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「いつかヴェレはあんな事を言ってたけれど、アリッサはまだまだ色恋の段階には程遠いわね」
クリスはそう言いながら、アリッサからスリッパを取り上げた。ちょっと目を離した隙に、玄関まで這って行き、そこにあったスリッパを手に取って口にくわえようとしていたのである。
「めっ。そういう事をしてると、リーガ君に嫌われちゃいますよ。どうして、赤ちゃんってスリッパが好きなのかしら」
そこへヴォーンが通りがかり、そんな妻子の様子を眺めながら
「私が子供の頃飼っていた犬も、スリッパが好きだった」
としみじみと言った。
「犬と一緒にしないで下さい」
「お手」
クリスの言葉を無視して、ヴォーンはアリッサに近寄ってしゃがみ込み、手を差し出す。
「やめて下さい。せめて、リーガ君みたいに『あくしゅ』と言って下さいな」
「お手」をしようとするアリッサをひょいと抱きかかえて、ヴォーンから引き離すクリス。
ヴォーンは立ちあがって再び手を差し出し、アリッサに人差し指を握らせて、
「では、『あくしゅ』だ。スリッパ」
「『あくしゅ』はいいんですけど、娘をスリッパ呼ばわりしないで下さい」
「ふむ、アリッサよりスリッパの方が良かったかな」
「良くありません。そんな名前を付けたら一生恨まれますよ」
「そうなのか? アリッパ」
「誰ですかそれ」
「やはり、アリッパよりスリッパの方がしっくり来る」
「アリッサはどこへ行ったんです」
「アグリッパと言うと強そうだな」
「昔、そんな人もいた様な気がしますが」
「まあ、冗談だ。娘の名前を今更変える訳にもいかない」
ヴォーンはアリッサから手を離し、その小さな肩をぽんぽんと優しく叩いた。
「あなたは冗談を真顔で言うから、困ります」
クリスはくすっと笑う。
「愛称ならどうだろう。本名はアリッサだが、呼ぶ時はスリッパと」
「いい加減、スリッパから離れて下さい」
しつこいヴォーンだった。




