◆12◆
センガ老人は、茶を一口啜って、ギィ青年と自国語での会話を続ける。
『あの変人を仕留め、もとい心を射止めただけあって、かなりの猛者かと思いきや、深窓の令嬢らしい。さる大手製薬会社の次女と言う話じゃ。家業の方は兄達が継ぐ予定じゃから、こちらに嫁に来るに当たっては何の支障もない。しかし』
『何か?』
ギィは、心配そうな顔をするセンガ老人に、話の続きを促した。
『あまり体が丈夫ではないらしい。製薬会社の娘が病弱とは、世の中皮肉に出来ておる』
『まさかとは思いますが、ヴォーンさんが結婚を急いだのも』
『吉事を前に不謹慎な事を言うなたわけが、と言いたい所じゃが、その可能性も否定できん。ただ楽観的に考えるならば、病弱じゃからこそ、静かで空気の良いこの山奥で、早く静養させてやりたいのかも知れん』
『そちらであって欲しいものです』
『そうなると、門下生達には、もっと静かに稽古させなければならんのう』
『そこまでする必要はないでしょう。第一、それでは稽古になりません』
ギィは軽く笑って言う。
『冗談はともかく、もっと山道は整備しておいた方がいいかも知れんの。子供の足でも、楽に来られる位に』
そこで一旦会話は途切れ、二人は黙々と茶を啜る。
穏やかな風が吹き、回りの木々の枝葉を揺らした。
『結婚なんぞ、ワシにとっては遥か昔の思い出じゃ。ばあさんも、とうの昔に死んでしまったし。第一、アレは完全に政略結婚じゃった。何も手を打たんと、いずれお前もそうなるぞ』
『それも家名を背負う者の務めの一つです。別に問題はありません』
『いい若者が変に冷めとるのう。胸を焦がすような恋がしたいとか、定められた決め事に反逆してやりたいとかないのか、お前は』
『当時、そんな事を思っていたのですか?』
『いや、ワシの頃は名門でなく普通の家でも、結婚なんてのは、当人の意志より周囲の都合で決まることが多かったからのう。ぶっちゃけ、どうでも良かった。ま、ばあさんはあんまり器量の良い方ではなかったが」
とその時、突風が吹き、センガの頬に一枚の枯葉が、ぴしゃりと張り付いた。
『怒られましたね』
ギィはそれを見て、さもおかしそうに笑う。
センガはその枯葉を指でつまんで、じっと見ながら、
『まったく、気の短いババアじゃ。人の話を最後まで聞かんと、手を出しおってからに。ワシはこう言いたかったのじゃ。「あんまり器量の良い方ではなかったが、それでも非常に気だての良い娘じゃった」と』
センガがそう言い終えると、不意につむじ風が起こり、数枚の枯葉がセンガの顔に、ぴしゃぴしゃと叩きつけられた。
『ばあさん、なぜ怒るんじゃ。せっかく褒めてやったのに』
『老師は女心がまったく分かっていません』
『お前にだけは言われたくないわい』
センガは笑いながら枯葉を払い落とした。




