52話 反省と嘘
―――クラウ視点―――
突然のアブドラハ襲撃は衛兵や騎士団、狩人、さらには軍が即座に応戦したことで、混乱の中でも迅速に対処が進められた。
襲撃の激しさに反して、被害は驚くほど最小限に抑えられた。
倒壊した建物や負傷者は出たものの、市街地の大半は無事に守られ、多くの住民の命が守られる結果となった。
「だるい」
どうやらラフィを法衣の男から取り戻した後、俺は意識を失い、ルインスが騎士団の兵舎まで届けてくれたそうだ。
俺はそこで治療を受け、目が覚めると外傷はほとんど治っていたが、風邪を引いた時のようなだるさを感じた。
「騎士団の魔法使いに頼んだっす。普段は病院にいるんすけど、今は兵舎も避難所として扱ってるんで、ここで負傷者の怪我をしてるんすよ。魔法で早く治る分、疲れが出るんで、今日は安静にとのことっす」
側にいたルインスに聞いたところ、騎士団には治療ができる騎士もいるらしい。
魔法での治療は体内のエネルギーを無理に活性化させる分、回復後に一時的な疲労感が出るとのことだ。
「あれ? でもここは人が少ないみたいだけど」
俺が今居るのは、ベッドが二つあり、小さな机があるだけの簡素な部屋だ。
「ここは騎士が寝泊まりする隊舎っす」
「そうなんだ」
「……ここに連れてきたのは話があるからっす。なんであんな無茶な真似をしたんすか?」
ルインスはしばらく黙ってから、真剣な表情を作った。
無茶なこと……カリューとの闘い、炎に飛び込んだこと、ラフィを奪還しようとしたこと、思い返せばかなり無茶なことをした気がする。
「……俺にも覚悟ってやつが分かった気がするんだ。みんなを守るためなら怖くなくなって、命を懸けてもいいって」
バシッ
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
ただ、頬に走った音と衝撃で、ルインスに叩かれたことだけは理解できた。
痛みよりも、その行動自体の衝撃に、体が固まる。
「馬鹿野郎ッ!!」
ルインスの声が荒れる。
「いいか、クラウ・ローゼン。俺はお前に死に場所を選んでほしくて指導してるんじゃない。生きて欲しいから指導してるんだ! お前が死んだら残された家族はどうする? 友達は? これまでお前を支えてくれた人たちは? 残された方はずっとつらいんだ! フリード様に自分で言ったことを忘れたのか? 自分一人を犠牲にしようとするな! お前の原点は『みんなで』なんだろ?」
あっ……。
目の前のルインスが前に過労で倒れた時に怒ったエリーラ母さんの姿と重なって見えた。そして、次々と心配そうにするみんなの顔が脳裏に思い浮かぶ。
そうだ。俺は気づかないうちに、「一人でみんなを守らなきゃ」と思い込んでいた。
「……ごめん、なさい」
申し訳ない気持ちから涙が出てくる。
「自分を犠牲にしてほしくないって最初にも言いましたよね? 覚悟は大事っすよ。でも、覚悟があって、自分を守る強さがあって、初めて誰かを守れるんす。だからこそ守るってのは難しい」
ルインスが初めて会った時にダリウスさんの話を出して、俺に同じようになってほしくないと言っていたのを思い出す。
きっと、ルインスはダリウスさんを守れなかったことで何度も後悔して、苦しんだんだ。
だからこそ、同じ思いを俺の家族にしてほしくないから、俺が自分を犠牲にしようとしたことに本気で怒ったんだろう。
「自分が指導する以上、『死んでも誰かを守る』なんてことは許さないっす。ちゃんと生きて、守るんす。どうやったら死なずに守れるか、一緒に学んで行きましょう」
「はい」
俺の行動は自分を犠牲にしてでもみんなを守ることだった。
今回は運よく生きることができたが、同じようなことを繰り返せば間違いなく死ぬだろう。
生きて守る方法をルインスと学んで行こう。
「さて、ここまでは指導者としての話っす。ここからは騎士として、うちの見習い達の命を救っていただきありがとうございます」
「うん」
「結果良ければいいってわけじゃないっすけど、クラウ様が動かなかったらこの街が危なかったっす」
俺の考え方で反省することは多いが、あの時炎に飛び込んだのは俺にしかできないことだった。
その行動に今も後悔はない。
「そういえばラフィとリオネルはどうなったの?」
「どっちも治療してもらって、まだ目を覚ましてないっす。命に別状はないみたいなんで安心してください」
「よかった」
「それよりもまずいのは副団長っす」
「なんでサターシャが!? 大丈夫なの?」
「詳しいことは分からないっすけど、今は集中治療中っす。副団長のことなんで大丈夫だと思うっすけど」
「場所を教えて!」
「今行っても面会できるかどうか……」
「いいから早く」
*****
ルインスに案内してもらい、兵舎の治療室までやってきた。
その扉の前には初めて見る美人なお姉さんが立っていた。
「ミラジアさん、どうもっす」
「あら、ルインスと……どちら様かしら?」
ミラジアさんというらしいが騎士なのだろうか?
