第十話:過去の理解と現状の不理解
親は幼いころの自分をよく可愛がってくれていたと、ネヨウは思っている。
前世の幼いネヨウは、よく両親に女の子のような可愛い格好をさせられていた。
そして父も母も、いつもその姿のネヨウを見て『かわいい』と笑顔で褒めた。
ネヨウもそれについて悪い気はせず、とても幸せな三人家族だったと思う。
だがネヨウが小学校に入学する前、父は突然の事故死。
それをきっかけに母は豹変した。
幼いネヨウに当たることが多くなり、時には暴力まで振るう。
そうだ、最愛の人が無くなって悲しんでいるんだ、元気をあげなければ、とネヨウは幼いなりに考えた。
だから最後に父と母が笑顔でかわいいと言ってくれた服を着て、母に元気になって貰おうとした。
だが返ってきたのは。
『二度と私の前に出てくるな!』
そんな言葉と暴力だった。
笑顔で『かわいい』と褒めてくれた母はもう居ない。
だが、ネヨウは諦めなかった、母は今まだ悲しみにの中から出られないだけで、いつかまた笑顔で『かわいい』と言ってくれると、そう根拠もなく信じた。
いや、信じたかったの間違いかもしれない。あの母が好きだったから。
それからネヨウは小、中学生と特に可愛い見た目を意識して過ごしていた。
だが案の定、学校では虐められる。
中学生時代が一番酷く、暴力なんて当たり前で、性暴力もあった。
母も良くなるどころか、どんどん悪くなっていく。
荒い呼吸の中、歯を食いしばるような日々。
そんな中で睡眠の素晴らしさに気が付いた。
「極楽……」
寝ている間は全てを忘れられる。悪夢として嫌なことが出てきても、明晰夢という、夢をコントロールする方法を使えば消し去れる。
いつも睡眠が楽しみになった。
もう一生寝ていたい。
次第にそう思うようになった。
だが。
「しん、ろ? はたらく?」
生きていく上では働かなければならない、このままでは夢の睡眠ライフは実現できない。
快適な睡眠にはお金が必要だ。
「何か、働きに行かなくていっぱい稼げる方法……」
そうして目を付けたのが印税だった。
「音楽……」
昔から音楽は好きだった。それに励まされ、辛くても頑張れる、ということもネヨウにはあった。
「音楽やる」
だからネヨウは音楽の印税で稼いでいくことに。
昔親から貰ってあまり使っていなかった貯金を下ろし、機材を揃え音楽を始めた。
これが音楽家【ネヨウ】の始まり。
「働く……」
結局中学生時代は特に売れるということは無く、色々と考えた結果ネヨウは高校へ行くことに。
高校の学費は自腹、ネヨウは結局バイトをすることになった。
バイトをしながら様々な勉強と活動をする日々。
このまま特に売れることも無く、会社勤めだろうか。
と、焦っていた。
だが高校二年生のある時、転機が訪れた。
母が、ネヨウが働いて貯めた貯金を勝手に使用した事件が発生。
その件で吹っ切れたネヨウは今までの苦悩を吐き出すように曲を制作、その際に完成した曲はネット上でバズることに。
世間に見つかり、過去曲とも合わせて印税が大量に入ってきたため、ネヨウは高校を中退し、すぐ一人暮らしを始めた。
あの頃の母はもう戻ってこないと確信し、母とは縁を切ることに、見た目も気にしなくなった。
起きて、寝て、起きて、たまに曲を作る。
そんな自堕落な生活。
ずっと睡眠ライフを目指していた。
だけど、その生活を送っていると何故か、なんのために生きているのだろう、となる。
そこで、自分はもう生きていたくないのだと、ネヨウは気づいた。人間らしい生活をしたくない。
けど、自殺するような気力も無い。
「児童養護施設……ねぇ」
ある日、久しぶりにニュースを見た。
その際にちょうど児童養護施設の話が流れてきた。
親からの虐待を受けているような子供が入る場所。そんな場所があることをネヨウはこの時に初めて知ったのだけど。
それはともかく、そんな場所の財政困難の話。
「……お金ならいっぱいある」
親からの虐待というワードに親近感を覚えた。それにお金に困っているという。
