◆5◆
センガ老人は旅行鞄から、「処方薬」と書かれた、大きな白い陶器の徳利を取り出した。
「文字はアレじゃが、中身は中々の高級酒じゃ。一杯やらんか?」
「申し訳ありませんが、私は酒をやりませんので」
ヴォーンはにべもなく断った。
「なんじゃ下戸か。こいつと同じじゃのう。従者も呑んべぇじゃと、旅先で主従共に酔い潰れて危険じゃによって、あえて呑めない人間を選んだんじゃよ」
センガは、ギィ青年を指差して言う。
「温かい麦茶なら、すぐ用意出来ますが」
「じゃ、それを頂こうかの」
ヴォーンは、小さい食器棚から湯呑茶碗を三つ取り出し、魔法瓶から麦茶を注いで、ちゃぶ台に置いた。
「にしても、道場と言っても野天道場じゃったとはの。しかも、道場主たるお前さんが、全く指導をしてないと聞いたが」
「この山全体が道場です。それと我が道場では、門下生の自主性を重んじる方針を採用しています」
「聞こえはいいが、要は単なるほっぽらかしじゃな。まあ、そういうのも嫌いじゃないが」
センガは麦茶を一口飲んで、
「あれでは、お前さんの武名に憧れて集まった門下生達が、ちと可哀想じゃないかの。ただの隠遁生活が目的じゃったら、何故、道場なんぞ開いた?」
「こんな山奥の僻地なら、道場を開いても誰も入門しに来ないだろうと、高を括っていたもので。それでも結局来てしまいましたが」
「お前は職業安定所のダミー求人か。しかしまあ、確かにここは、隠遁するには持って来いの閑静な場所じゃな」
センガは窓から外を見た。生い茂る木々の緑がすぐ目に入る。少し考えた後で、
「決めた。ワシもここに入門する」
そう言うセンガを、ギィ青年が驚いた顔で見た。しかしヴォーンは顔色一つ変えず、
「どうぞ、ご自由に」
「月謝はいくらじゃ?」
「払えるだけで結構です」
「物納でも構わんか?」
「構いません」
「ならばワシの月謝は『道場』そのものじゃ。ここに本格的なのを建ててやる」
ギィは益々驚いて、これには流石に度肝を抜かれるかと、ヴォーンの方を見れば、
「それは面白いですね。では、どんな道場にしましょう」
まるで、日曜大工で犬小屋でも制作するかの様な、軽い調子だった。