◆6◆
ヴォーンと一時間程話をした後、センガ老人とギィ青年はプレハブ小屋を出て、門下生達が鍛錬をしている所までやって来た。
「おーい、みんな、ちょっと手を休めて、ワシの話を聞いてくれんかの」
老人が大声で言うと、門下生達は各々の怪しげな動作を止めて、そちらを注目した。
「ワシの名はセンガ・イー。今日から、ヴォーン道場の門下生じゃ。以後よろしく頼むぞ」
それを聞いた、いずれもそれなりにヤバそうな武芸者の風貌をした門下生達が、わらわらと無言で集まって来る。
路地裏で怖い人達が一般人を囲んで脅し上げる様な感じで、二人の周囲に群がり、
「打撃系か? 組技系か?」
「流派は? どこの道場だ?」
「ここに乗り込んで来るからには、腕に相当な自信があるんだろうな?」
センガ老人を無視して、ギィ青年に一斉に質問を浴びせ始めた。
「おいこら、お前ら人の話はちゃんと聞け。入門したのはワシの方じゃ。そいつはただの従者じゃ」
門下生達は質問をやめて、抗議するセンガの方に視線を移した。
枯れ木を寄せ集めて作った小さな民芸品の様なこの老人を、頭のてっぺんから足の先まで、疑わしげにじろじろと見てから、彼等の一人がギィに向かって、
「兄ちゃん、もしかしてこのじいさん、かなりボケてんのか?」
嘲笑や挑発でなく、心底心配する様な口調でそう聞いた。
「誰がボケ老人じゃ。失敬な奴め。少しばかり年はとっておるが、まだまだお前らに負けはせん。どうじゃ、ワシと一手勝負するか?」
センガが自信たっぷりな様子で言うと、
「やっぱりボケてるな。こりゃ、兄ちゃんも大変だな」
ものすごく憐れまれてしまった。
「いえ、違う、そういう、訳では」
たどたどしい言葉を並べて反論しようとするギィを、センガは制し、
「もういい。こいつらに何を言っても、無駄な様な気がしてきた。ボケ老人でも何でも好きな様に呼べ。そんな事より、大事な話があるんじゃがの」
「じいさん、あんまり長くやられると、修行の邪魔なんだが」
「修行か。お前ら、こんな修行をやりに、わざわざここまで来た訳じゃなかろう」
「どういう意味だ?」
「『勇者』ヴォーンに弟子入りを決心した時、まさか、こんな何も無い山奥に放置されるとは思わなかったじゃろう、と言う事じゃ」
「ああ、ヴォーンから話を聞いたのか。確かに期待外れだったよ」
「ここに来ても、大半はすぐにやめて帰っちまう。だが、俺達は諦めが悪い方なんでな」
「山籠りも悪かねえ。武芸だけに集中出来るからな」
そう言う門下生達に対して、センガ老人は頭を横に振り、
「お前ら、詐欺に遭っても気付かないタイプじゃな」
「何だと。しかし言われてみれば、確かに道場詐欺だな、ヴォーンの野郎」
「これこれ、仮にも師を野郎呼ばわりするな。師は師でも詐欺師かも知れんがの。まあ、ワシはそんなお前達に、良い話を持ってきた。ここに屋根のある稽古場を建ててやろうと言うのじゃが、どうじゃ?」
「そりゃ、あれば助かるが」
「費用は全部ワシが出す。既にヴォーンに許可は取ってある。そこで、どんな稽古場にしたいのか、お前らの意見も聞きたい」
「マジか、その話」
「大真面目じゃ」
センガは、近くに落ちていた棒切れを拾い上げ、地面に線を引き始める。
「こんな感じで、道場主の住居と稽古場を別々に建て、間を渡り廊下でつなぐ。別々にするのは、改築も別々に出来るからじゃ。稽古場の方は門下生の数によっては、広くする必要も出て来るからのう」
門下生達は、センガの話に少し興味を惹かれ始めた。
「山籠りも結構。しかし、碌なトレーニング機器も無い状況では、色々やり辛かろう。お前らだって、サンドバッグとかあった方がいいじゃろ?」
サンドバッグと言う単語に、門下生達が反応して、ピクッとなる。
「他にもベンチプレス一式」
ピクッ。
「各種ダンベル」
ピクッ。
「打撃用のミット」
ピクッ。
「投げ技用のマット」
ピクッ。
こうしてトレーニング用具の名前を羅列するだけで、センガは徐々に門下生達を話の虜にしていった。