95話 事件後の前進
昨日、グレイドール兵団は、女性斬りつけ事件が解決したことを大々的に発表した。
それを知ったミルゼアの街の住民の反応は様々で、純粋に安堵し喜ぶ者、被害に遭った者を悼む者、犯人に対して憎悪を抱き、行き場のない怒りを覚える者もいる。
それでも、失った時間を取り戻すかのように、ミルゼアの街は徐々に活気を取り戻しつつあった。
「やっと自由になりましたわ!」
俺たちは犯人を追い詰め、事件解決に貢献したものの、その後も散々な目に遭った。
兵団からは事件の詳細について何度も事情聴取を受け、さらにどこから情報を得たのか、新聞記者まで押し寄せ、質問攻めにされる羽目になった。
中央に近いミルゼアでは、今回の事件を追って中央から多くの記者が訪れていたらしい。俺たちのことを隠してもらおうとゼノンさんに頼んだが、すでに情報は記者たちの耳に入っており、どうにもならなかった。
今回の報道をきっかけに、ミルゼアの安全が広まり、商人や旅人が増えてくれれば嬉しいが、変に持ち上げられるのは勘弁してほしい。
ゼノンさんの権力を借り、俺たちの名前は公表されない形にしてもらったものの、その調整に思いのほか時間を取られてしまった。
「白霧の森に行きますわよ!」
「あー、そんなこと言ってたな」
「それはいいな」
レオノーラの提案に、ラフィは思い出したようにつぶやき、リオネルは賛同する。
「ごめん、それを言い出しといてあれなんだけど、俺はやめとく」
「どこか体調が悪いんですの?」
「大丈夫ですか?」
俺が断ると、レオノーラとリオネルが心配そうにする。
「ちょっと疲れてな。今日は久しぶりに一人になりたくて」
「確かに、この街に来てからずっと大変でしたからね」
「あの記者たちもしつこいですわ! 時間も場所もお構いなしに尋ねてくるんですもの」
「あちらも仕事とはいえ、こちらの事情も考えて欲しかった。でも、そう言うことなら、自分たちだけで行ってきますね」
「悪いな」
「まだ滞在することになりそうですし、次は一緒に行きますわよ」
「ああ」
俺たちを引率しているシルヴァさんは、今この街の病院で療養している。
怪我自体は命に関わるものではなく、兵団所属の医師による治療のおかげで、回復は順調らしいが、数日間は安静にする必要があるそうだ。
それに、女性斬りつけ事件が解決したとはいえ、まだいくつか解明されていない謎が残っている。あの地下迷宮は、いつ誰が作ったのか。そして、複数の魔法を操っていた死体も、現在詳しく調査中だ。
グレイドール兵団は、この街に協力者がいる可能性を疑い、引き続き捜査を続けており、ミャリアさんもそれを手伝っている。ただ、俺たちに手伝えることはほとんどないということで、この街に滞在している間は自由に過ごすことになった。
(さて、宿にいても暇だし、外に出てみるか)
俺はリオネル達と別れた後、一人で街中を散策してみることにした。
*****
パララララーン!
事件解決が発表された昨日から、街ではお祭り騒ぎになっている。
金管楽器が奏でるメロディーと共に、演奏隊が街中を歩き回り、商機を逃すまいと情報を聞きつけた商人たちが次々と流れ込んでくる。
「この街の名物、ミルベリの実を使ったワインはいかが? 子供にはミルベリのジュースもあるよ」
「こんなめでたい日なんだ! 一杯、無料にしてやるよ」
「あんた、馬鹿なこと言ってんじゃないよ!」
「こんなめでてえ日くらい良いじゃねえか! おっ、よく来たな、一緒にミルベリのパイも買っていけ!」
「今朝獲れた霧鳩の肉を使った料理だよ! そこの店のワインと合わせて食べていきな!」
屋台の数も昨日の倍以上は出ているようだ。
白霧の森で採れた食材を使った料理から、香ばしい匂いが漂っている。
(一つの事件でこんなにも街が変わるんだな)
最初に来た時は、不気味であまり良い印象を持てなかった街だが、アブドラハの忙しない空気とは違って、ここにはのんびりとしたおおらかな雰囲気が漂っている。
これが、この街本来の姿だったのだろう。
(少し移動しようか)
ミルゼアの空気を存分に楽しんだ後、俺は人々の気配が少ない場所を探して歩き始める。
(どこもかしこも騒がしいな)
今のミルゼアには、そういった場所はなかなか見つからない。街をさまよい続けるうちに、ようやく静かな一角を見つけた。
