62話 鬼ごっこ再び
「ルールはさっきと同じで。影幕」
ルインスは後ろを向き、歩いて俺から離れながら影の幕をつくりだす。
ある程度離れたところで、もう一度こちらを向く。
「もう始めて良いんすか?」
「うん、いいよ」
ルインスはあえて隙をつくり、時間をつくろうとしてくれているらしいが、再戦を提案した時点で準備は整っている。
「じゃあ、始め」
「氷子蜂、いけ!」
合図が出た瞬間、氷子蜂の群れをルインス目掛けて飛ばす。
氷子蜂の群れは霧のように広がり、ルインスの視界を覆っていく。
「今度は魔法を使ってくるんすね! その速度なら余裕で……ん?」
ルインスは影を呼び出し、動こうとしたところで、足が地面から離れないことに気づく。
「いつの間に!?」
ルインスが驚くのも無理はない。
小さな氷の虫が足元をよじ登り、地面とともに凍り付いているのだから。
「ルインスが先手を取るって話をしている間に試してたんだ。それが新しい魔法、“氷蟻”だよ。地面を掘って、相手の足元から凍らせていく。氷虫より小さいから見にくいでしょ?」
先手を取るって話が出た時点で、氷魔法で凍らせて相手の動きを封じられれば良いのでは? という考えにすぐに行きついた。
だが、ルインスのような感覚が鋭く、戦闘経験も豊富な相手の動きを封じるのは容易ではない。そうなると相手の意識外から動きを封じる必要がある。
意識外からどうやって相手を凍らせるかを悩んでいるとき、ルインスから戦闘センスについての話があった。
昔、サターシャから人間の情報処理はその大半を視覚に頼っているという話を聞いたことがある。
戦闘センスには、自分が思い描いた動きを体で再現する力とかも含まれているだろうし、ルインスが言うように危機察知能力も戦闘センスの一部なら、それは視覚以外の感覚、例えば“触覚”や“聴覚”の鋭さも活用していることになる。
とはいえ、どれだけ鋭い感覚を持つ者でも、普段は視覚情報に頼っているはずだ。
つまり、視覚を惑わせ、その外側から氷魔法を叩き込むことができれば、いかに感覚が鋭いルインスでも、その攻撃を避けることは難しいということだ。
この思考をもとに、ルインスの視覚には入らない地面から氷魔法を叩き込めるよう、氷虫よりも小さく、穴を掘ることに特化した『氷蟻』を生み出した。
大きすぎればルインスに穴を掘っていることがバレるだろうし、これが最善だと考えた。
後は氷子蜂で視覚情報を惑わし、足元への注意を逸らせてあげれば良いってわけだ。
「まさか、たくさん質問をしてきたのはこの魔法を開発しながら、この虫を作るための時間稼ぎだったんすか!?」
「普通に気になっただけだから。でも、詳しく説明してくれたおかげで穴を掘る時間は十分に作れたよ」
話を聞きながら、ルインスに気づかれないよう、さりげなく背後の足元から氷蟻を生み出し、地面へと送り込んでいたのは事実だが……。
「分かりやすいように説明したのに、話半分で聞かれてたら立ち直れないっすよ」
「ちゃんと聞いてたよ! 色々勉強になったからこうやってルインスを捕まえられたわけだし」
「ならいいっす。これは良い先手の取り方っすね」
ルインスの話がなければこの考えにたどり着くことはなかっただろう。
「あの、そろそろこれをどうにかしてくれませんか? いい加減寒いっす」
こんな話をしている間にも、氷子蜂と氷蟻によって、ルインスの体はどんどん凍らされていく。
俺はルインスに近づくと氷の拘束を解いた。
「もう一つ、ルールの押し付けって部分で良い案が浮かんだから、手伝ってよ」
「もちろんいいっすよ」
そのまま、ルインスは影に紛れ込む。
『さて、どうするっすか?』
十体の影が俺を囲み、周回し始める。
俺はそれを無視して、影の幕の外へと出て行く。
「よし、こんなもんか」
影の幕の外側を、俺の身長の二倍ほどの高さの氷壁で覆った。
使える魔素が増えたおかげで、魔素量はまだまだ余裕だ。
氷壁の一部に穴をあけると、そこから冷気を大量に送る。
後は待つだけだ。
『ギブアップっす!』
冷気を送り続けて待つこと五分ほどか、中の様子は影の幕のせいで見えないが、中からルインスの声が聞こえてきた。
「俺の勝ちで良いんだね?」
「ま、負けっす!」
影の幕が消えると、氷壁を飛び越えてルインスが出てきた。
「どうだった?」
「めちゃくちゃ寒かったっす」
出てきたルインスはかなり震えていたが、気で体温を上げ始めたのか、すぐにその震えもおさまった。
「これもルールの押し付けにならないかな?」
俺がやったのは簡単だ。
影に紛れたルインスを捕まえるのは難しいことは最初の負けで学んだ。
ルールでは、逃げる側のルインスは影の幕の範囲からは出られないが、鬼の俺は特に制限されていなかった。
だったら、捕まえることで勝つのではなくルインスを冷気で炙り出して、範囲外に出すことで勝とうという作戦だ。
