75話 弱さと向き合う
「六つの世界均衡が破れ、世界は一つになったといったが、均衡が破れたというのは世界が一つになるまでのきっかけにすぎん。世界が一つになったのは、戦争が原因だ。ある種族は別の種族の侵略から居場所を守るために、またある種族は自身の守り神を守るために戦い続けた。戦う理由は絶え間なく生まれ、争いの炎が広がっていった」
「まあ、あり得ない話ではないっすね。資源だとか宗教だとか、規模は違うっすけど、今も戦争の理由なんてそんなもんでしょう」
カリューの話にルインスは同調する。
自分たちの居場所である世界が侵略されるとなれば、争いの激しさも増すだろう。
「永遠に終わらぬ争いに誰もが絶望し、その争いの炎が膨れ上がり、ついには世界そのものを揺るがしたその時、世界を救うべく、それぞれの世界の守り神が動いた。守り神たちはその力を振るい、世界を一つにまとめることで、争いの炎を収縮させたのだ」
「それが今の世界って事っすね?」
「そういうことだ」
全く想像できない話だ。
六つの世界に守り神って、話のスケールに頭が追いつかない。
「でも、なんで俺たちの方にはそんな大事な話が残ってないんだ? ルインスは教典に乗っているみたいなことを言ってたけど、俺は初めて聞いたぞ」
「人族のことなど我には分からん」
「自分もそれは分からないっす。違うところはあるっすけど、ルミア教の教典と似てるのは確かですし。いくらこの国に情報統制があるとはいえ、この話が一つの国の規模に収まるものではない以上、この国にも何かしらの形で残っていてもおかしくはないっすね。これってどれくらい前の話なんすか?」
「正確な時代は分からん。だが、千年以上は経っているはずだ」
「なら、その期間で忘れられたとかっすかね?」
「貴様らは短命だからな。我らは貴様らの倍は長く生きる」
千年もの時が流れれば、大事な話であっても、やがて人々の記憶から消え去るものなのかもしれない。
「ふんっ、そんな話、誰も信じねえだろ」
当然、ラフィのように信じない者もいるだろう。
「貴様らがどう思おうが、どうでも良い。今度は我ら海人についての話だ」
カリューが海人族に伝わるこの世界の歴史について話したのは、これから話すことに関係するってことか。
「我らの祖先が海中でも過ごせていたのは守り神である海神様の恩恵によるものだった。だが、世界を一つにまとめる際、海神様は力を使い果たし、その御神体を別のものに変えた。そして、我らの祖先たちは海神様の恩恵を失ったまま、混沌の世界で生きることになった」
「もしかして、そのウミガミ様っていうのが、あんたたちの言う秘宝っすか?」
「その通りだ。恩恵を失い、海で暮らすことこそできなくなったが、我らは代々海神様の新たな御神体を守護していた。愚かにも貴様ら人族がその封印を解き、盗み出すまではな」
カリューは淡々と語る。
その口調からは、人族に対する恨みを抱いているようには見えない。
「……愚かだったのは我らも同じだ。海神様の御神体を崇めてはいたが、盗まれるまで、それを守ることの重みを理解していなかった。秘宝がなくなってすぐ、我らの里には大きな災いが訪れた。豊富にあった水は枯れ、作物は育たない、不毛の土地になったのだ」
これがフリード子爵の言っていた話か。
「だから、秘宝を取り戻そうとしたんすね」
「そういうことだ。我にとってはどうでも良いが、他の同胞たちは取り戻すことに必死だ」
「あんたにとっては大事な話じゃないんすか?」
「当然我も海神様には敬意持っている。だが、同胞たちとは違い、海への憧憬は少ない。だからだろうな、それほど秘宝に対する執着心はない」
「海への憧憬?」
「ああ。海こそが我らの母であり、我らにとって秘宝はかつて海が与えてくれていた恩恵そのものを象徴する存在ということだ。普段、我らは群よりも個を優先する。そんな我らが目的を一つにするとなれば、海に関わることくらいだろう」
「確かに、長命種は群より個を優先しやすいってのは聞くっすね」
よく分からないが、これが人族と海人族の大きな違いなんだろう。
「我らは……」
カリューの口がぴたりと止まる。
「どうしたんすか?」
「ここから先は話せんようだ」
