94話 採集所と屍闘兵
「こっちですわ」
「まさか、ミルゼアの防魔壕にこんな地下があるなんて……」
「ゼノン団長でもご存じではないとは。私もこの街に来て長いですが、知りませんでした」
「暗いから足元には気をつけろ」
「はっ!」
「なんのために作られたのか、気になるところですな」
レオノーラの案内の元、ゼノンとシルヴァは数人の兵士を連れ、街の外にある小屋を目指して地下を進んだ。
ゼノンや他の兵士たちは、自分たちの足元に広がっていた地下迷路に驚愕する。
「シルヴァ殿は無理なさらないでください」
「ええ。しかし、今回は私の因縁が絡んでいる可能性があります。ゆえに、もうしばらくお力添えさせていただければと」
自らを庇って負傷したシルヴァをゼノンは気遣う。
しかし、シルヴァは今回の事件の裏に潜む人物に心当たりがあると話す。
「因縁ですか?」
「確証はありませんが、ゼノン殿の部下のご遺体の変貌……。あのような非人道的かつ高度な技術を操る者は、そう多くはおりません。私が知る限り、その手口を好むのは、あの男をおいてほかにいないでしょう」
「……っ!」
そう静かに語るシルヴァの眼差しを見たゼノンは、思わず息をのむ。
淡々とした口調の裏に潜む、静かでありながら揺るぎない怒り。
それはゼノンにとって、初めて見るシルヴァの表情だった。
「こればかりは、未来ある若者に委ねるわけにはいきません。若き芽を支えるのが、老いた枯木の務めでしてな……ッ!? 何か来ますよ!」
その瞬間、シルヴァは異変に気づき、瞬時に警戒の色を浮かべた。
「総員、警戒態勢! レオノーラ殿、私の後ろへ」
「何ですの!?」
ゼノンは即座に兵士たちに指示を飛ばす。
ゼノンの指示が響くと同時に、遠くから恐ろしい雄叫びが聞こえてきた。その音は次第に大きくなり、鳥のような怪物が信じられない速度で接近してきた。
「ギャアアアア!」
少し待つと、雄叫びを上げながら、鳥のような怪物が凄まじい速度で迫ってくる。
「またあの怪物ですわ」
「ゼノン、下がらせなさい」
「総員、後退! シルヴァ殿、お気をつけて」
ゼノンは指示通り、シルヴァを残して兵士たちを後ろへ退避させる。
「ギャアアアアアア!!!」
「で、でかい……危険です!」
「に、逃げないと」
「危ないですわ!」
「うろたえるな! レオノーラ殿、ほら大丈夫ですよ」
光の届く範囲まで接近した仮面を着けた怪物の姿を見た兵士は怯え、レオノーラはシルヴァに逃げるよう呼びかける。
だが、ゼノンは恐怖にうろたえる兵士たちを一喝し、レオノーラを冷静にさせる。
「ギャッ!」
「断絲」
怪物が鋼鉄の翼を振りかざしてシルヴァに突進する瞬間、シルヴァは上下に両手を合わせ、まるで何かを切り裂くかのように動かす。
「ギャ?」
怪物は空中でピタリと止まり、何が起きたのか理解できないまま、縦に真っ二つに斬られていく。
「何が起こった?」
「何です……キャッ!」
「伏せろ!」
その光景に驚きの声が上がるが、ゼノンの指示に従い、兵士たちは慌てて伏せる。ゼノンはレオノーラの頭を押さえ込み、身を低くさせる。
「うわあああああ!」
その瞬間、強烈な風が吹き荒れ、遅れて伏せることができなかった兵士たちは、まるで風に吹き飛ばされるように空中に舞う。
だが、それも一瞬のことで、風はすぐに収まり、何事もなかったかのように静寂が戻る。
「申し訳ございません。なかなか硬い相手でして、調整を誤ってしまいました。ずいぶん頑丈な地質なので、天井が崩落することはないでしょうが、念のためご注意ください」
「一体、どんな魔法ですの? 威力がおかしいですわ」
「その話は、後ほど詳しくご説明いたしましょう。今は先に進むことが最優先です」
「敵が襲ってきたということは、目的地はもうすぐだ。気を引き締めろ!」
突然の出来事に混乱はあったものの、ゼノンの冷静な指示のもと、兵士たちはすぐに態勢を整え、レオノーラの案内で進み始めた。足音が静寂の中に響き、さらに緊張が高まっていく。
「シルヴァはどんな魔法を使ったんですの?」
「隠す必要もありませんな。私の魔法はリオネルと似た道具を具現化する魔法です。先ほどの魔法は、裁断鋏を具現化したものです」
「それであそこまでの威力になるんですの?」
「私の魔法は斬りすぎてしまう。それこそ、先ほどのように空間ごと切り裂いてしまうのです」
「す、すごいですわね。お兄様もそんな風になるのかしら?」
レオノーラは顔を引きつらせながら、先ほどのような魔法を使う兄を想像する。
