74話 お前のことを知りたい
カリューとの戦いから、ひと月ほど経った。
みんなに学園へ行くことを伝えてから、俺は本格的に学園へ行くための準備をしつつ、店に氷を卸したり、畑の様子を見たり、相変わらずの毎日を送っている。
「クラウ兄、ここよく分からないよ」
「ああ、ここはな……」
今は弟のリトの勉強を教えているところだ。
リトも成長して、自分から俺とジョゼフ父さん手伝いをしたいと言い出した。
一時期は強くなりたいと言って聞かなかったが、それはリトなりに考えがあってのことで、その成長に驚いた。
もっと、弟の言葉に耳を傾けるべきだったと反省した。
そんなリトの勉強を見ながら、俺の元に届いた手紙のことを考えている。
手紙の差出人はサターシャだ。
内容は簡潔に言えば、『カリューが俺と話したがっている』とのことだった。
あの時は、俺が一方的にカリューに感情をぶつけただけだ。
戦いの後で少し興奮していたというのもあるが、俺は……。
*****
「おっ、来たみたいっすね」
「遅えぞ」
「ごめん、ってなんでラフィまでいるの!?」
「私が居たら悪いか?」
「いや、そんなことはないけど」
騎士団の兵舎まで行くと、ルインスと何故かラフィが待っていた。
「こいつが昨日からこそこそしてるから、怪しいと思って問い詰めたら、海人族のところへ行くっていうから私も来た」
「へへっ、バレちゃいました。まあ、とりあえず行きましょう」
ルインスに連れられて、厩舎へ移動した。
「何か分からないんすけど、最近やけに軍の奴らが優しいんすよね。こうして飛竜まで貸してくれるんすから。まあ、お金は払ってるっすけど」
「でっけえ」
「すごっ!」
そこには、サターシャが乗っていたのを見たことがある飛竜が居た。
「子供二人なら何とかなるっす。ただ、危ないんでしっかりベルトで固定するっすよ」
「これで行くの?」
「少し遠いっすから。こいつなら一飛びっす」
「ギャウアアア!!」
ルインスの言葉に応えるように、飛竜は甲高い声で鳴く。
こんなところで飛竜に乗れるとは思わなかった。
俺たちはベルトでしっかり胴体を固定し、鞍についた足掛けで脚を固定する。
さらに、ルインスから伸びた影が、体を程よく支えてくれる。
これなら落ちることはないと信じたい。
「じゃあ、行くっすよ。最初は勢い良いんで、舌を噛まないように」
そんなルインスの注意と同時に、タッタッと飛竜が助走をつけ、一気に空へ急上昇する。
ルインスを壁にしていても、強い風が前方から襲ってきて、思わず目をつむる。
「……すごい、きれいだ」
目を開けると、アブドラハ全体を見渡すことができ、地平線がきれいに映る。
俺も魔法で空へ浮かぶことは出来るが、飛竜ほど高くは飛べない。
滅多に見ることができない景色に感動していると、突然背中からぎゅっと抱き着かれる感覚があって驚くが、体は固定され、振り返ることは出来ない。
「……もしかして、怖いのか?」
「……うん」
「魔法で飛んでなかった?」
「……自分の魔法なら怖くない」
「ならしっかり捕まってろ」
「うん」
空の旅には想定外もあるということだ。
「ルインス、どれくらいで着きそう?」
「もうすぐっす。あそこに見える谷が目的地っすよ」
すでに地上は人の住む街から離れ、緑一色になっている。
地上なら時間のかかる道も、空を飛んだら一瞬だ。
「ここらへんで降りましょう」
飛竜はゆっくり高度を下げて、目的地へと降り立った。
「飛竜ってすごいんだね! 賢いし、かっこいい」
「ギャウアッ!」
「そうなんすよ。この飛竜は魔物の中でもかなり温厚な部類っす。怒らせると危険っすけど」
「怒らせないように気を付けるよ」
俺たちも地面に降りて、飛竜を褒める。
「じゃあ、自分はこいつを預けてくるんで、待っててください」
ルインスは厩舎へ飛竜を預けに行った。
「どう、調子は良くなったか?」
「だ、大丈夫」
地上に降りて、ラフィの顔色は少しずつ良くなってきているが、まだ無理そうだ。
「無理しなくて良いぞ。急いでるわけじゃないからな」
「……」
ラフィはそのまま座り込む。
「……それもある。でも、それだけじゃない」
ラフィは視線を少し落とし、言葉を選ぶように続けた。