誰かの役に立つのに、お金を差し出すだけで良いのなら、やろう。
寝るぐらいしかやることが無いネヨウはそうして、あらゆる施設に金銭面での支援を行っていった。
そしてネヨウにとってそれが小さな生きる意味となっていき、次第に支援はその他お金に困っている人達にも。
龍介の時も同じであった。
公園で出会い、話を聞いているうちに親近感を覚えた。
そして彼の話し相手になることで、自分が役立っているという認識をし、そこに更なる生きる意味を見出そうとしたのだ。
今の今まで動機が不純だ。音楽も、人助けも。
だけど、それがネヨウの前世【醒那】の生き方であり、特に悔いのある人生ではない。
なるようにしてなったもの、なのだから。
そうして最後、二十歳になる前に龍介を庇って死んだ。
「過去を真面目に思い返すのは初めてだね~」
夢の中の草原で横になりながら、ネヨウは記憶を呼び起こして過去を振り返っていた。
悔いはないとはいえ、酷い人生である。
「……でも、今は友達がいる」
前世では友達もおらず、最終的に親とも縁を切ってしまい、人との繋がりが薄かった。
しかし今では、人ではないものの仲間が、友達がいる。
それに場所を移しての睡眠や、レビューなどのちょっとした趣味のようなものもできた。
全てこの転生のお陰。
「ルーラに感謝~?」
始めはあまり良く思っていなかったけど。
「真の意味で過去との決別だね」
もう醒那の人生は終わった。女神ネヨウの今世をある程度生きて改めて実感した。
過ぎ去ったことばかり考えても仕方が無い。これからはもっと今に目を向けたい。
「……さらば過去、僕はネヨウとして目を開ける~」
世界が崩れていく、そろそろお目覚めの時。
外では数千年程が経っていることだろう、外は、皆はどうなっているのだろうか。
そんな僅かな高鳴りを抱きながら、ネヨウは過去のしがらみから脱却するように、夢の世界から弾け出た。
「……うん?」
目を覚ますと視界一杯に、こちらに頭を下げ、両手を組んで頭上に上げている……布切れを着た、人間と思わしき生き物。
人間は皆、耳が長く尖っている。
「……」
辺りを見渡すと、この場所が木材で出来た大きな建物の中であることに気が付く。だがネヨウが寝ていた岩は変わりなく健在。
(???)
一体どんな状況で、この人間たちは何をしているのか。
「あの?」
とりあえず上体を起こし、声を発してみる、すると先程まで頭を下げていた者達が一斉に顔を上げ視線を向けてきた。
その光景にネヨウは思わず「ひぇ」と声を出してしまう。
何か不味かったのか、と内心冷や汗をかいていると。
「め、目覚めて……」
「そんなばかな……」
「わしゃ夢でも見ているのだろうか?」
何やら周囲はどんどん騒がしくなっていく。
(……もう一回寝ようかな~)
とてもこの状況から逃げたいネヨウ。
「静粛に!」
しかしそんな時、芯のある男性の声が辺りに響き渡った。
その声の後、騒ぎの声は一瞬にして落ち着く。
この騒ぎを鎮めた声の主は、褐色の肌に黄金の瞳、そして竜のような、黒色の尻尾と二つの角を持ち合わせた男性であった。
そんな男性は人だかりの中を歩いてネヨウの元へ一直線に向かってくる。
そうして目の前まで来て、ネヨウを見据えて言葉を発した。
「ネヨウ様お目覚めになられたのですね」
「うん? だれ?」
自分の名前を知っているドラゴン男性などネヨウの記憶に存在しない。
「ああ、すみません私、トンカゲでこざいます」
「うん?」
トンカゲとはネヨウが名付けた素直で真面目なトカゲ型の子。
決して目の前の大人のイケメン男性ではなかったはずだが。
ネヨウの疑問は深まるばかり。
すると自称トンカゲは後ろを振り向き、ネヨウを呆然と眺めている者達にこう告げた。
「よく聴け! 今日この日、沈黙の女神ネヨウ様がお目覚めになられた! 皆の者祭りだ!」
数秒の沈黙。
「お、おお!」
「奇跡だわ!」
だがすぐに周囲は人間たちの歓声に溢れかえる。
「うん?」
最後までネヨウには何が起きているのか分からず、ただその状況を呆然と眺めるだけであった。




