幕間 ルインス帰省す
「リーシェ、ネマとナジムのことは頼むっすよ」
「は、はいぃ。で、出来るだけ頑張りますぅ」
「いざとなれば、マリアンに任せればいいっすから。それにあいつも……」
「隊長、辞めるのー? じゃあ、今日からネマが隊長ね! リーシェ、ネマ、喉乾いちゃったなー」
ルインスとリーシェが話しているところに、ネマが割って入る。
「辞めないっすよ。それに、我がまま言ってるうちは隊長になれないっすよ」
「べー! ネマ、隊長になったら部下になった“隊長”にいっぱい命令するのにー!」
「その時は多分、自分は騎士を辞めるっすよ」
ルインスの言葉にネマは舌を出して反抗する。
「ネマ、後で相手してあげるから、今はあっちに行ってなさい」
「はーい」
リーシェの言葉には素直に従い、ネマはその場から離れる。
「リーシェも普段からネマに話すように話してくれれば、非の打ちどころはないんすけどね」
「す、すみません。ど、どうしても、年上にはき、緊張してしまって」
「責めてるわけじゃないっす。でも、ネマの方が自分より年齢だけなら上っすよ」
「ネ、ネマはなんか……その、妹みたいで」
「まあ、そうっすね。じゃあ、悪いけど、そろそろ行くっす」
「こ、こちらは任せてください!」
「頼りにしてるっすよ。副隊長」
「ひえぇぇ」
副隊長という重責に怯えるリーシェに任せ、ルインスは兵舎を出る。
そのまま厩舎へ行こうとしたところに、副団長が現れた。
「珍しいですね。あなたが長期間の休暇を取るなんて」
「そろそろ部下に任せても良いかなと思ったんすよ」
「私もあなたに頼りすぎでしたね」
「良いんすよ。自分から望んでやってるんすから」
少し申し訳なさそうに言うサターシャに、ルインスは気にしていないと声をかける。
「それで、どこへ行くんです?」
「教え子に感化されちゃいまして。帰省しようかなと」
「なるほど。あなたも変わろうとしているんですね」
「ええ。副団長も寂しそうっすね」
「成長に期待しつつも、変わってほしくないと思うこの矛盾した気持ちは慣れないものです」
「副団長も意外と情が深いっすよね」
「……否定はしませんよ。貴方のような手のかかる部下が減るのも困ります」
「それ、ちょっと傷つくっすよ」
「冗談ですよ。気をつけて行きなさい」
「はい、行ってくるっす」
ルインスは自分の馬に乗ると、勢い良くアブドラハから出て行く。
*****
(今頃、慣れない旅に苦労していないだろうか。部下たちはサボらずに見回りをやっているだろうか)
アブドラハを出発してから十日ほど経った。
移動中、思い浮かぶのは、教え子との思い出や部下の心配ばかりだ。
(こればかりは指導者になってみないと分からない気持ちっすね)
ルインスは副団長の言葉を思い出し、共感する。
以前の自分なら部下を心配するくらいなら、自分でその仕事をやっていた。
心配するくらいなら、目の届かないところに教え子を送り出すなんてことは、考えもしなかった。
それだけ、自分にとってクラウへの指導の経験は、自分に大きな影響を与えているということだろう。
(やっと着いたっすね)
長期間の休暇を取り、たどり着いたのは、ダリウスと過ごした街だった。
(もう十年以上も経つのに、あまり変わってないっすね)
街の様子は変わらず、大通りも住宅街もほとんど記憶にある通りだ。
何か胸に迫るものがあると思ったが、結局感じるのはただの懐かしさだけだった。
(あっ)
気付くと、目的の場所ではなく、ダリウスと暮らした家の近くまで来ていた。
懐かしい気持ちに気を取られ、気づけば無意識のうちに足がその場所へ向かっていた。
「パパー、早く買い物に行こうよ!」
「待った! あまり離れないで。ほら、手をつないで行こう」
