86「気を抜いちゃったんじゃね」
「……ああ、ほんまになっちゃんなんやね。会いたかった」
安倍円は、姉きららに膝枕されながら、夏樹に向かって手を差し出した。
夏樹は彼の手を迷わず握りしめた。
「うん」
「……遠野で気づかんでごめんな」
「それは俺もかな。お互いに大きくなったし、色々変わったもんね」
「ひどいこともしたし、ひどいことも言ってもうた。ごめんな」
「気にすることはないさ、円ちゃんは茨木童子に呪いをかけられていたんだよ」
「……呪い?」
不思議そうな顔をする円に夏樹が説明する。
「茨木童子に襲われたときに、酒呑童子を憎むように、鬼を憎むように、呪われてたみたいなんだ。でも、大丈夫。茨木童子ももう死んだから、呪いから解放されたよ」
「……円が情緒不安定やったのも、呪いのせいやで」
夏樹の言葉を補足するように、円の兄であり安倍家の長男である東雲も言葉をかけた。
「……兄貴」
「もう茨木童子に苦しむことはないんよ。酒呑童子は昔はさておき、今は中立や。もう自分らが切った張ったをする必要はないんや」
「……もしかして……兄貴が茨木童子とカップルチャンネルしようとしとったのも」
「せや。茨木童子に近づき油断させるためやったんよ」
「兄貴そんなことしてたのか!?」
「ちょっと引くんですけど」
茨木童子とカップルチャンネルを始めようとしていたことが明るみになってしまった東雲は、音叉ときららから冷たい目で見られ、慌てて話題を変えた。
「ごほんっ。せやけど自分じゃ勝てんかったな、夏樹くんのおかげですべて片付いた。ほんまおおきに」
「気にしなくていいよ。俺も、茨木童子と因縁があったし。こうして円ちゃんが無事だったし。うん。あとは安倍家を更地にすれば気持ちよーく、向島に帰れますね!」
「は?」
「え?」
「ん?」
音叉、きらら、円が変な声を出した。
「うん?」
夏樹が首を傾げる。
少し困った顔をして東雲が補足する。
「あー、自分らの実家が茨木童子たちと通じておったんよ。人攫いや、鬼を率いて『院』へ喧嘩売るとか、まあ腐った家らしいというか昔からそんな感じなんやけどね」
「円ちゃんのご実家を破壊するのは心が痛むんだけど、ケジメは付けないとね。悪さするやつは宇宙のために始末しないといけないって、宇宙河童大神も仰っているので」
「なんだそれ!?」
音叉が大きな声で夏樹にツッコミを入れた。
「そういえば……遠野でも河童勇者とか言っとったね。河童とは思えんけどなにがあったん?」
「その辺りは長くなるし、深い話になるから、追々ね。まずは、もっとゆっくり話せるところに移動しよう。ここはなんか濡れててなんか嫌だ」
「お前のせいだけどな!」
再び音叉が突っ込んだ。
「ははははは」
何が面白かったのか、東雲が笑いだす。
「あー、おもしろ。これで、自分の長い悪夢も終わりや。あー、すっきりしたで!」
「粘着メンヘラ女からも解放されたしね」
「ほんまそれよ! いつとって食われるかわからんからびくびくしとったわ!」
東雲の笑いが伝播し、夏樹が笑う。
音叉ときららも笑った。
そして、円も笑い出す。
「そうだ、円ちゃん。話したいことはたくさんあるんだけど、俺の大切な友達を紹介するよ! きっと円ちゃんとも仲良くなれ、る?」
「なっちゃん!?」
夏樹の言葉が止まる。
笑い声も止まった。
「ああ、そんな……なっちゃん、血が」
茨木童子討伐、円の無事の確認をした夏樹の張り詰めた糸が切れてしまった。
今まで張り詰めていた夏樹はすでに限界を超えていたのだ。
目や鼻から血を流した夏樹の視界は、真っ暗になった。
小梅さん「おどえは輪に加わんでええんか?」
熊崎くん「俺は家族じゃねえからな。少し離れた位置で見守っているくらいでちょうどいいのさ」
千手さん「本音は?」
熊崎くん「河童勇者様に近づくと股間が痛むんですぅ」
祐介くん「ならしゃーない」