冷やされた大気は重くなり、下に沈んで滞留する。
氷壁で覆ったのは、その冷気を逃がさないためだ。
「限定的な場面ならありっすね。相手が屋内にいる状況とか、特に籠城戦が得意な相手からしたら、突然寒さとの我慢比べっていうルールを押し付けられるわけっすから、屋外に出ようとするでしょう。そこを上手く狙えれば、相手の先を取れるっす」
なるほど、屋内の敵には有効か。
こういう風に自分が有利になる戦略を作っていくことが大事ってことだな。
「説明して、すぐに実践できるとは思わなかったっす。じゃあ、今度は自分が追うんで、逃げる側をやってみましょう。範囲は特に指定しないんで、自分は時間が経ったら追うっす。確認したんでいないとはずっすけど、魔物が出たら教えてください」
「分かった」
逃げる側か……。
いくら遠くに逃げても、ルインスの方がこの森のことはよく知っているだろうし、すぐに見つかって素早さでも負けている俺は捕まるだろう。
隠れたところで、ルインスは影と視覚も共有できる。
何体影を出せるのか分からないし、見つかるのは時間の問題だ。
俺はルインスから離れながら、どうやったらルインスに捕まらないで済むか考える。
要は“捕まらなければ”良いんだよな。
良い案が浮かんだところで、森の中でもさっきまでルインスといた場所よりも広めの開けた場所に出た。
日当たりも悪くないし、ここならちょうど良さそうだ。
上手くできるか分からないけど、試してみよう
「氷華鏡迷宮」
―――ルインス視点―――
さて、そろそろ行きますか。
それなりに待ってから動き始める。
クラウ様はどうやって逃げるのか。
一番可能性が高い選択は“隠れる”だろう。
足場が不安定な森の中、しかも自分とは違って土地勘もない場所で、速さで勝負するとは思えない。
だが、先ほどの鬼ごっこでは、自分の想像を上回る形で結果を出してきた。
クラウ様なら別の選択をしていても不思議ではない。
もともと自分が教えるまでもなく、魔法の扱いに関しては上手い人だ。
それが対人戦の基本を教えただけで、あれほど変わるとは末恐ろしい。
おや?
考え事をしながら探していると、探索させている影のうちの一体の視覚に自然では絶対にありえないものが映った。
これは……。
その場所へ向かうと、巨大な氷の壁でできた迷路があった。
迷路の中には氷でできた蔓や花、草なんかが生えていて、幻想的な印象を受ける。
「罠っすね。でも、入るしかない」
どう見ても罠だ。
自分の勘が入らないほうが良いと警告しているが、指導者として入らないわけにはいかない。
自分の弟子に対する期待と少し恐怖を覚えながら、その氷の迷路に入っていく。
―――クラウ視点―――
「ぐっ、はっはっ……」
「はっ……はぁはぁ」
俺とルインスは氷の迷宮から離れたところで倒れていた。
「ル、ルインスごめんね」
「だ、大丈夫っす。……まさか本当の狙いが“こっち”だとは思わなかったっす」
「俺も自分の魔法で死にそうになるとは思わなかったよ」
少し経って、地獄の苦しみから解放された俺たちは氷華鏡迷宮から抜け出すことで、何とか話せるまでに戻った。
「それにしても、あの壁はなんすか?」
「あれは氷で作った特殊な鏡みたいなものだよ」
「氷でそんなこともできるんすね」
「うん。人って光を目で受け取ってるから色々見えるわけでしょ? 氷でその光を曲げることで姿が見えないようにしてたんだ」
氷魔法で作る氷は不純物を含まない、完全に透明な氷だ。
そのまま壁に使ってしまうと、相手から自分の姿が丸見えになってしまう。
そこで、氷華鏡迷宮の壁はその表面を滑らかにして反射性を強化し、さらに微細な凹凸を加えることで光の反射を複雑にし、視界を妨げる効果を生み出している。
「なるほど。迷路にこもって相手に自分を探させつつ、真の狙いは長時間その場所に居させることって訳っすね」
俺が考えたのは、隠れるふりをして、ルインスを凍らせてしまえば勝てるのでは……という作戦だった。
「でも、俺自身も凍らされるとは思わなかったよ」
鬼ごっこの結果は、ルインスが氷華鏡迷宮に入って、しばらくの間、俺は隠れ続けることができていたが、もう一つの仕掛けによって、俺自身が倒れることになった。
そこで助けを呼んだところ、来てくれたルインスもかなり危ない状態で、何とか俺を連れて迷宮の外まで出てくれたといった感じだ。
いくら耐性があっても限界はあるということが分かった。
「そこはまあ、対策を考えておけば大丈夫っすよ。ただ、集団戦だと使わないほうがいいっすね」
「そうだね」
鬼ごっこで学ぶことがこんなにあるとは思わなかったが、対人戦についての理解が深まった気がする。
もう一つの仕掛けについてはしばらく出てこないかもしれないです……。