「そうっすか。残念っす」
カリュー達は襲撃前に誰かの手によって口止めされている。
これから言おうとすることは、契約魔法で言えない範囲に引っかかったみたいだ。
「今までの話を聞いて思ったけど、人族って原始の民ではないの?」
「知らんな。我が知ってるのは伝承された海人族の歴史だけだ」
「そうなんだ」
多分、カリューが話せるのは今話したところが限界なんだろう。
「これで、海人族とは何たるか、そして、我らが争う理由は理解したな?」
「ああ」
「歴史から見ても、我らはもともと争う種族同士なのだ。世界が一つになってもそれは変わらん。小僧、それでもまだ我に生きろというのか?」
「俺の考えは変わらないよ」
「ふっ、そうか」
俺の答えにカリューは小さく笑った。
「別に我も死を望んでいるわけではない。過酷な時代の中、先代たちが辿り、次代へ繋いできた道は偉大だ。我は勝てば生き、負ければ死ぬ、先代たちの辿ってきた道こそが、戦士の誇りであり、伝承者の務めだと考えていた」
「それはその通りだと思う。俺はお前のことを何も知らなかった。お前の事情を知った今、あの時一方的に放った言葉は、お前の誇りを傷つけるものだった。ごめん」
感情的になったとはいえ、カリューのことを知ろうとせずに責めたのは間違いだった。
「ふっはっはっは! 何を謝ることがある。人族は皆こうなのか? よく分からんな。言葉で向かってくるなら、それに応えるのも戦士の務め。我がこの話をしたのは、敵に生きろとのたまう貴様が面白いと思ったからだ」
「お前は敵で、俺たちの命を奪おうとした憎い奴だ。でも、正直に言うと、俺はお前に殺されそうになった時、お前なら良いって思ってしまったんだ。そんな強くて誇り高いお前が、死を口にするなんて許せなかった。それは、弱い俺の言葉だったから。悔しいけど、それでもお前は俺にとって理想の強さを持つ戦士だったんだ」
昔から俺は弱くて臆病だ。
この世界で生き抜こうとする気持ちの奥底に、矛盾するように人生への諦観があった。
それは俺がこれまで隠してきた弱さだ。前を向いて生きていく、いくら自分に言い聞かせてもそう簡単には変わらない。
命を懸けて守りたいと思う気持ちが、無意識に「死んでも良い場所」を探していたからだと気づいたのは、ルインスに叱られてからだった。
俺の中の強さの象徴であるカリューが、その弱さを口にするのが、どうしても嫌だった。
「小僧、名はなんだ?」
「クラウ・ローゼンだ」
「人族の名は長いな」
「ローゼンは家名だ」
「そうか。もし、我を見てそう感じたなら、それはクラウが強くなったからだろう」
俺は強くなっているのか?
そのカリューの言葉にはっとさせられた。
言われてみれば、今は前よりも自然に前を向いて生きて行こうと思える。
自分の弱さと向き合えているということだろうか。
「だが……そうだな。我が理想であるというのなら、それに応え生きることもまた、戦士の務めなのかもしれんな」
「ああ。生きてくれ」
やっぱり、自分の本心をさらけ出すこの感覚には慣れないな。
でも、心の中で長い間抱えていたものが少し軽くなった気がした。
「炎の小娘、貴様は?」
「ラフィ」
「ラフィか。まだまだ技は未熟だが、伸びしろは多い。良い戦士になるだろう」
「負けた分際でよく言うぜ。それに私は戦士じゃなく騎士だ。今度は一人でお前に勝ってやるよ」
「楽しみにしておこう」
*****
海人たちの集落からアブドラハに着いた時、日は落ちかけていて暗くなっていた。
「ラフィは気づいてたのか?」
帰り道、ラフィを送るついでに聞いてみた。
「なんとなく。誰でも隠したいことはある」
「まー、それもそうだな」
「でも、クラウはちゃんと向き合えてたと思う」
「なら良かったよ」
ラフィからもお墨付きをもらった。
「ラフィも何か隠してることはあるのか?」
「どうだろう?」
カリューの話で気になることはあったが、本人が話すつもりがないなら、これ以上はやめておこう。
「ところでさ、最近思うんだけど、俺ってそんなに態度に出やすいかな?」
「……」
「何か言ってくれよ」
この世界がどんなものであれ、人の心は難しい。
75話にして、初めてクラウについて深く触れた気がします。




