今から魔術適性の儀を始めます
初めまして。内田彼方と申します。
気楽に楽しんで頂けたら嬉しいです。
「今から魔術適性の儀を始めます」
神官長が教会に集まった貴族の子弟たちに宣言した。
5歳の貴族の子弟が必ず通る儀礼。一人ずつ名前が呼ばれ子どもたちが水晶に触れると、火水風土の4大魔術を授かっていく。
皆が安堵し、親子で抱きしめ合う中、伯爵家のアルコバレーノが呼ばれた。
「次、アルコバレーノくん」
周囲がざわめく。位の高い貴族の子息たちの場合、4大魔術を最大4つも与えられ、祝福される人間もいるからだ。
アルコバレーノの父母もまた、4大魔術使いだった。
アルコバレーノの父テスタルドもまた自慢気に腕を組んで仁王立ちし、息子の華やかなる舞台を望んでいた。
アルコバレーノが水晶に触れる。
水晶は大きな光こそ放ったが、そこに浮かぶ文字はハッキリと結果を示していた。
「ア、アルコバレーノくん……身体強化……」
場が静まり返る。アルコバレーノは申し訳なさそうにテスタルドの前にやって来る。
「父上……あの……」
テスタルドの顔は紅潮しており、眉間に深い皺を刻み、額には青筋が浮かんでいる。テスタルドはアルコバレーノを蹴り飛ばす。
「この恥さらしがッ!!」
思ったよりも壁に酷く背中を打ちつけられたアルコバレーノは一瞬息が出来なかった。
テスタルドはアルコバレーノの胸ぐらを掴みぐいっと引き上げる。
「お前は、歩いて帰ってこい」
胸ぐらを放されたアルコバレーノはドスッと腰から地面に落ちた。
※※※
一時間かけてアルコバレーノは屋敷へと帰ってきた。
「ご無事でなによりです」
セバスティアーノが玄関まで迎えに来てくれた。
「…お父様は?」
セバスティアーノが答えた。
「今は執務室に籠もっておられます」
「そう…機嫌は?」
「まあ、その辺はいつもの誤差ほどですよ。フフ」
アルコバレーノの帰還の知らせに、若い従僕が慌ててやってくる。
「ア、アルコバレーノ様、ご主人様がお呼びです!」
「う…」
セバスティアーノがアルコバレーノの手を握り微笑む。
「私がついてまいります」
「…ありがとう、セバスティアーノ」
※※※
執務室の前。心臓の音が響き手汗が滲む。セバスティアーノが、優しく背中に手を当ててくれた。
僕は意を決して重たい執務室の扉を開く。
僕は背を伸ばし、父上の猛禽類のような目を恐る恐る見つめ返した。父は椅子に座り、傍らに僕よりも更に幼い幼児。三男のチェロを立たせていた。
「こちらに来い」
手招きする父。白髪交じりの赤い髪を持つ中年の貴族だ。一方で僕は金色の髪をしており、5歳だけあって世の女性たちが羨むほどの玉のような肌の持ち主だ。
「さて、お前に話がある」
父の眼力に気圧され、思わずうつむいてしまった僕。
「あははははッッ!! やはりお前には家督を継がせることは出来んな」
チェロが僕に言った。
「お兄ちゃん、4大魔術を授かれなかったんだってね」
ドンと胸を叩くチェロ。
「大丈夫だよお兄ちゃん。僕がお兄ちゃんの代わりに、この家を守ってあげるから」
まだ悪意のない無邪気な弟の言葉が、僕の胸を圧し潰していく。父と同じ赤毛を見ただけで父から気にいられているのがよくわかるようだ。気のせいかチェロの視線がとてもおぞましく思えた。
「どうだ、アルコバレーノ。まるで3歳とは思えない強い意志だろう。お前が3歳の時は、屋敷の中を走り回って、メイドたちと鬼ごっこをしていた頃だぞ」
3歳児の玉の肌にはさすがに僕も負ける。まあそれはいいとして、僕の用事はそれだけかと尋ねると。
「フン!やはりこの屋敷の主としての自覚がお前には足らん。よってお前を廃嫡し、チェロをお前の後釜にするから覚えておけ。そして、これを見ろ」
父が1枚の羊皮紙を僕に渡す。そこには、