「リオネル殿も面白い魔法を使いますよね。ただ、レオノーラ殿は魔法にも得意不得意があるのは知ってますか?」
ゼノンもその話に加わる。
「ラフィから聞いたことがありますわ」
「それなら話が早い。私の魔法は基本的にはなんでも偽装できますけど、特に人を偽装する方が得意なんです。道具の細かい偽装は苦手です」
「なるほど」
「シルヴァ殿も昔から斬るほうが得意だったんですよね?」
「そうですな。ですが、斬ったものは戻しようがありません。縫ったところで修復できても、元に戻ることはない。力はむやみに振るうものではないということは、しっかりと覚えておきなさい」
『はい』
警戒しながら魔法談義をしていたところで、一行は地上に上る梯子を発見した。
「この上に小屋がありますわ」
一行はその梯子を上り、地上へ出た。
*****
「あの怪物もこの小屋から出てきたと証言がある。他にも同じような敵がいる可能性も考慮し、慎重に中に入るぞ。我々の目標は、まだ捕らわれている可能性がある人の救出だ」
『はっ!』
ゼノンは小声で指示を出し、兵士たちはその言葉に引き締まった表情で応じる。
一行は、慎重に小屋へと近づき、扉の前に立つ。
「突入!」
ゼノンが扉を開けると、小屋の中には薬の香りが漂ってきた。
床には実験道具が無造作に散らばり、奥には地下へと続く階段も見える。
部屋の奥で、一人の男がゆったりと座り、こちらを見据えていた。
「我々はグレイドール兵団だ。連れ去られた人々がここで捕まっている疑いがある。中を調べさせてもらうぞ!」
ゼノンはその男に宣言するが、男は聞いているのかいないのか、反応しない。
男はゆっくりと一行を見渡し、ある人物に視線を向けた。
「やあ、シルヴァ。元気にしていたかい?」
「……ノウス。やはり貴様か」
シルヴァは怒りを押し殺した声でつぶやく。
「ゼノン、この男は無視していい。兵士を連れて、急いで地下を調べなさい」
「いいんですか?」
「早くしなさい」
「私に続け! レオノーラ殿、お願いします」
「はい」
ゼノンはレオノーラと兵士たちを連れ、捕らわれている人々を探しに地下へ続く階段を下りる。
「どういうつもりですか?」
「私は君の育ての親だぞ? 久々の親子の再会だというのに冷たいじゃないか」
「御託は結構。目的を教えなさい」
「ここは実験体を集めるための採集所だったんだけどねぇ。君のせいで一つ潰れてしまったよ。せっかく、森人から学んだ技術を使って隠していたのに、この研究所も見つかってしまった」
「人間はあなたの玩具ではない」
「そう怒るな。発展に犠牲は付きものだよ。光ある所には影があるものさ」
あっけらかんと言うノウスに対し、シルヴァは無表情で相対する。
「死体に戦わせることが、あなたの言う発展か?」
「いいや。君が戦った、あの『屍闘兵』は出来損ないだ。時間もあまりなくて、アリア君の魔法ありきで作ったものさ。さっき君たちのところに送った屍闘兵はその発展したものだが、知能が低い失敗作。完成形を見せられないのが残念だ」
「……何を企んでいる?」
「君がここにいるということは、アリア君はもう捕まったかこの世にはいないかな? 戦闘向きの魔法ではないから仕方がない。狂気こそあるが、人間らしさも兼ね備えた良い実験体だった」
シルヴァの質問を無視し、ノウスは一人で語り続ける。
「シルヴァ、君も私の実験体だ。君の魔法なら、あのお方にも届く刃となったはずだが、一向にその力を伸ばそうとしない。だが、それもまた面白い。私は君という実験体を誇りに思うよ」
「いずれ私があなたを葬る」
その瞬間、部屋に警報が鳴り響く。
「もうすぐ、君たちがここに来て3分ほどになる。君と話すために猶予を作っておいてよかったよ。ここは跡形もなく消し飛ぶだろうけど、果たして彼らは間に合うかな?」
「私の弟子を舐めるな」
シルヴァがそう話したところで地下から茨に乗ったレオノーラが飛び出してきた。
その茨で、何人もの衰弱しきった人々が運ばれている。
「皆さん、外ですわよ」
「レオノーラ、ここはもうすぐ爆発する!」
「なんですって?」
「レオノーラ殿、負傷者を急いで外に運んでください! 我々も急ぐぞ」
「ふふふ、また会えることを楽しみにしよう」
――ドオオンッ!
全員が小屋から出て離れたところで、宿屋の襲撃とは日にならないほど小屋が大爆発した。
「危ないところでしたわ」
「シルヴァ殿、あの男は死んだのですか?」
「あれは複製体です。本物のあの男はどこにいるか、知る者はいないでしょうな。詳しい話は街に戻ってからです」
「はい」
捕らわれていた人々を救出した一行は、帰路についた。