その家から親子が出くるのに気づき、慌てて影に身を隠す。
そのまま、家から離れ、目的の場所へ向かって歩き出す。
記憶通りに街中を進み、すぐに教会へとたどり着く。
教会で大量の寄付を行い、夜の間だけ貸し切りにできるか交渉した。
夜になり、辺り一面が暗くなる中、ルインスは教会の広大な墓地を彷徨った。
(確かこの辺りだったはず。これだ)
ルインスはやっとのことでダリウスと名の書かれた墓標を見つけると、その場に明かりを置き、腰を下ろす。
ダリウスが好きだった酒を注ぎ、自分にも酒を注ぐ。
「ダリウス、久しぶりっすね。息子のルインスっす。あんたには……父さんには一杯話したいことがあるんすよ。時間はあるっす。酒でも飲みながらたくさん話しましょう。昔、親子で酒を飲むのが夢だって言ってたっすよね。ちゃんと覚えてるっすよ。周りで眠ってる方々は申し訳ないっすけど、寝物語だと思って勘弁してください。さっき、俺たちの家に行ったら、別の家族が住んでたんすよ。驚いたでしょ? ああやって幸せそうに暮らしてくれるなら父さんも嬉しいっすよね……」
*****
「なかなか来れなくて申し訳なかったっす。次はいつ来れるか分からないっすけど、父さんが寂しくならないようにもう少し早めに来るっす。師匠、シルヴァも来たがってたんで、今度は連れてくるっす。また、こうやって話しましょう」
ルインスは立ち上がり、広げたお土産を片付けた。
「おや、もうよろしいのですか?」
墓地を出ると、神父がルインスに声をかける。
「無理を言ってすみません」
「いえいえ、久しぶりの親子の再会を妨げることなど、神は赦してくれませんよ」
「そう言ってもらえると助かるっす」
「それにしても、大きくなりましたね」
神父はルインスを見て、懐かしそうにつぶやく。
「覚えてたんすか?」
「ダリウスさんに連れられてよく教会に来ていたあなたのことなら、昨日のことのように思い出せます。ダリウスさんもきっとあなたの成長を喜んでいることでしょう」
「あの時も無理を言って父を埋葬してもらって、ありがとうございました」
「それもまた神に仕える者の役目です」
「また来るっす」
「お待ちしております」
ルインスは父への挨拶を終え、次の目的地へと向かう。
*****
(これは記憶と大分違うっすね)
街から数日かけて、ルインスがたどり着いたのは、とある貴族の家だった……はずだ。
その家の外観は記憶よりも廃れており、人が手入れをしていないことがはっきりわかる。
外から中の様子を見ても、人がいる気配はない。
(まあ、この剣が裏オークションに出品されているのを見た時点で、予想はしてたっすけど)
ルインスは身に着けている幻影魔剣を見る。
この剣は裏オークションで偶然見つけ、それほど高値が付くこともなく、落札できた。
この貴族家の家宝であるはずの剣が出品されているということは、手放さざるを得ないほどの災いが起こったのだろうなとは思っていた。
それでもこの家に来なかったのは……。
「すみませーん」
「……」
門はあるが、門番はいないため、家の中に声をかけてみる。
「じゃあ、失礼するっす」
中からは声が聞えないので、勝手に門を開けて中に入る。
(使用人を雇う余裕もなくなったか)
外からも見えていたが、敷地内の花壇には雑草が無造作に生え、池は水草で覆いつくされている。
(昔、閉じ込められていた離れはなくなっているみたいだな。本館の扉は開いている。誰かいるのか?)
ルインスは自分が閉じ込められていた離れがなくなっていることを確認した。
本館の玄関の扉は開いており、そのまま建物の中に入る。
「すみません!」
返事はない。中に誰かいるのか確かめてみるが、人の気配は感じられない。
(悪趣味な飾りがなくなってるっすね……ん?)
