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14.

「じゃあこの塔の説明も一段落ついたし、次は戦闘スタイルについてね~」


 気を取り直して、とルディヴィーが手元のローストを一口サイズに切り分け始める。視線でちらりと隣のレーヴを見上げ、その意味を正しく受け取ったレーヴが苦笑する。


「はいはい。私は基本、弓で戦うから……遠距離専門ってところね」


 必要最低限の情報だけ落として、口の中のものを嚥下しているルディヴィーに視線を移した。


「うーん、あたしは飛び道具でもなんでも使うかな~。でも、相手との間合いは割と詰めるほう。動き回りたい性分なんだよねえ」

「俺は……あまり異能は使わずに、体術で相手を伸すタイプだ」


 順に、遠距離、何でもアリ、近距離。何とも綺麗に得意分野が分かれている。

 隣で、アマニがおずおずと片手をあげた。


「あの、ビーマさん、先程ここに帰られたばかりのときは大太刀を背負ってましたよね? そちらは使われないんですか?」


 確かに、ビーマの巨体に見合うような大太刀があった。今も厨房の入り口に立っていた時も、その背には何も背負われていなかったけれど。

 す、と切れ長の鉛色がアマニを映す。


「あれは最終手段だ。普段は使わない」

「つまり、あれは威嚇用だってこと~!」

「まあ、一通りの武器の扱い方もビーマは分かっているから、教えてもらう分には問題ないわ」


 ルディヴィーが横やりを入れて、さらにそれにレーヴが補足をする。


「ただ、どうしても彼のような豪快な戦い方は私たちにはできないから、あくまでも参考になってしまうけれど」

「生まれもっての体格もあるからね~。でも、最高級の参考資料だよ。体の使い方が本当にうまいの。ビィちゃんは異能を使わなくても勝負できる地力があるから、どんな時も安心感があるんだよね」


 そう琥珀の瞳を緩ませながら、ルディヴィーがショコラ・オランジュのパウンドケーキを一切れお皿に取った。

 その様子をちら、と横目に入れたビーマが、グラタンに手を伸ばしながら口を開く。


「ルディヴィーは適応力に長けているから、たとえどんな状況に陥っても、その場に居合わせてくれるだけで生還が確約されたと思える。反対にレーヴは、その場にいなくとも援護射撃が可能だから、俺は今まで戦闘中に一人の無力さを嘆いたことはない」


 ほんの僅か、処理落ちしたかのようにルディヴィーとレーヴが動かなくなって、しかしすぐに二人して感動したように声を上げた。


「ビィちゃんがたくさん喋った!」

「あらあらまあまあ! しかも私たちのことだったわ、誉め言葉!」

「やっぱりビィちゃんあたしたちのこと大好きなんだ~!!」


 たいそう幸せそうに琥珀をとろけさせながら、ビーマの左肩をばしばしと叩く。それに鬱陶しそうな顔をしながらグラタンを口に運ぶビーマは、けれどルディヴィーの右腕を振り払うことはない。


「……すっごく仲良しさんだね」


 こそ、と耳元に口を寄せて囁いてきたアマニに、アクイラも頷きを返す。


「……なんか、姉二人にデレを拾われて構われまくる末っ子みたい」

「あ~確かに。長いこと生きてると兄姉意識みたいなのが生まれてくるのかな」

「祖父祖母意識じゃなくて?」

「こら」

「ごめん」


 柔らかく窘められたので即座に謝る。

 こういうところで、アマニって下に弟妹がいそうだよなあと思う。


「——あ、そうだ、ルディヴィーさん」


 向かいの席から飛んできたアマニの声に、いつの間にかチョコとオレンジの風味に舌鼓を打つことに移行していたルディヴィーが瞳を瞬かせる。


「この際にお聞きしたいんですけど、ルディヴィーさんはどうやって今の戦闘スタイルを確立させたんですか? 神権の『愉悦』って、随分と抽象的だと思うんです。私、『心緒』の異能をまだ使えたことがなくて、参考にしたいんですが」


 アマニの隣に座っていたアクイラも、頬張っていた海鮮のフライを咀嚼しながら聞いておくに越したことはないと僅かに姿勢を正す。


「そっか、アクイラちゃんもレヴィちゃんもビィちゃんも、みんな分かりやすく雷とか氷とか重力だもんね」

「はい。でもルディヴィーさんも、基本異能を使った戦闘ですよね?」

「ん~まあね。あたしの場合、あたしが純粋に楽しむっていう条件さえクリアしてれば何でもできるの。まあでも、感情って難しいし、楽天的な性格のあたしじゃなければもっと不便な異能だったかも。実際、あたしも一時期スランプに陥ったこともあるしね」


