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「じいさん、着いたぞ。ここがランナウェイ村だ」
長い山道を抜け、少し開けた集落に出た所で、運転手の男はトラックを停め、荷台の方を振り返って声を掛ける。
そこには、積まれた木箱にもたれて、異国風の服を着た小柄な老人と細身の青年が座っていた。
二人はそれぞれ自分の旅行鞄を掴み、そのまま、ひょい、と荷台から軽やかに飛び降りて、運転席の横に来る。
「ああ、ありがとよ。随分寄り道させてしまって、すまんかったな。これはお礼じゃ」
そう言って老人が窓越しに差し出す十枚の高額紙幣を見て、運転手は困惑した表情で、
「こんなにいらねえよ。じいさん、旅は何かと入り用だろ。ガス代だけでいいから」
老人は、渋る運転手の手に無理やり金を握らせて笑い、
「はっはっは、心配するな。こう見えてもワシは、百万人を超える弟子を持つ拳闘術の名門の出じゃ。路銀は十分ある」
運転手は目の前に立つ小柄な老人を、頭のてっぺんから足の先まで見て、
「まあ、年取ると縮むって言うし。昔は強かったんだろうな。昔は。じゃ、その名門に敬意を表して、これはありがたくもらっとくけど、じいさん、見知らぬ奴に、自分が大金を持ってるなんて、うかつに言わない方がいいぜ。どんな悪い奴がいないとも限らないからさ」
「はっはっは。ここはそんなに治安が悪い村なのか」
「いや、村人は善良そのものだ。けど、気を付けるのに越した事はないってことだよ。ヴォーンの道場目当てに、よそから来てる様な、見るからに悪そうなのもいるし」
「ああ、道場までの道は、そいつらに聞くとしよう。ちょうどそれっぽいのが向こうにいる」
見ると、体格が良いが、身なりのだらしない若者が、百メートル程先をぶらぶらと歩いている。
老人と青年はトラックの運転手に重ねて礼を言うと、そちらの方へ軽い足取りで向かって行った。