「クラウ・ローゼンです」
「ああ、あなたがクラウ様ね。サターシャから話は聞いてるわ。今は治療中だから静かに待ちま」
「サターシャっ!! 大丈夫か!?」
ミラジアさんの言葉を遮り、通路の方から大声で大男がすごい勢いで突っ込んできた。
あれは前に会ったことがある団長のガルハルトさんだ。
「黙りなさいっ!」
「……」
一瞬の沈黙が場を包んだ。
え? 何が起こった?
ミラジアさんの瞳が深紅に変わったかと思うと、ガルハルトさんはその場でピタリと止まり、まるで操られたかのように口を閉ざした。
「騒がしくするなら誰であろうと兵舎から出て行ってもらうわ」
「……っ、ああ、すまんすまん。サターシャは?」
「マリアンが治療しているわ」
ガルハルトさんはミラジアさんに謝りつつ、ゆっくりと近づいて来る。
「……これはミラジアさんの魔法っす」
ルインスがボソッと教えてくれる。
どういう魔法か分からないが、ミラジアさんは怒らせてはいけないということだけは覚えておこう。
「ああ、こんなにいらっしゃったんですね」
「マリアン! サターシャは無事か!?」
ガルハルトさんが来てすぐ、治療室の扉が開き、見た目と声では性別が分からない人が出てきた。
この人が先ほどから言われている騎士団の治療を担当しているマリアンさんか。
ガルハルトさんはマリアンさんに詰め寄る。
「ええ、失った臓器と血を再生させたので、しばらく安静にする必要はありますが、大丈夫ですよ。サターシャ副団長じゃなければ助からなかったでしょうが、凄まじい体力と生命力ですね」
「あの子なら当然よ」
「よかった」
そういうミラジアさんもほっとした様子で腕を組んでいる。
俺もその言葉を聞いて安心する。
「おや、君はクラウ君だね」
「はい。マリアンさん、治療してくれてありがとうございます」
「動けるようになったみたいで良かった。あまり無理をしてはいけないですよ」
「さて、副団長の無事も分かったことですし、自分が家に送るんで帰りましょう。きっと心配してるっすよ」
サターシャは麻酔で眠っていてしばらくは面会もできないとのことなので、ルインスの言う通りそのまま帰ることにした。
家ではジョゼフ父さんとエリーラ母さんとリトが心配して待っていた。
余計に心配させるのは良くないということで、ルインスと口裏を合わせ、人込みで転んで怪我をしたところをルインスに見つけてもらい、騎士団の兵舎で治療を受けていたという形でごまかした。
嘘が下手な俺ではなくルインスに任せたので完璧だ。
とりあえず、みんな無事でよかった。
―――ラフィ視点―――
ここはどこだ?
意識を取り戻し、状況を確認する。
ここは兵舎の療養室みたいだ。
寝台の側にはミャリアがいて、オレの手を握ったまま眠っていた。
「……ん、にゃ。……ラフィ、気が付いたのね! 良かった」
体を起こそうとしたら、その動きでミャリアが目を覚ましてしまった。
「うっ、なんだ? 体が重い」
「まだ安静にしてないとだめニャ」
体が鉛のように重く、体を起こすのもやっとだ。
なんでこうなったのか状況を思い出す。
確か、オレは……オレたちはカリューと戦って、負けたんだ。
それで、氷屋が最後に一人で時間を稼ごうとして捕まって……。
記憶を思い出すにつれ、ドクンッと心臓の鼓動が早くなる。
そうだ。自分の炎に……。
嫌な記憶も同時によみがえってくる。
忘れもしない。あの日のことを。
やめろ、来るな。あの頃とは違う! オレは強くなったんだ!
「はあ、はあ、はあ……!」
「お、落ち着くニャ。ゆっくり息を吸って」
呼吸が荒くなり、顔から血の気が引いていくのが分かる。
ミャリアが背中をさすりながら、落ち着かせようとしてくれる。
全て思い出した。
意識が飲み込まれそうになった時、あいつの声が聞こえた。
あの声が、意識を引き戻してくれた。
そして目を開けると、あいつが必死に叫んでいて、それを見た瞬間、不思議と暴れ狂っていた炎が静まっていった。
「はぁはぁ、……ふぅ」
その時のことを思い出し、胸の中にじんわりとした安心感が広がるのを感じた。
心のざわめきが落ち着いていき、自分を正気に引き戻していく。
「よかった。落ち着いたみたいね。マリアンを呼んでくるけど、少しの間離れても大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
「すぐに戻ってくるから」
そう言って、ミャリアは部屋から出て行った。
「……ラフィ、起きたみたいですね」
声がする方を見ると、副団長が隣の寝台で上半身を起こし、こちらを見ていた。
「私も目を覚ましたのは昨日です。数日も意識を失うとは思いませんでした」
「そんなに長く……」
「ええ。そして良い機会です。お互い腹を割って話しませんか? 隠していることを」
お互い? 副団長も隠していることがあるのか?
