96話 白霧の森の探索
「私が案内しますわ」
「魔物が出たら自分が守って見せます」
俺とラフィも白霧の森に行くと話したところ、レオノーラとリオネルはなぜか張り切りだした。
二人とも昨日は霧が濃くなる前に帰ってきて、周辺を歩いただけだったらしいが、それでも楽しめたようだ。
「お前は魔霧草を見たいんだろ?」
「ああ。色々気になることがあるんだ。もしかすると、アブドラハの役に立つ……かも?」
「ふーん」
魔霧草は、このミルゼアの街に霧を発生させている植物だ。
ゼノンさんが言うには、魔素も霧と一緒に放出しているらしい。
グレイドール兵団に置いてあった図鑑を見たところ、興味深いこともあったので、実際に見たいと思ったのだ。
「なるべく魔物が出ないと良いんだけどな」
「群生地は少し奥にあるみたいなので、気を付けて行きましょう」
「何してるんですの? 早く行きますわよ!」
今日の目的を話していると、レオノーラが催促してきた。
俺たちは少し早足で、彼女に追いつく。
「あそこから外へ繋がってますのよ」
しばらく歩いたところで、レオノーラがこの街の出口を指さした。
出口は何か所かあるらしいが、二人はここから出たのだろう。
「昨日の坊主と嬢ちゃんじゃねえか! また今日も外に出るのか?」
近づくと、白霧の森への出入り口の担当している兵士に声をかけられる。
「はい。それとこちらの二人もグレイドール兵団から許可を頂いてます」
俺とラフィは兵団から借りている腕章を見せる。
「分かった。気を付けて行ってこいよ。あまり奥には行くんじゃねえぞ」
「大丈夫ですわ!」
未成年である俺たちは、本当なら外に出ることはできない。
少し恐怖心を覚えつつ、街の外への一歩を踏み出した。
*****
街の塀を超えた先にある白霧の森は、高魔素地帯でありながら、普通の森となんら変わりはないように感じた。
思い返せば、アブドラハの北の山脈だって高魔素地帯だし、ルインスとの訓練で何度か魔物と戦った経験がある。
そう考えたら、少しは気が楽になるが、それでもこの森の霧は予測不能だ。気を抜きすぎるのは危険だろう。
「クラウ殿、足元には気を付けてくださいね」
「森は歩きなれてるから大丈夫。霧が掛かったら危ないかもしれないけどな」
「お兄様は昨日、二回も転んだんですのよ」
「わざわざ言わなくていい!」
霧が発生する時間は決まってるわけではない。
ただ、魔霧草は時間を合わせたように一斉に霧を放出する。
奥に行けば行くほど、魔霧草の数は増えていくので、奥の方にいる強い魔物を狙う狩人たちは、濃い霧の中でも森を歩けるよう、浅いところで訓練をするそうだ。
「来たぞ!」
しばらく進んだところで、ラフィが少し興奮して声を上げる。
その後に、俺たちも近づいて来る煙の玉に気づいた。
「あれは霧羽蝙蝠の群れだ! 羽から煙を出して、姿を隠しながら攻撃してくるぞ」
俺は、図鑑にあった情報を思い出し、襲いかかってきた魔物について伝える。
霧羽蝙蝠は人の頭くらいの大きさだ。
煙で視界が遮られているが、その大きさからして、恐らく8~10匹の群れだろう。
魔物は、その土地の魔素を吸うことで、それに適応した個体になる。
一般的な昆虫や動物と魔物の違いは色々あるが、大きな違いはそこだ。
白霧の森の魔物は、霧に紛れて姿を隠し、侵入者や獲物を狙うのが得意だと聞いている。
「半分は任せた! 炎纏剣」
「分かりましたわ! 茨鞭打」
「領域防壁。クラウ殿、お願いします」
「氷弾」
ラフィは煙の塊に突っ込んで行き、半分ほどを斬り落とした。
残った煙の塊はレオノーラが撃ち落とし、近づいてきたものはリオネルが虫かご状の壁で囲い、俺が隙間に魔法を放つことで止めを刺した。
「クラウ殿、大丈夫ですか?」
「……ああ」
(訓練の成果か、魔物を殺した時の精神的な負担はかなり減ってきたな)
この感覚が良いものか悪いものかは分からない。
だが、立ち止まるわけにはいかない。
「霧羽蝙蝠は羽と魔核が良い材料になったはずだ。肉は固くて食べられないらしいから、それを取ったら、後は燃やして埋めよう」
「了解ですわ」
「分かりました」
「おう」
血の匂いが漂い、周囲に魔物が引き寄せられないか心配だったが、俺たちはすぐに死体に近づき、解体を始める。
三人とも騎士団で経験したことがあるのか、素早く霧羽蝙蝠の羽に手を伸ばし、魔法を使って羽の付け根を短剣で切り落とす。
俺も慣れない手つきで、殺した魔物の素材が無駄にならないように解体していく。
「これが魔核か」
魔物の中には、霧羽蝙蝠のように魔法を使う魔物もいる。
そういう魔物は魔核と呼ばれるものを持っており、これは魔道具にも使われるらしい。
初めて倒した魔牙猪は魔核を持ってなかったので、魔物によって変わるのだろう。
俺たちは、持ってきた袋に素材を詰めていった。
「じゃあ燃やすぞ」
その後、解体された死体を集めて、ラフィが魔法で燃やす。
白霧の森は魔霧草の影響で湿度が高く、火事が起こっても燃え広がりにくい。そのため、死体を捨てる際は燃やして埋めるのが一般的らしい。
煙で魔物をおびき寄せる可能性もあるが、それは仕方がない。
魔物の死体を放置するのは狩人たちの間ではタブーとされている。
