◆26◆
「この泥棒猫! 夫を返して!」
昨今、昼のドラマでもあまり聞かなくなった台詞を叫びながら、錯乱したヴェレが居間に突入して来た。
ヴェレはセンガ老人の胸倉をつかもうとしてやっきになったが、不世出の達人と謳われたセンガは易々とその手を捌き続け、結果、止めに入ったザントの顔面に、ヴェレの裏拳がクリーンヒットする始末。
「あなた! しっかりして!」
引っくり返ったザントの身を案じてすがりつくヴェレ。倒したのもヴェレだが。
「見事な一撃じゃったのう。いっそお前さんも入門せんか?」
センガは愉快そうに笑った。
「あまりふざけないでください、センガさん。ヴェレ、あなたも少し落ち着いて。とにかく、医務室へザントさんを運びましょう」
隣の部屋から逃げたヴェレを追って来たクリスが、ザントを助け起こそうとすると、
「いえ、これ位大丈夫です。大した事はありません」
ものすごく痛そうな顔で、ザントはそれを断った。
その後、クリスの提案により仕切り直しが行われた。
混乱しているヴェレを居間から出来るだけ遠去け、センガがふざけ過ぎない様に、お目付け役としてギィ青年が同席し、ザントの容態が回復するのを待って、話し合いが再開される。
「ワシも百年近く生きておるが、人妻から『この泥棒猫!』と呼ばれたのは、これが初めてじゃ」
そう言って、センガ老人はさもおかしそうに笑う。
「妻が大変失礼しました。どうかお許しください。実は妻の反対を押し切って、ここに来たのです」
ザントが申し訳なさそうに言う。
「ああ、奥さんから聞いとるよ。じゃが、今ので分かったろう。要は、お前さんをこの道場に取られる様な気がして心細かったんじゃよ」
「はあ」
「お前さん達は、周囲の反対を押し切って一緒になった仲なんじゃろ? 無理を通した分だけ、『この結婚がうまくいかなかったらどうしよう』という不安が大きくなるのは当然じゃ。心に余裕が無くなり、失敗を過度に恐れる様になる。その結果がアレじゃ」
「そうかも知れません」
「お前さん、浮気でも発覚しようものなら、問答無用で刺されるぞ。その意味でも武芸の修練を積んでおくことは、正解かも知れんのう」
「流石にそういう冗談は失礼です」
すかさず、ギィがセンガに釘を刺した。