 アマニが少しだけ下を向いて、何かを考えるような素振りをした。亜麻色の髪が、彼女の顔に影を落とす。


「『愉悦』だから楽しさ。それなら、私は『心緒』だから……」

「う~ん、喜怒哀楽? 感情に関連した異能とか?」

「なるほど……」


 アマニがどこか苦い顔をした。

 それを見て、桃のコンポートを先程からおかわりし続けているレーヴが小さく首を傾げた。


「まあでも、異能は解釈と想像力の世界だし、喜怒哀楽って決めつけなくてもいいんじゃない?」

「確かにレヴィちゃん、泡雪とか言っときながら使うのは氷だもんね。しかもなかなか溶けてくれない」

「……釣った魚を氷漬けにしてくれたとき、これのどこが泡雪なんだと思ったな」


 先程まで無言を貫いていたビーマですら口を挟んでくるレベルなのかと少し引いたところで、ルディヴィーが満面の笑みで手を打った。


「懐かしー!! 炎で炙っても溶けないもんだから、ビィちゃんが目をかっぴろげて驚いてたんだよね!!」

「珍しい。見たかったわ」

「元凶はレヴィちゃんだからね!!」


 何やらすごい武勇伝である。

 苦笑いをしながら、アクイラもそろそろ潮時かなとデザートをお皿に取り始める。


「まあだからねアマニちゃん。なんだっていいんだよ。むしろあたしたちは元素っていう型に嵌められていないぶん、可能性が広がってるの。いつか分かるときが来るから、焦らなくても大丈夫」


 ね? と諭すように促されて、アマニが頷く。


「でもその分、武器の練習をした方がいいかも。さっきも言った通り、あたしたちは戦えなきゃ話にならないから」

「そうですよね……」


 しっかりと頷いたアマニに満足そうな顔になったルディヴィーが、今度はコンポートに手を伸ばす。それを眺めていたレーヴが、心配そうな表情で視線をアマニに合わせた。


「ただ、意味は捻じ曲げちゃだめよ。愉悦だって、いまでは人を見下して楽しむとかそういった意味に歪曲されてしまっているけれど、本当はそうではないのだから」


 愉悦、見下す。


「……あ」


 ルディヴィーの神権が愉悦と聞いてから、ずっと何かが引っ掛かっていたようであるのが、すっと通っていった心地がした。


「俺、その愉悦の歪曲の成れの果て、知っているかもしれません」


 うわ、ほんと? とルディヴィーが嫌そうな顔をするのに頷く。


「俺の処刑人、サイコキラー的な人だったんですけど、その人が愉悦の神継ぎになりたがっていたみたいなこと、ノーシスさんが去り際に言ってました」

「うわあ……典型的」


 ルディヴィーが肩をすくめて、飲み物に口を付ける。

 それに苦笑いを落としたレーヴは、首を振りながら続ける。


「純粋な憧れはいいのよ。戦争時代の伝記とかを見て、その人ならざる力に憧れるのはいいの。でもそれを拗らせて、あまつさえ曲解するのはよろしくないわ。いつか愉悦の名を冠するルディヴィーに被害が出るんじゃないかって危惧していたのだけれど……」

「あ、その時はノーシスさんが君には無理だよって厳しめに言ってましたね」

「そう。……やっぱり思想を操れないのって不便よね……」

「怖いよレヴィちゃん」


 ゆったりと頬に手を当てて困ったような顔をするレーヴに、すぐさまルディヴィーからの突っ込みが入る。


「愉悦を非道なことをする理由にしてほしくはないし、確かにあたしはその手の輩が大嫌いだけど」


 ゆら、とグラスに入った飲料を手慰みに傾ける。少しだけその手を持ち上げて、照明に透かすようにしてその向こうを琥珀が映す。

 皆がその様を見つめていた。


「でも、結局その人たちは神に選ばれないし、あたしたちに危害も加えられない。ただあたしたちの名誉は傷つくのかもしれないけど、知らぬが仏だし。楽していこうよ、楽しいことだけで人生十分でしょ?」


 ただのあたしの人生観だけどね。

 そう笑ったルディヴィーはグラスを一気に煽って、空気を変えるように手のひらを一つ叩いた。


「ごめんごめん、湿っぽくなっちゃった。もっと歓迎会らしいことしよ、ビィちゃん何かいい案ある?」

「……二人ともよく食べるから、いつか一緒に食べ放題に行ってみたい」

「いまできないじゃん? 今度三人で行っておいで?」

「ああ」


 満足そうに頷いたビーマに、適当に頷き返したルディヴィーが、今度はレーヴの方を向く。


「レヴィちゃんは? 何かやりたいことある?」

「うーん……あっ、古今東西ゲームでお互いの好きなところを言い合うのはどう?」

「さすがにもうちょっと関係性を深めてからじゃない?」

「随分と俗っぽい遊びを知ってるんですね……」


 少し吹き出しながら零れたアクイラの言葉に、レーヴが光を閉じ込めた金茶の瞳を瞬かせた。


「あら。長生きをなめちゃ駄目よ。遊戯ばっかり達者になるんだから」


 そうして、レーヴは悪戯っ子のように笑った。

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