そんなに私のこと嫌うんでしょ?」

「……っ」


 シェリルは頬を朱に染めたまま悔しげに唇を噛みしめた。副隊長は何を思うのだろう。


 それは、禁断の恋だ。波瑠は恋愛を性別など関係ない自由なものだと認識しているが、それはあくまで一般的な身分の話。

 国を預かる身分の人の結婚相手はかなり高い位の人物、しかも必ず異性でなくてはならない。王家にとって結婚とは恋愛ではなく、血を絶やさない為の行為なのだから。


 これが誰かの脚本なら身分違い、性別の壁を越えた大恋愛劇として見られるが、そうではない。この恋は、絶対に叶えてはいけない。国に住まう民達の為にも。


 それが解っているから、シェリルは想いを秘匿してきた。堅物過ぎる人物として、自分自身を律してきた。そうしないと、間違いを犯してしまいそうだったから。


「……そうよ」


 シェリルはわなわなと震えながら答える。


「私は姫様のことが好き……解ってるわよ! それが許されないことも! 貴女を恨むのもお門違いだってことも!」


 シェリルは頭がいい。理屈や理性で感情を抑え込むことの重要性も、もしも負けてしまった時には取り返しがつかないことも解っている。

 だが、解っているかと、納得いくかは別の話。


「だけどどうしようもないじゃない! 姫様が貴女の話をする度に胸が痛くて、姫様が貴女と親しげにしてるのを見る度に嫉妬が抑えきれなくなる! 私が一番愛してるのに! 姫様は貴女ばかり見て……っ」

「シェリル……」


 カレンが一歩を踏み出す。一歩、また一歩。躊躇うことなくシェリルに歩み寄る。

 波瑠もそれを止めることはしなかった。


「悪かったわ。アンタが悩んでたことに気づけなくて」

「来ないで! もう遅いのよ!」

「でも、今なら私にも解る」

「貴女なんかに何が解るのよ!」


 傷ついた心を吐き出すシェリルを、カレンはそっと抱きしめた。

 もしかしたらそれは、不器用なカレンなりの精一杯の表現なのかもしれなかった。言葉では伝えられない心が、その抱擁には詰まっている。


「解るわよ。私も、同じことを思ったから」

「なに、を……」

「好きな人を誰かに盗られるの、ムカつくわよね。そんな気持ちを何年も溜め込んでたら、そりゃ私のこと殺したくもなるわよ」


 シェリルの頬を雫が伝う。それは一筋の線を描き、しかしそれ以上溢れ出ることはなかった。


 その光景を見ながら、波瑠はティファの言っていたことを思い出す。シェリルは意外と融通が利かず、視野が狭いと。そんなこと、シェリルをただ見ているだけでは絶対に解り得ない。シェリルと真剣に向き合おうとしていたからこそ、ティファはそれを見抜けた。