だが、そこにも人々の姿は多く、不思議と街の喧騒から切り離されたかのように静けさが漂っている。
「あなた……どうして……」
「パパ、寝てるの?」
「……そうよ。きっとまた明日になれば、元気に起きてくるはずよ」
「セラ! どうして、もっと早く解決できなかったんだ!」
この場所に居たのは、事件の被害者の遺族や友人といった関係者たちだった。
中には、レオノーラ達によって助け出された人もいたが、助からなかった人もいる。
俺は場違いだと感じ、逃げるようにその場から離れた。
*****
「ここにいたのか」
「……早かったな。あれ、リオネルとレオノーラは?」
「私だけ帰ってきた。あいつらは、たぶん森にいる」
俺が宿の自室にいると、ラフィが一人、帰ってきた。
「そうか。なんで行かなかったんだ?」
「クラウこそ、まだあのことを気にしてるの?」
俺の問いに対し、逆に問いかけながら、ラフィは隣に座った。
「……初めてだったんだ。人が死ぬのを見るのも……殺すのも」
「クラウが殺したわけじゃない! それにあいつの自業自得だ! 気にする必要なんてない!」
「そうなんだけどさ」
「クラウは無理しなくて良い。まだ引き返せる。クラウが帰るなら、私も帰る。シルヴァにもそう言われた」
「え? シルヴァさんが?」
「あっ……私の魔素量って多いでしょ? それに暴走する危険もあるから、管理しやすいほうが良いって」
「ぷふっ」
「笑うな!」
「悪い悪い」
珍しく慌てて言い訳するように話すラフィに、俺は我慢できずに笑ってしまった。
普段の彼女からは想像しづらい反応で、少しだけ気が紛れる。
「……俺、お前と会う前、ずっと家に引きこもってた時期があるんだ」
「知ってる」
「え? 誰から?」
「それは秘密」
「……」
ラフィが知ってると思わなかったので、驚きで言葉に詰まる。
「まあいいや。情けない話なんだけど、初めて外に出たとき、自分とは違う種族がいて、知らない世界があって……怖かった。それで周りに壁を作るようになって、そんな自分が嫌いになっていった。でも、家族が支えてくれて、サターシャが外に連れ出してくれて、少しずつ前を向けるようになった」
「うん」
「サターシャに言われたんだ。『戦う力が、守る力があなたにはある』って。それを聞いたとき、俺は守られてばかりの自分が情けなくなった。守るべきなのに、何もできない自分が嫌で、嫌で……だから、それ以上嫌いになりたくなくて、外に出たんだ」
俺の始まりは、どうしようもない自己嫌悪だ。
「外に出たら、全然違った。俺が勝手に壁をつくって知ろうとしなかっただけで、街には良い人ばかりだった。中には、嫌な奴もいたけど、部屋の中にいたら分からないことばかりで、外に出て良かったと今なら思える」
「分かるかも。私も似たような経験がある」
「そうか。……俺さ、アリアと話したとき、嫌悪感を抱いた。それで、一方的に拒絶した。あいつのせいで多くの人が殺された。さっき、外で遺族の方が泣いているのを見た。あいつのやったことはもちろん許されるものじゃないし、俺も、大事な人を殺されたら絶対に恨んでいたと思う。けど……そうなる前に、何かできなかったのか。あいつは、そうせざるを得ない境遇だったのかもしれない。……俺は、あいつのことを知ろうともしないままで、本当に良かったんだろうか?」
一方的に拒絶して、知ろうとしないのは、過去の自分と今の自分も同じだ。
罪を犯した者を拒絶するだけで、本当にそれで終わりなのか?
「……あいつが自分の意志でやったことは変わらない」
「ああ。人の未来を奪うのは許されないことだ。なら、俺もあいつのことは忘れてはいけないと思う」
俺にとって、フリード子爵の後継ぎになることは、守られていた側から守る側に変わるための道筋だった。でも、そこに目的はなかった。
でも、今回のことで少しだけ、その目的が出来てきた気がする。
「……クラウが前を向けたなら良い」
「いつまでもウジウジしてるわけにはいかないからな。でも、話を聞いてもらえて良かったよ。明日はリオネル達と森に行こうかな」
「じゃあ、今日はどうする?」
「お腹空いたし、ご飯でも食べに行くか?」
「行く!」
「ミャリアさんに教えてもらったあそこにしよう」
俺はラフィと共にもう一度、外に出た。




