Chapter3 ―自己紹介―
「……落ち着いた?」
「え、ええ、ありがとうございます」
ふ、不覚だ。まさかあんなに動揺したところを見せてしまうなんて。
女性から手渡された軽装を受け取り、シーツの巧みに使って男の人に肌を見せないようにして着替える。
(どうしてオレがこんな目に遭っているんだ……)
大体、このゲームに強制入場させられた時点でおかしいものがあるけども。起きたらゲームの世界で性別が変わっているという状況は驚いても仕方がないだろうとオレは思う。
「……で、状況を確認するがいいか?」
「あ、はい。大丈夫です」
女性から渡された服が黒のTシャツに紺のショートパンツと言われる軽装だったので、普通に着ることは出来た。スカートとかその辺りの服じゃなくて本当によかったと心から思う俺だった。
その服の裾を引っ張ったりして、体に合うようにしながら男性の話を楽に聞けるように体勢を整える。
「……お前はプレイヤーなんだよな?」
「はい。そうですね」
「現実世界の自分の名前とかを言えるか? 別に今、ここで言えってわけじゃないが」
「ええ、言えます。きちんと名前や本来の性別も覚えてますから」
「本来の性別……?」
ノリで話してしまったけども、こういうのって伏せて話した方がよかったのかな。
でも、これからの生活を考えたら俺一人で解決出来る問題じゃないものも出てきそうだから、言っておいた方がいいか。
「今はこんな成りですが、現実世界ではちゃんとした男なのです」
驚愕の真実を暴露すると、俺の話を聞いていた二人が鳩が豆鉄砲を食らったかのようにきょとんとしていた。
「……あれ、やっぱり信じてもらえませんか?」
「あ、いや、信じていることは信じているんだけどね。ここにも実例がいるから」
女の子の格好をした人が実は男だったんです。なんて言っても信じられないことは普通にわかってましたよ。
「――って、えっ?」
「だーかーら、ここにいるサツキも現実世界じゃあ、女の子だったのよねぇ」
「嘘っ!?」
「本当よ。ね?」
「……ああ」
だから、この人は今の俺の裸を見ても動揺することがなかったのか。動揺した場面が何箇所かあったりもしたけど、それは全部俺関係ではない。いきなり物を投げて、窓ガラスを割ったときも驚くことなく冷静に対処してたし、それ以上に俺ばかりが女になった衝撃で驚いてて。
「……なるほど。少女漫画でありそうな男を演じてるのもそれが原因か」
「ぷっ」
「なんていうか、演じて澄ましてる感がすごくしてたんだよね」
人を落ち着かせようとしているときとかも、慌てふためることなかったし。
目の前で裸の女の子がいたのだから、ちょっとぐらい驚いてくれたっていいじゃないか……。
「あははっ、君って本当にすごいね。そんな簡単に見抜いちゃうなんて」
「あなたがそう言うってことは、本当のことなんだ」
「まぁ、そうね」
俺の予想は何一つとして間違ってなかったってことかな。
ただ、壁に凭れながら俺ら二人に対していらいらしてるような視線を向ける……サツキ。自分を勝手に解釈されているのがイラつくのか、見事なまでにバレてしまったことに対してなのかは不明だが、イライラしているのは確かだ。
「あなたっていうのは他所他所しいから、名前で呼んでよ」
「えっと、アスカさんでしたよね」
「ええ、ちなみに何度か名前を言っちゃったけど、彼がサツキよ」
「……まだ仲間になるとわかったわけじゃないんだろ? 名前を教えてよかったのか?」
イライラしている表情から、俺を疑うような眼差しを向けてくる。
俺は彼に完全には信用されていない。もしくはまったく信用すらもしていない可能性もある。今はアスカさんが仲良くしているから話さないわけにはいかないなといった感じだろう。
「大丈夫よ。彼女はきっと私達の仲間になってくれる」
「……本音は?」
「こんな可愛い子を放っておけるわけないじゃない!! 戦闘に参加しなくてもマスコットとして置いておくのもありだよ」
腕を強制的に引っ張り、俺の体を抱き寄せるアスカさん。
どうにかして脱出しようと一生懸命にもがく俺だが、アスカさんの力に敵うわけもなく振り解くことは出来なかった。
さ、さっきからずっと、その……胸が当たってるからやめて欲しいんですけど。今は男じゃないから大惨事とはいかないが、それでも男だった時期があるだけに余計恥ずかしい気分になる。
「……はぁ。勝手にしろよ」
「わかったー! ってことで、これからよろしくね」
「え、あー、はい。お、お願いします」
アスカさんがそっと手を差し出してきたので、その手を握り締める。
「ところであなたのお名前は……?」
「あ、そうでした。お二人の名前は聞かせていただいたのですが、俺は言ってませんでしたね」
俺としたことがうっかりしていたよ。
自己紹介をしてくれた人に自己紹介を仕返さないのは、なんか後味悪いからね。
「俺は……」
この世界での名前は何になっているのか理解出来ていない俺は、目の前にステータス画面を開き、名前を確認することにした。
ステータス画面には『リン』と書かれており、レベルは『10』ということになっていた。
現実の自分の名前がこっちの世界でも引き継がれていることにツッコミを入れたい気分だったが、今はそれよりも驚くべき事項があったのでそちらに気を取られていた。
(どういうことだ? 俺はこのゲームを一切プレイしていないのに……。なんでレベルが10になっているんだ)
より詳しく今の状態や持ち物を確認していくと、実際に手に入れた記憶のない物まで持っていたし、見るからにレアそうなスキル名を確認することが出来た。
『神の御加護』、それが俺についていたスキルだ。これがどれくらい強いのか、能力がどんななのかはまったくもって予想出来ない。けど、これだけは直感でわかった。このスキルを持っているのは俺だけだということが。
「……どうしたの?」
「あ、いや、俺の名前はリンって言うんだ。よろしくねアスカさん」
ステータスをじっくりと確認していたので、予想以上に時間をかけてしまった。二人に……特にサツキに警戒をされてしまうのはいやだったため、ステータス画面を閉じ、満面の笑みを浮かべながら自分の名前を二人に伝えた。
警戒されないように浮かべた笑顔が悪かったのだろう。
サツキは俺の姿なんか見たくないといったかのように視線を逸らし、アスカは頬を赤く染めながらこちらに向かってよろよろと近づいてきていた。
そして――。
「……リンちゃん、可愛い!!」
「ふにゃっ!?」
ぎゅっと俺が身動き出来ないぐらいに強く抱き締めてくるアスカ。行動がとても素早かったので、避けることも防御することも出来なかった。辛うじて達成したのは、おかしな声をあげてしまったこと。
こんな声をあげたいと思ったことは一度としてないので、喜ばしいことではないな。
「って、そろそろ放してください。……く、苦しい」
本当にアスカの力が強く何をしても無駄だと心では思っていながらも、人形みたいに扱われるのは癪だったので抵抗していたのだが、その抵抗すらも可愛いと思っているのだろうな。さらに力を込めて俺の体を抱いていた
「……さ、サツキ。た、たすけて」
「ごめん。そうなってしまったらアスカは止まらない。とりあえず俺は邪魔になるだろうから、先に出ておくな?」
ちょ、俺はこれから何をされるのさ!?
そんなことを言って出て行かないで、余計にアスカが怖くなってきたから。
「この、裏切り者ーーっ!!」
昼間の宿屋から少女の怒号と悲鳴のようなものが発せられ、それは街一面を覆うように響き渡る。