 きっとシェリルは、ティファを想うあまりそれに気づけなかった。ティファも、きちんとシェリルを見ていたことに。


「けど、私はまだ死ぬわけにはいかない」

「……嫌よ……」


 シェリルは頑なだった。カレンを殺そうとはしないが、芽生えてしまった黒い嫉妬の芽は既に花を咲かせてしまっている。

 何年も何年も蓄積されたそれが、嫉妬している相手に共感された程度で消えるはずがない。


「お話は聞かせてもらいました」


 そこへ、幼さの残る凛とした声が響く。


 波瑠の視線の先から聞こえた思わぬ声に、カレンもシェリルも驚きを隠せない様子で声の主を見やる。


 金色になびく髪。小学生かと思う小さな身体。そして、身体のサイズに似合わぬ圧倒的な存在感。


「シェリル。貴女のせいで世界が滅びかけた、とはどういうことか、詳しく説明しなさい」


 姿を見せたのはアストリアの女王。通称姫様。ティファ・カンナベル・アストリアだった。


「ひ、姫様……?」


 シェリルの顔が驚愕の色に染まり、後ろめたさに震える。

 しかし、驚いたという点に関してはカレンも波瑠も同じだった。一応背後にはアイリスとリイナが控えているが、まさか話題の本人が登場するなど全く予想していなかった。


「シェリル。わたくしは説明しなさいと言ったのです。早くしなさい」

「私はただ! 姫様のお側にずっと置いて頂きたくて……」

「シェリル」


 どちらかと言えば幼い声なのに、恐ろしい怒気を含む響きだった。顔は微笑を崩さないのがまた怖い。

 名前を呼ばれただけにもかかわらず、シェリルはビクリと肩を震わせた。


「このわたくしに、同じことを三度も言わせるつもり?」

「ひっ!?」


 シェリルは完全に怯えきっている。実年齢はともかく、見た目だけなら子供なティファが大人っぽいシェリルを萎縮させている構図。


 よく見るとリイナも震え上がっているし、アイリスの苦笑いも少し固い。カレンも固唾を飲んだように固まっていた。


 少しだけシェリルが可哀想になり、波瑠はおずおずと口を挟んだ。


「あの、姫様? その件はカレンが解決してくれましたし、あんまりその、シェリルさんを厳しく罰したりは……いえもちろん、僕が口を挟むことじゃないのは解ってるんですけど」

「……ハル様」

「はぃっ!?」


 全く要領を得ない波瑠の見切り発車。ヤクザもかくやという凄みのある笑顔が波瑠に向けられる。


「わたくしはシェリルに訊いているのです。……この意味、お分かり頂けますね?」


 怖すぎて声が出なかった。狂った赤べこのようにぶんぶんと首を振り、事なきを得る。

 カレンがチラリと波瑠を見る。あれはバカを見る目だ。


 シェリルは項垂れながら、自らの犯した罪を自白した。

 カレンも姫様もアイリスもリイナも同情はしない。ただ黙って懺悔を聞き届けるだけ。国の主の側にいながら世界を傾倒させかねないことをしたシェリル。それが許されないことで、私情を挟む余地も情状酌量の余地もないことは波瑠でなくても解ることだ。


「……なるほど。事情は解りました」


 一通りの説明を聞いた姫様がシェリルにかけた言葉はそれだけだった。そのままカレン、そして波瑠に目を移す。


「今のシェリルの発言に虚偽はありませんか?」

「ありません。シェリルは知らないようですが、イクリプスという男は吸血鬼の祖でした」

「僕もカレンと同じように思います」

「では、ハル様にお聞きしますが」


 ティファは人形のように小さな手で口元を押さえ、コホンとわざとらしい咳払いをしてみせた。

 非常に愛くるしく、波瑠はティファからある種のカリスマ性を感じた。思わず従いたくなるような、守ってあげたくなるような、そんな魅力。やはり幼い見た目がいいのかもしれない。


「シェリルを、どのように処罰するべきだと思いますか?」

「は?」

「ハル様がお決め下さい」

「いや、何で僕……?」

「ふふっ♪」


 理由を話す気はないらしく、ティファは可愛らしく微笑むだけだ。


 シェリルは重罪人だ。彼女のしたことは、何があっても許されることではない。しかし、それは姫様をカレンに盗られてしまうのではないかという不安から起こしてしまったことで、波瑠の中に同情心がないわけではない。