「まずは提案した私から話しましょう。初めてあなたと出会った時、助けたのは私だと思っているようですが、それは違います」
副団長が語った話はこうだ――。
オレとシータ姉たちが奴隷狩りから逃げ出した時、オレたちを助けたのは副団長ではなかった。
副団長が駆けつけた時、光の柱が立ち昇り、その場には気を失ったオレと魔物の死体が転がっていたという。
そして、副団長はフリード様の協力のもと、「オレがやった」という事実を隠した。
その代わり、危険があればすぐに対処するという条件付きで、オレを騎士団見習いとして監視していたとのことだ。
「団員の監視対象はあなた以外にもいますが、黙っていてすみません」
「それぐらい気にしねえよ」
いくら魔法使いとはいえ、ただの平民が軍ならまだしも騎士団の見習いになれたのはそういう事情があったわけか。
副団長は謝るが、シータ姉たちを保護して、アブドラハで最低限生活できるまで支援してくれたのは副団長だ。
危険な力を持つオレを監視するのは当然のことだし、もしあの時その事実を知っていたら、命の危険を顧みずに強さを求め、アブドラハを飛び出していたかもしれない。
副団長には、与えてもらった恩があまりにも大きい。
「ここからが本題です。その時に見た光の柱がまたこの街で現れました。隠しているようだったので聞きませんでしたが、そういうわけにもいきません。貴族でも魔法を持って生まれることは難しいのに、平民がそれほどの力を持つというのは不可能に近いでしょう。あなたの隠し事、そして、その力は一体なんですか?」
オレは……どうするべきなの?
『絶対に誰かに言ってはいけない』
両親と最後に交わした約束だ。
その約束を破るわけには……。
「ラフィ、私は物心つかないうちに親に捨てられました。だから家族というものがよく分かりません。ただ、あなたを含め、騎士団の団員みんなのことを大事に思っています。あなたが何者であろうとそれは変わりません。一人で抱え込まず、私に話してくれませんか?」
わたしを見つめる副団長の真っ直ぐな目が、夢の中で何度も見た両親のものと重なる。
「オレ……いや、わたしは元アステリオン帝国の第一皇女、本当の名前はラフィリア・アステリオン・ヴァリシエッタ。この力は初代皇帝から代々受け継がれてきた力、『焰神』です」
「……なるほど、皇族でしたか。辛かったでしょう。よく今まで隠しました」
副団長は静かに頷き、寝台から立ち上がると、ゆっくりとわたしの元に歩み寄り、そっと抱きしめてくれた。
その瞬間、長い間硬く張り付けていた嘘が剥がれ落ち、今までずっと心の中で重くのしかかっていたものから解放された気がした。
「うっ、ううう……」
「頑張りましたね」
言葉にできなかった罪悪感、恐怖、そして苦しみといった長い間閉じ込めていたものが、涙となって溢れ出す。
涙が頬を伝う度、どこかほっとした気持ちと、解放された清々しさが心を満たす。
「一体何があったニャッ!? よしよし」
戻ってきたミャリアも一緒になって、わたしを抱きしめる。
わたしはその温かさに、ただただ身を任せるしかなかった。
まずは、ここまで読んでいただきありがとうございます。
二章の前半はいかがだったでしょうか?
物語が動いていく章なので、楽しんで読んでいただけたら幸いです。
二章前半はクラウの「心の成長」や「精神的な変化」であったり、サターシャとルインスの指導者としての在り方であったり、色んなテーマがありました。
正直、ルインスの過去は重い話なので書くべきか悩みましたが、今は書いて正解だったなと思っています。
さて、お気づきの方もいるかもしれませんが、ローゼン商会設立編において、この「商会設立」という目的が達成されていません。
クラウが軍部魔法学園へ行くまでの3年半をこの章にまとめようとしたら、思いのほか長くなってしまったわけです。
ですので、もう少し二章は続きます。
二章後半については、商売と修行、日常のほのぼの回を予定しています。
前半ほど長引かせるつもりはありませんが、書きたいことが増える可能性もあります。
一度方向性の確認とストックをつくるため、再開まで少し期間をいただこうかなと考えています。(1、2週間程度の予定です)
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