94「まだ思い出していない過去があるんじゃね?」②
「うるせえなぁ。春子の奴、なんも言ってなかったのかよ」
「聞いてないんですけどぉ! まさかビッグネームと交流があったなんて!」
電子煙草を咥える道満に、夏樹が詰め寄る。
円も、想像していなかった展開に目を大きく見開いていた。
まさか夏樹が蘆屋道満と幼少期に交流があったとは思うまい。
いや、そもそも平安の時代の蘆屋道満が現代に存在し、公務員をしているなどと、誰が予想できるものか。
「えっと、もしかして幼少期のプリティーなっちゃんが死にかけたのを助けてくれたのは」
「それは俺じゃねえ。ついでに晴明でもねえぞ。お前は血だらけだったし、なにか怖い目に遭ったようだが、外傷らしい外傷もなかった」
「……あれー?」
茨木童子に襲われた夏樹が生きていた理由は、道満でも晴明でもないらしい。
謎は深まるばかりだ。
「というか、お母さんとどんな関係なんですか!? ま、まさか元彼!?」
「ちげーよ。俺はなんつーか、悪友だな。高校時代に、ちょっと縁があってな」
「どういう縁で出会うんだよぉ! あと、なんで高校生活送ってんだよぉ!」
「いいよな、学生生活。平安時代にそんなのなかったから、俺も晴明もちょちょいと裏技使って学園生活を満喫したぜ。楽しかったなぁ。緊張の入学式、絡んでくる不良の先輩、気付けば番長になっていた俺と、生徒会長になっていた晴明。そして、伝説の木の下で告白」
「最後だけ急にラブコメ! あと、全部ヤンキー漫画だった!」
「マジな話、俺の学園生活は七割ラブコメだったぜ」
「しらねえよ!」
「晴明はなんか一年生にして生徒会長になって君臨していた。行動は一緒だったんだが、何をしたかいまだに謎だし、知りたくもねえ」
「安倍晴明こわい!」
思い出を語る道満に、円が躊躇い気味に尋ねる。
「あの、蘆屋道満様」
「おいおい、道満でいいって」
「し、しかし」
「お前のにいちゃんみたいに道満はんって呼んでくれ。それに、夏樹と遊ぶお前さんのことも見ていたことがあるんだぜ。ま、直接会ったわけじゃないがな」
カラカラと笑う道満に、円は唖然とする。
夏樹のみならず、まさか自分まで道満に認識されているとは思っていなかったようだ。
「円ちゃんのことを知ってたのなら、助けてあげてよぉ」
「それは悪かったよ。だけどな、俺も晴明も基本的に裏ごとにはノータッチなんだよ。茨木童子も賢しいから、殺そうとするとすぐ人間人質に取りやがるし。……最悪のことだけが起きないように気にはかけていたんだが、言い訳だな。すまん、安倍円」
「いえ、そんな、謝ってもらう必要はないんです。全部、茨木童子のせいやし。それに……茨木童子もきっと寂しかったんやと思います」
庇う、ようではないが、円の口からが意外な言葉が出てきたことに、夏樹も道満も動きを止めて、彼の言葉の続きを待った。
「茨木童子は……強いし、怖い鬼やから、愛されとらんかった。それがめちゃくちゃ、寂しくて悲しくて、どうしようもなくて、抑えられない感情になって暴れとった……今日、茨木童子に捕まった時、あの女の感情や記憶が少しだけ、流れ込んできたんです」
「……円ちゃん」
「茨木童子は……孤独やったよ」
夏樹は茨木童子が言い残した言葉を思い出す。
「はっ、孤独だろうと、なんだろうと、そりゃ自分の行動の結果だ。友達が欲しければ、愛されたいのなら、自分からなにかできたはずだ。やりたいようにやって、生きたいように生きて、それで文句を言うのはただのわがままだぜ」
「……そう、ですね」
「俺に言わせりゃ、夏樹や円にちょっかい出さず、東雲に真っ直ぐアプローチしていれば違う結果にだってなったさ。鬼と人間の架け橋になっていた可能性だってある。反発もあったかもしれねえが、そうなりゃ鬼にも人間にも少なからず慕われていただろうよ。そんな未来を無視したのは他ならぬ茨木童子だ」
蘆屋道満の言葉は辛口だったが、正しかった。
すべて茨木童子が選択してきた結果だったのだから。
「……茨木童子がいなくなったことで、鬼も人間もようやくいい意味で前に進める。幸い、星熊童子、虎童子、熊童子、そして酒呑童子もこっち側だ。あいつらは、こっちに歩み寄った。茨木童子はしなかった。それだけだ」
電子煙草を吹かすと、道満は踵を返した。
「夜のデートは終わりだ。ほら、今日は俺の家に泊まっていけ。狭い家だが、なんとかなるだろう」
「え? いいんですか?」
「春子によろしく頼むって言われているからな。明日、なんかうまいもん食わしてやるから、一晩ゆっくりしてけ。俺の視たところ、まだ回復は先だろう?」
首だけで振り返る道満の目に、夏樹はどう映っていたのだろうか。
彼の言う通り、万全には程遠い。
「んじゃ、お世話になります。道満おじさん!」
「……待て、道満お兄さんにしろ!」
「えー」
「えー、じゃねえよ! 俺のハートの耐久性は低いからな! 優しく扱えよ!」
おじさん扱いがご不満だった道満のことを「道満さん」と呼ぶとことで決着がついた。
夏樹と円は、いい感じに酔った小梅たちと合流する。
向島勢と安倍円、酒呑童子は道満の家にお世話になることになった。
――そして、夜。めっちゃ枕投げした。
夏樹くんたちは道満さんが「うるせえ、早く寝ろ!」と怒るまではしゃいだのでした。
間話挟んで、ようやく帰宅どす!




