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77話 殺伐とした猫

「暇だー」


 ラフィが腕を組んで大きく伸びをしながらつぶやく。

 アブドラハを出発してから、まだ二日しか経っていない。


 シルヴァさんによると、少人数なら半月ほどで中央までたどり着けるらしい。まだまだ先は長い。

 俺は初めての長距離移動だから新鮮で飽きることはないが、騎士団の任務で移動に慣れているラフィにとっては退屈なのだろう。


 アブドラハは辺境にあるが、国境の重要な貿易都市でもある。そのため、商人が行き交い、道も完全ではないもののある程度舗装されている。

 舗装されていない道はガタガタして辛いが、基本的には問題なく進めている。

 馬車の運転はシルヴァさんとミャリアさんが交代でやってくれているのだが……なぜかミャリアさんの時だけやたらと揺れる。

 気のせいだと信じたい。もしくは、シルヴァさんの運転技術が異常に高すぎるのか?


「確かに退屈ですわね。勉強しようにも酔ってしまっては、みんなに迷惑が掛かってしまいますもの。ね、お兄様?」

「うっ……。昨日はすみませんでした」

「気にするなって。昨日は予定通り、野営場所に着けたんだからさ」


 出発して最初のうちは、みんなで会話をしながら時間をつぶしていた。

 だが、それも尽きると、各自で好きなことをして過ごすようになった。

 そんな中、ミャリアさんの運転が始まった途端、試験勉強をしていたリオネルが酔ってしまうという、ちょっとしたハプニングが発生した。


「クラウ殿ーっ!」

「いや、そんな感謝するような目で見られても誰も責めてないからな」

「そうですわね。今日は近くの村に泊めていただく予定ですし、何かあっても試験までには余裕で着く予定ですもの」


 交易路の周辺には、小さな村や集落が点在している。

 そこで人々は農業や自然資源の採掘を行い、道行く行商人と取引したり、アブドラハに売りに来たりして生計を立てているそうだ。

 昨日は野宿をしたが、慣れない寝袋の中では疲れがなかなか取れなかった。夜は寝付けず、朝起きるのも苦労した。

 近くの村で泊めてもらえるのは、本当にありがたい。


「みんな仲が良さそうで何よりニャ」


 ミャリアさんはそう言って頷く。


「何、先輩面してんだよ」

「実際そうニャ! ラフィも私を敬いなさい」

「やめろっ!」


 ミャリアさんがラフィに手を押し付ける。


「ミャリア先輩とラフィは、どちらが先に騎士団に入団したんですの?」

『私だ(ニャ)!』


 レオノーラの質問に、ラフィとミャリアさんが同時に答える。


「私の方が先に騎士団に居ただろ」

「いやいや、アタシの方が先にニャ!」

「まあまあ、お二人とも落ち着いてください。あっ、そうだ。お二人の出会いを聞かせていただけませんか? レオノーラ、気になるよな?」

「それは気になりますわ!」

「ごほんっ! そこまで聞きたいなら、可愛い後輩たちの頼みだし、話してやってもいいニャ。心して聞くニャ」


 リオネルの仲裁とレオノーラの助けにより、ミャリアさんは一瞬のうちに話す姿勢に変わった。


「……話したいだけだろ」


 ラフィの小さなつぶやきが聞こえているのか、それとも無視しているのかミャリアさんは話し始める。




 *****




「敵将の首を取るとは、流石『血獣』だ」

「どうでもいい。早く金を寄こせ」

「相変わらず不愛想な奴だな。これが今回の報酬だ」


 雇い主が投げた袋はジャラッと音を立て、床に落ちる。

 アタシは床に落ちたそれを拾い、中身を確認する


「……おい、前より少ないぞ!」

「なんだその目は? まさか、文句でもあるのか? 君の家族の命は私の一言でどうとでもなるのを忘れるなよ。獣の分際で仕事があるだけマシだと思え」

「っ! ……金貨百枚で解放するっていう約束、忘れたとは言わせないからな」

「もちろんだ。私ほど君の実力を評価している者はいない。君がきちんと働くなら、君の家族が自由になる日もすぐに来るだろう」

「……失礼する」


 卑しく笑う男の前から逃げるように、アタシはその場から立ち去る。


 アタシのお父ちゃんは奴隷狩りに殺された。

 お母ちゃんとアタシと妹だけが、奴隷商で売られ、あの男に買われた。

 戦えるのは、お父ちゃんから剣を習っているアタシだけ。

 大丈夫。この1年でお金の半分は貯まっている。