腐敗が進むと、病気が蔓延する危険があるからだ。実際、過去にはそれが原因で人間や家畜が命を落としたこともあった。
ラフィの魔法で魔物の死体はすぐに焼却され、俺たちは警戒しながらその焼けた死体を埋める。
穴はレオノーラの魔法ですぐに掘ることができた。
「思ったよりも時間がかからなかったな」
「まあ、こんなもんだろ」
「ラフィの魔法がなかったらもっと時間がかかってましたわ」
魔法が使えない狩人なら、この作業にもっと時間がかかり、今の戦闘だけで街へ帰還しなければならなかっただろう。
改めて、魔法の便利さを実感することとなった。
「レオノーラも、おかげで楽に穴を掘れたよ。それじゃあ、先に行こうか」
「こんな浅いところで魔物に遭遇するとは思いませんでしたからね。魔霧草の群生地はもっと先です」
「じゃあ、できるだけ魔物に遭遇しないように移動しよう」
俺たちは魔物に出会わないよう、気配を殺しながら移動を始めた。
*****
気配を殺すことで、霧羽蝙蝠の群れ以外の魔物とは出会うことなく、森の中を進むことが出来た。
「順調ですね」
「ああ」
「そんなに頻繁に魔物が居たら、狩人たちも苦労しませんわよ」
「うっ、確かに……」
「止まれ」
雑談をしていると、ラフィが指示を出す。
「どうした?」
何かが近づいて来る気配は感じない。
ラフィの視線の先には、苔の生えた岩があるだけだ。
「あの岩に向かって魔法を撃ってみろ」
「分かった。氷弾」
ラフィに言われた通り、岩に向かって魔法を放つ。
氷弾は、岩に勢い良くぶつかると弾かれた。
「なんだ、普通の岩じゃ……ない! 魔物だ!」
岩は動き始め、徐々にその姿を変えていく。
「あれは、岩鱗蛇!」
こいつも図鑑に載っていた魔物だ。
その鱗は岩のように硬く、普段は岩に擬態して、近づいた獲物を狩る凶暴な魔物だ。
中型魔物に分類され、この森の深部に生息していると書かれていた。
とぐろを巻いていて分かりにくいが、真っ直ぐに伸ばせば、木と同じくらいの長さになるだろう。
こんな浅いところにいるとは思わなかった。
「シャー!!」
舌を伸ばし、岩鱗蛇は今にも襲ってこようとする。
「どうしますの!?」
「手ごわそうですね」
「硬そうだな」
(情報だけ知っていても、実物を見なければ分かったものではないな)
図鑑の情報を頼りにしすぎたことを内心反省しつつ、どう倒すか考える。
「リオネルはあいつの注意を引いてくれ! レオノーラは捕縛を!」
「分かりました。ラウンドシールド!」
「茨縛り」
リオネルは前に出て、突撃してきた岩鱗蛇を受け止める。
レオノーラは岩鱗蛇の体を拘束する。
暴れる岩鱗蛇に対して、二人は全力でその動きを押さえ込む。
「あいつの体は固すぎるから、顔を狙おう! あの魔法やってみるか」
「分かった!」
「リオネル、離れろ」
準備を完了させ、リオネルに合図を出す。
『合体魔法、氷弾砲撃!』
ラフィの炎魔法で勢いよく発射させる特大の氷弾は、狙い通り岩鱗蛇顔面目掛けて一直線に飛んで行く。
「シャッ!」
岩鱗蛇もこれに気づき、ものすごい反射神経で避けようとするも、顔の裏に当たり、体をのけぞらせる。
「蒼炎爆迅」
その隙を見逃さず、ラフィは一瞬で岩鱗蛇の真上に跳躍する。
「蒼炎槍穿!!」
ラフィの剣から放たれた蒼い閃光が、体を地面から垂直に伸ばした岩鱗蛇の口の中に吸い込まれていった。
すると、岩鱗蛇は体内から燃え盛り、煙を吐きながら倒れる。
「大丈夫ですの?」
「ああ、終わった」
「上手く行って良かったな」
「凄まじい一撃でした!」
魔物が死んだのを確認して、俺たちは近づく。
「いつの間に二人はあんな魔法を?」
「カリューと戦ったのを覚えてるか? 切り札として練習してたんだよ。もう1年以上前だからできるか分からなかったけど、上手く行ったな」
「ああ」
「もうあれからそんなに経ったんですね」
リオネルとレオノーラが魔法を合わせているのを見て、俺とラフィでもできるか練習していたのだ。
ここで使うことになるとは思わなかったが。
「さて、いつまた魔物が来るか分からないから、解体して持っていけるところだけ持っていこう」
「こんなに魔物が出るとは思いませんでした」
「誰かの運が悪いんじゃありませんの?」
「……」
魔物を解体しながら、俺たちは魔物の多さについて話し合う。
「いや、多分、魔霧草の群生地が近いからだ。魔霧草は魔素を放出するって話だから、それを求めて魔物も集まりやすくなるんだと思う」
「あっ、すみません! 忘れてましたけど、そんな話を聞いた気がします」
「お兄様、そんな大事なことを伝え忘れないでくださいまし!」
「悪かったよ。でも、それを聞いたのは事件の捜査中だっただろ? それに、事前に確認しなかった俺たちにも責任はある」
これで、魔物が多い理由も分かった。
ここからは気を付けて進もう。
「……ふう」
話を聞いていたラフィは、どこか安堵した表情を浮かべていた。
(何か別の心当たりでもあったのか?)
「ラフィ」
「ッ!? な、何?」
俺が声をかけると、ラフィは驚いたようにこちらを振り向く。
「いや、あの魔物の擬態によく気づいたな」
「……少し、殺気を感じた」
ラフィがいる限り、この森で不意を突かれることはなさそうだ。
珍しい冒険回でした。