「王命だ。陛下も酔狂だな。魔術適性の儀で大失態をしでかしたばかりのお前に、第3王女の婚約者になれという話だ。まあ、要らないものを寄越せというのだ。第3王女殿下に献上品としてくれてやる。頑張ってペットのお役目を果たせよ」
僕はうつむいたまま涙を零した。
「はい……ペットの任…しっかりと果してきます…」
「ああ、もう戻らんでよいぞ」
ぼくは涙を拭き、踵を返すと執務室を出ていく。振り返る寸前笑うチェロが目に入った。
「失礼しました」
※※※
屋敷の門の前、豪奢な飾りを施した大きな馬車が止まっている。
「え、僕の家の馬車の3倍はあるぞ……」
中に入ると金銀の装飾があり、周りをいかついが温かな笑顔を向けてくれる冒険者たちが囲んでいた。馬車の中に入ると、セバスティアーノが中を一瞥した後外に出て、僕のおでこにおでこを寄せた。
「アルコバレーノ様にこの先幸せが待っておりますように」
僕は涙を堪えて、セバスティアーノに告げる。
「よかったら、ついて来てくれない?」
セバスティアーノが人差し指を立ててしーというジェスチャーをする。
「そろそろよろしいですか」
御者が僕とセバスティアーノに尋ねてきた。
「…ええ、お待たせしました。それじゃあ、よろしくお願いします」
「畏まりました。では…」
御者がそう一言告げると、馬車が屋敷から離れていく。
見送りはセバスティアーノだけだが、屋敷の使用人や親族ともそれなりに仲良くしていた。他の皆には父上同様恥ずかしい思いをさせた。皆に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
僕は一人、王都へと向かう。
※※※
野営の時、冒険者に興味があるので話しかけようとすると、王家の御者や護衛を預かる一部の兵士たちに諭されてしまう。
「王家の御者曰く、荒くれ者が多く素性の知れない者もいる為、安易に話しかけるべきではないと」
「王家の兵士曰く、貴族が話しかけると冒険者たちがゆっくり休み辛いと」
僕にとっては貴族以外の道を歩みたいと思っていたので、正直残念だった。僕がそう言うと、皆が首を横に振った。
冒険者は平民からも弾かれてしまった職業なのだと。最後の砦なのだと。
僕に帯同しているのは王家御用達の冒険者だが、あそこまで上り詰めるのは一握りの存在なのだと言う。
話しを変えて、第3王女の話を聞いてみた。
「聖女様です」
兵士の一人が答えてくれた。
「…聖女な方ですね」
「聖女とはなんです?」
「えっと、人が思いつかないような奇抜なことを思いついては、形にしていくことに長けています。それが必ず良い結果を導くのです」
髭面の老齢の兵士が言った。
「…面白い方みたいですね」
「…そうですね。愉快な方でもあります」
今までダンマリしていた御者が語り出した。
「この世に聖女様以上の方はおりません。私の村も水害から助けてくださいました」
「そうであるなら、僕はとても良いところに行くみたいですね」
御者が続ける。
「はい、これだけは言えます。フォルマーレ王女殿下は生まれた身分に貴賎なく、与えられた魔術に対する差別もありません」
「おい…」
兵士が御者を窘める。
「あ、すみません。そういうつもりではなくて」
「いえ、大丈夫です。なんだか悩んでいたのが馬鹿みたいでした。姫様はそれほど皆さんに好かれているのですね」
髭面の老齢の兵士が語り出す。
「姫様は生まれた頃から不思議な娘じゃった。まだ3歳なのに農業改革をし飢饉を無くし、5歳にして公共事業とやらで浮浪者たちにも真っ当な仕事を与えていった。スラムは無くなり、治安の良い街へと変貌を遂げた。姫様は神の奇跡の娘じゃ。わしは姫様こそがこの国の希望じゃと思っとる…」
アルコバレーノの頭を撫でる老齢の兵士。
「なに、心配なんぞいらん。姫様がお主を選んだのじゃ。きっと良い未来が待っておるさ」
僕は熱くなる目頭を押さえた。
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