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それから一年後、センガ老人とギィ青年は、完成して間もないヴォーンの道場の縁側で、茶を啜りながら日向ぼっこをしていた。
二人は自国語で話をしている。
『この新居が出来て早々、ヴォーンが嫁を貰うことになるとはのう。どうせ、あやつの事じゃから、結婚なんて面倒くさいものは、当分先の話じゃと思っとったが』
センガがしみじみとした口調で言う。
『隠居所としてしばらく入り浸る予定だったのに、当てが外れて残念ですか?』
ギィがそんな老人に問い掛けた。
『そんなケチなことは思わんよ。隠居所が本当に欲しかったら、この山のどこか良い場所に、もう一軒建てればいいだけの話じゃ。ま、しかし』
センガは、周囲の景色を眺め回して、
『山奥の風情も良いが、ちと寂し過ぎるのが難じゃな。あの寮の様に、賑やかな場所に一度住んでしまうと、特にそれを感じさせられる』
ギィはそれを聞いて、少し笑い、
『仙人修行が聞いて呆れます』
『それは適当にでっち上げた、隠遁する為の名目じゃ。古来我が祖国では、大功を成した人間は、その名利を捨てて、山に入って仙人修行するまでが様式美じゃからの』
『その様な潔さを見せた歴史上の人物など、数える程しかいません。史書の伝える所では、功を成した人間の多くは、その得た物に執着する余り、晩節を汚しています』
『そこへ行くと、あのヴォーンは大した奴じゃ。その気になれば、この国の最高権力者になれたものを、あっさりと隠遁して、この山で自由気ままに生きておる。ちと、自由気まま過ぎるかも知れんが』
『そんな自由気ままな人間が、結婚生活に耐えられるんでしょうか』
『さあ、どうじゃろ。何でもきっかけは、相手の娘さんから来た恋文らしい。そこから文通が始まって、その内に、直接会おう、と言う話になっていったそうじゃ』
『文通とは、今時古風ですね』
『ここには、最近まで電話も引いてなかったから仕方がない。まったく難儀な奴じゃ』




