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逃げ足道場 外伝 ~昔々、山奥の道場で~  作者: 真宵 駆
◆第一章◆ 仙人の眠る場所

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◆70◆

「ほう、面白そうじゃな」


 そう言ってから、不意にセンガ老人はレットの足下に滑り込み、その左足首を外側から思いきり蹴った。


「ぐぉっ」


 熊が苦痛に顔を歪めて、変な悲鳴を上げる。しかし、その構えは全く崩れない。


 センガはすぐに飛び起きて、熊から離れた。


「今のをモロに食らって倒れんとは、我慢強い熊じゃのう」


 熊は何も言わず構えたまま、じりじりとセンガ老人に近寄って来る。


 センガは、左の方から熊の背後に回り込もうとした。


 ゆっくり動いていた熊が、さっとセンガの前に立ちふさがる。


 すぐさまセンガは反対側に回り込もうとする。


 が、熊も同時にその方向に移動し、その巨体でセンガの動きをブロック。


 その後も熊は、センガが右に動けば右に、左に動けば左に素早く移動して、相手が背後に回り込むのを阻止しながら、なおかつじりじりと前へ進んで行く。


 自然、熊が向かって来る速度で、センガ老人も後退を余議なくされる。


 それはまるで、熊がその正面に大きな壁を作り、それを少しずつ前方に押し出している様にも見えた。


 熊の作る壁。


 熊壁。


「昔やったRPGに、あんなモンスターがいたな」

「壁がゆっくり迫って来る奴か。すぐ全滅させられるから、トラウマだった」


 なぜか一部の門下生達が、少年の頃に遊んだゲームの話題で盛り上がっている。


 それはともかく、このままではいずれ、センガが稽古場の端まで追いやられる。


 そう察した、センガの後方で見ていた門下生達は、試合の邪魔にならぬ様にそこから離れた。


 そのぽっかり空いた稽古場の壁際に、センガは少しずつ追い込まれて行く。


「ワシの身動きを封じてから、一気に潰す気じゃな」


 センガは素早く左右に動き、突きと蹴りを熊の体のあちこちにぶち当てる。


 熊は必死になってそれに耐えつつ、それでもセンガが自分の横から後に回り込む事だけは許さない。


 センガは反撃して来ない熊に対して大胆になり、さらに多くの鋭い打撃を加えて行く。


 それでも熊は耐え続ける。ただし、顔面と股間を結ぶ、人体の急所が集中する縦の線だけは、両手で徹底的に防御していた。


 そうこうする内に、耐えに耐え抜いた熊壁の前進運動により、センガはもう一歩で背後の壁に届く場所にまで追い込まれていた。


 いよいよ、熊による老人の虐殺ショーが始まる。


 と、門下生達が思った瞬間。


 センガはにやりと笑い、


「甘いわ」


 言うや否や、後向きに背後の壁を駆け上がり、あっと言う間に天井にまで達してしまった。


 熊が驚愕の表情で、それを見上げる。


 そして、次の瞬間には、センガはさらに後向きのまま天井を走り、熊の頭上を通り過ぎて行く。


 まるで、足が天井に張り付いているかの様に。


 熊が構えを解いてそちらを振り向いた時、既にセンガは天井を蹴って熊に飛び掛かっていた。


 熊の顔面を右手で掴み、落下する勢いを利用して、その巨体を背後に倒し、そのまま後頭部を床に叩き付け――


 いや、良く見ると、叩き付けてはいない。


 センガは熊の後頭部と床の間に、自分の右足を素早く差し込んで、衝突を防いでいた。


「どうじゃ、まだやるか?」


 熊の顔を上から覗き込みながら、センガが問う。


「ま、参りました」


 センガ老人は、敗北を認めた熊の顔から手を離した。


「はっはっは。品の無い戦い方なら、ワシの方が上じゃ」


 ひどい勝ち誇り方だった。

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