外観とは対照的に、屋敷の中は妙に整っている。埃の積もり具合から見ても、最近誰かが掃除した形跡がある。
(家主は留守っすかね……)
そんなことを考えながら、本館を歩き回る。
「ごほっ、ごほっ」
二階へ上がり、通路を進んでいると、ふと一室からかすかな咳の音が聞こえた。
ルインスは足音を殺し、そっと扉に近づく。そして、慎重に扉を開く。
「うううう……。ごほっ、ごほっ」
誰かがベッドで寝ている。ルインスがゆっくり近づくと、
「うっ、誰だ! 出て行けっ! 私は悪くない。私からこれ以上奪うな、ごほっ」
ベッドに横たわっていた老人は、気配を感じるや否や、肩を震わせながらベッドの端にしがみついた。怯えた目でルインスを見上げ、何かから逃れるように壁へと後ずさる。
その姿を見た瞬間、ルインスの感情に呼応して、幻影魔剣から黒い靄が立ち上る。
「……っ」
ルインスは長く息を吐いた。拳を強く握り、ゆっくりと開く。黒い靄はその動きに呼応するように、静かに霧散していく。
「ガライル・シェード。俺はお前を今すぐにでも殺したいくらい憎んでいる」
低く響く声が、室内の冷えた空気に溶ける。
「……だが、俺の尊敬する父親の言葉に従い、貴様は殺さない。せいぜい貴様が犯した罪と向き合って死ね」
「……まさか、ライゼルなのか? また……私のもとに……?」
震える声が部屋に響く。
ルインスはもう一度だけ、冷ややかな視線をガライルに向けた。そして静かに、最後の言葉を落とす。
「貴様の息子は死んだ。……もう誰も、貴様の名を継ぐ者はいない」
そして、踵を返した。
(これで……良かったんすよね?)
帰る機会はいくらでもあった。
それでも帰らなかったのは、もし一度でもあの男の顔を見れば、怒りに飲まれ、父の言葉も何もかも忘れて、剣を振るってしまうと思ったからだ。
決してあの男を許すことはないだろう。それでも、自分の過去の因縁に一つの区切りをつけた気がする。
扉を開け、屋敷から出たところで、
「あら? お客様かしら?」
大きな籠を持った若い女性が入口から歩いてきた。
「用事は終わったんで、失礼するっす」
「ちょっと待って! あなた、もしかして」
ルインスがそそくさと出て行こうとしたところで、その女性に止められる。
「はい?」
「私のこと忘れちゃったの?」
その女性は籠を置き、腰に手を当てて、じっと見つめる。
その瞳には見覚えがあった。
「もしかして、あの時自分を助けてくれた子っすか? 名前は……」
「アリエッタよ」
「ああ! 思い出したっす」
「私も成長してて、最初見た時は分からなかったわ」
「あの時は本当にありがとうございました」
「お礼はいらないわ。それよりも少し話していかない? あなたがあの後どうなったのか、気になっていたのよ」
「良いっすよ」
*****
ルインスは近くにあるというアリエッタの家で、自由になってからの冒険譚を話した。
「それで、今はアブドラハっていう辺境の都市で騎士をやってるんすよ」
「騎士なんてすごいわね」
「いえ、これもアリエッタさんのおかげっす。あっ、そうだ。これを受け取って欲しいっす」
ルインスは持ってきた金貨の詰まった袋をアリエッタに渡す。
「えっ、こんなに!? こんな大金受け取れないわよ!」
「もともと、使用人の方たちがいれば渡すつもりだったんす。自分だけ自由にやらせてもらって、他の人を縛るのは申し訳なかったっすから」
アリエッタの話では、前までは他の使用人もいたが、シェード家の奥方様がなくなり、旦那様だけになり、寝たきりになっている今はアリエッタだけで介護しているとのことだった。
本人は『きちんと貰うはもらっているから』とのことだが、服装や家の様子を見る限り、それは怪しいところだ。
「そういうことなら、前まで働いていた使用人と分けさせてもらうわね」
「そうしてください。自分は使わないっすから」
「あなた、もしかして結婚してないの?」
「そうっすね」
「ふーん。いつまでここにいるの?」
「考えてなかったっすね。用事が済めば帰るつもりだったんすけど」
「なら、泊っていきなさいよ。実はあの時、あなたを助けたのは私だけの力じゃなくて、使用人のみんなが協力したからなのよ。あなたが顔を見せれば、きっと喜ぶと思うわ」
「そうだったんすか!? ……なら、お礼を言わないといけないっすね」
「じゃあ決まりね!」
ルインスの帰省は想定よりも長くなった。