 アタシが稼いで二人を解放するんだ。


「……誰?」


 あの男の屋敷から出た後、なんとなく尾行されていることには気付いていた。

 相手は気配を消すことに長けているようで、位置までは分からなかったので、あえて行き止まりを選んで相手を誘った。

 どんな相手だろうと一対一なら負けはしない。


「気づかれていましたか」


 声から察するに女だろう。

 白いローブを着た女が建物から降りてきた。


「あなたには聞きたいことがあります」

「お前に話すことなどない。雷獣気」


 一瞬で女に詰め寄り、一閃を放つ。

 アタシはこの天性の素早さで、他の獣人も魔法使いでさえも切り裂いてきた。

 この契約魔法さえなければ、今のアタシの実力ならあの男だって一瞬で()って、家族を救い出せるのに。


 何も手に持たず、棒立ちしている相手など話にならな……。


「なっ!?」


 アタシは戦闘中だというのに、目を疑うような異常な光景に止まってしまった。

 女はアタシの渾身の一閃を避けるどころか、素手で捕まえたのだ。


「一度、眠りなさい」


 頭部に衝撃を受け、アタシはそのまま気を失った。




「んにゃあ……はっ、ここは?」


 気を取り戻したアタシが目を開けると、知らない部屋の中だった。

 体を動かそうにも、椅子に縛られていて動けない。


「ええ。こちらは大丈夫です。あなたはシルヴァと見張りを続けなさい」


 アタシを捉えた女の声がする。

 誰かと話している?

 いや、部屋の中で感じる気配は一人だけだ。


 アタシがそんなことを考えている間に、女がアタシに近づいて来る。

 考える時間を稼ぐために気絶したふりをする。


「何をしても無駄ですよ。あなたが起きていることくらい、血流の動きを見れば分かります」

「……くっ、気づいていたか」


 血流の動き? そんなもの見れる訳が……魔法か?


「そして、嘘を吐けばすぐに分かるということです。どうせ話せないでしょうし、私があなたに聞きたいことは一つだけ。あなたはダミアン・グラモールの仲間ですか?」

「ふざけるな! アタシがあんなクソ野郎の仲間になるもんか! こんな契約魔法がなければ、今にもあいつをぶった斬ってやる!」


 アタシは敵の前だというのに、止まらない涙が溢れ、喚き散らしていた。

 最後に涙を流したのは、目の前でお父ちゃんを殺された時だ。

 それ以来、何もかもが自分の手で取り戻さなければならないと思っていた。だが、あいつの『仲間』と言われた瞬間、無力さに震えながらも、その怒りが止められなかった。


「分かりました。後は私たちに任せなさい。あなたの家族もあなた自身も自由にすると約束しましょう」


 アタシはいつの間にか家族のことまで話していたらしい。

 女はそう言うと、アタシを縛っている縄を解き、部屋から出て行った。


「な、なんだったの?」


 アタシは部屋から出ることなく、女の帰りを待った。




「いやー、貴族ってのはどこも闇が深いっすね」

「ルインス、先入観は捨てろといつも言っているだろう」

「分かってるっすよ。……ん? この子は誰っすか?」

「んー……ニャッ!?」


 知らない男の声が聞こえ、アタシは飛び起きた。


「誰っ! あれっ……ない!?」


 慌てて剣を構えようとするが、腰に剣がないことに気づき、慌てる。


「もしかして、この子が副団長の言っていた子っすか?」

「状況から考えるとそれが一番自然でしょう」

「だっ、だからあんたらは誰ニャ!」

「申し遅れました。私はシルヴァと申します」

「ルインスっす。お嬢ちゃんの名前は?」

「……ミャリア」


 老紳士と陽気な男がさらっと名乗るので、つられてアタシも名乗ってしまった。


「ミャリアちゃんは見た感じ副団長を待ってたんすかね? もうすぐ来ると思うんで、ご飯でも一緒にどうっすか? 師匠の料理は上手いっすよ」

「お前という奴は……。朝も早いですし、お嬢さんもよろしければいかがですかな?」

「いや、アタシは……」


 ぐううううううう


 断ろうとしたところで盛大にお腹の音が鳴ってしまった。

 思い返せば、昨日はこの街に帰ってきて、なにも食べていない。

 アタシは恥ずかしさのあまり赤面する。


「じゃあ、師匠、料理はお願いするっす」

「お前はお嬢さんに色々説明して差し上げなさい」

「了解っす」



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