 裁判員はこんな気持ちでやってるのだろうか。私情を挟んではならないとは思うが、しかし波瑠はこの国の法を知らない。


 詰まりかけた波瑠の脳に、ナイスアイデアが舞い降りた。


「姫様。僕の提案、覚えていますか?」

「はい。もちろんです」

「あの時は答えを聞けませんでしたが、今答えを聞かせてもらっても?」


 以前、カレンを救う為にティファにした提案。それは、


「カレンと共に他国へ逃れ、吸血鬼でないことを証明する証拠を探す……わたくしの答えは、イエスです」

「ありがとうございます」


 正直、波瑠の頭がその場しのぎのように思いついた提案に過ぎなかった。あの時は現実味はなかったろうし、仮に出来てもティファに多大な負担をかけるのは間違いなかった。


 今となっては、カレンと共に国を出るというのは、少し別の意味を持つことになる。


「カレンさえ良ければ、さっき僕が言ったように、僕と各国を回って欲しいんだけど……」

「私はいいわよ。ハルは私の恩人だし、それに…………ハルが私を選んでくれたわけだし」

「え? ごめん、最後の方よく聞こえなかったんだけど」

「な、なんでもないわよ!」


 ティファには聞こえていたのか、さっきまでより少しにこやかになっているような気がした。

 が、気を取り直してシェリルの件について続ける。


「カレンを僕が連れ出してしまうと、吸血鬼殲滅騎士ヴァンプ・キル・ナイトの戦力が落ちます。その上でシェリルさんもいなくなってしまうと、危ないのではないですか?」


 イクリプスは先ほどカレンが倒し、今は再び力を失って封印されている。だからこれは半分以上こじつけだ。

 波瑠の思いつきはその場しのぎばかりだと、彼自身が痛感している。


「ハル様の仰る通りです。カレンとシェリルを同時に失ってしまうと、アストリアの守りは不安です。ええ、とっても不安です」


 わざとらしいオーバーリアクションで不安アピールをするティファ。眉尻も下げ、誰の目にも明らかな困り顔を見せている。政治的に必要なスキルなのだろうか。


「ですから、シェリルを投獄してしまうとカレンを渡すわけにはいかなくなってしまいます」

「だから、シェリルさんは許してあげて欲しいんです」


 甘過ぎると思う。しかも、波瑠は外国人どころか異世界人だ。そんな人物に国の信頼に関わる大事を任せるなど本来あり得ないこと。国民にこんなことが知れたら、ティファの信用は地に落ちるだろう。


 波瑠の采配に乗っかるなど、百害あって一利なし。

 だが、ティファは微笑みを崩さなかった。


「ハル様がそう仰るなら仕方ありませんね。アストリアにとっても大きな損失になりかねません。ええ、仕方ありませんもの。シェリルには引き続き副隊長、いえ、隊長として責務を果たしてもらいましょう」

「姫様……? 私をお許し下さるのですか……?」

「まさか。大事に至らなかったとはいえ、大罪人を無罪放免というわけにはいきません。ですから」


 ティファはシェリルを見て、それからアイリスを見て、リイナを見て、最後にカレンを見た。カレンは一つ、頷きを返す。


 それを見て、ティファはシェリルに向けて一際大きな笑みを向けた。


「シェリル。貴女は一生わたくしに仕えなさい。その命も、心もわたくしに捧げなさい。拒否権はありません」

「ぁっ……ひめ、さ……ま……!」


 少し変わった形の終身刑、といったところだろうか。罰になっていないようにも思うが、なんであれ、幸せになるのならそれが一番だ。


「姫様はすごいよね。シェリルさんの気持ちを聞いてたはずなのにあの余裕だもん」

「当たり前よ。私と同い年なのに国を治めてるのよ?」


 若くして国を治めることになったのには何か大きな理由があるはず。姫様には姫様の苦労があったはずなんだ。


「ところでカレン」

「何よ?」

「カレンにも好きな人がいたんだね」


 シェリルに対して放った「好きな人を誰かに盗られるの、ムカつくわよね」という言葉。カレンに好きな人がいるのは、如何に鈍感な波瑠でも解ろうものだった。


 カレンは指先を合わせてくるくるしている。


「ま、まぁ、一応……向こうは気づいてないみたいだけど」


 カレンは、やっぱり年頃の女の子だ。恋をすることだってある、可愛らしい女の子。


 自分から振っておいてなんだが、波瑠はそんな乙女に対してどんな言葉をかけるのが正解なのか知らない。無難な言葉をチョイスすることにする。


「そっか……早く気づいてくれるといいね」

「……そうね」


 あれ? 怒ってる? なんで?


 当然、波瑠がどんな言葉を返したところでカレンの機嫌を悪くするに決まっているのだが。


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