「クラウがどう向き合うのか、それが気になった」
まるで俺の心を読んだかのようなラフィの言葉に、俺は少しだけ戸惑った。
「……なら、きちんと向き合わないとな」
「うん」
ラフィの体調は良くなり、ルインスを待って、俺たちは海人の集落へ足を踏み入れた。
*****
海人の集落は山間部の谷に存在していた。
谷全体は木々に囲まれ、その一部を切り開き生活しているようだ。
ここなら余程のことがない限り、人目に付くことはないだろう。
外から見える家々は木材を粗く組み合わせた簡素な作りになっている。
十数名の海人が暮らしているらしい。
「どうもっす」
「待っていたぞ」
入口に行くと、カリューが俺たちを待ち構えていた。
相変わらずの尊大な態度である。
「我についてこい」
カリューの言葉に従い、俺たちはその後ろをついていく。
その道中、人族は目立つのか、海人たちから視線を感じる。
もともとアブドラハを襲撃してきた相手だ。
俺たちにどんな感情を抱いているのかは分からないが、良い感情ではないだろう。
外からは見えなかったが、集落の中には湖があり、その周辺には小さな畑があった。
「おい、カリュー。なに、人族なんて連れ……ひっ」
途中、俺と同じくらいの身長の海人が絡んで来ようとしたが、ルインスを見た瞬間、一目散に逃げていった。
「ルインス、あの人のこと知ってるの?」
「いやー、どうっすかね」
「あいつはどうしようもない奴だ。気にするな」
ルインスはどちらか分からないような反応をし、カリューは静かにつぶやく。
「ここだ。中に入れ」
カリューに案内された場所は、何の変哲もない建物だった。
中に通され、そのまま座らせられる。
「狭いだろう。人が来るのを想定していないからな」
カリューの言う通り、この建物は4人でぎりぎりの広さだ。
「さて、我が呼んだのは他でもない。小僧、貴様に話がある」
「ああ。俺もお前と話したいと思ってここに来た」
「ふっ、そうか」
カリューはここに来て、初めてその表情を崩した。
「あの時は一方的に俺の考えを言ったけど、俺はお前のことをよく知らない。あの時の続きだ。俺はお前のことを知りたい」
「呼んだのは我の方だがな」
「呼ばないなら俺の方から声をかけていた」
「おい、話を進めろよ」
変なところで意地を張り合っている俺たちを見かねて、ラフィが話を急かしてきた。
「そうだな。海人のことから話そう。我が話せる範囲でな」
カリューは前置きを置いて話し出す。
「我ら海人は原始の民だ。一つの世界が分かれた時に生まれ、今も存在し続けている」
「一つの世界が分かれたって、何の冗談っすか。まるでルミア教の教典みたいっすね」
「ルミア教? 初めて聞く言葉だな。だが、冗談ではなく、これは海人族に代々伝わる歴史だ」
「ルミア教ってあれだよね。確か、エル」
「待った。すみません、話を中断させてしまって。続けるっす」
俺が『確か、エルシオンって国の宗教だよね』と言おうとしたところをルインスに口を塞がれた。
まあ、ここで話を脱線させても仕方がない。
「分かれた世界にはそれぞれ名前が付けられた。赤の世界、青の世界、緑の世界、黄の世界、白の世界、黒の世界。それぞれの世界には守り神が存在し、その世界に住む種族に繁栄をもたらした。海人の住む世界は青の世界だ。我らの先祖は今とは違い、辺り一面に海が広がる世界で暮らしていた」
「信じられないな。じゃあ、ここがその青の世界ってことか?」
ラフィはそんな胡散臭い話に騙されるかといった態度だ。
「今の世界は青の世界ではない。ある出来事がきっかけで六つの世界の均衡が破れ、また一つになった。それが今の世界だ。伝承ではそうなっているし、我らもそれを信じている」
「そのある出来事ってのはなんだ?」
「それは我も知らん」
「話にならな」
「いや、今の話はかなり教典と類似している。ラフィちゃん、気持ちは分かるっすけど、もうちょっとだけ聞いてもいいっすか?」
「好きにしろ」
ラフィがここまで一方的に拒絶するのは珍しい。
確かに信じられないようなはなしではあるが、何かあるのか?
「では、話を続けるぞ」
カリューはもう一度語り出す。




